7月31日-3
「いやー、今日は一日中励んじゃいましたね!」
「励んでねえよ。むしろお前の方が励んでただろ」
「そう?私そんなに精が出てたっけ?」
「砂のお城作りにな。周りの子たち途中からガン見してたぞ」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので、気づけば太陽が真っ赤に輝いていた。
これがアニメのOPなら全力で走ってるところだろうが、体力ゲージを使い切った俺たちにそんな余裕はなかった。
「は~あ、楽しかったけど疲れたわ。明日から8月という事実を認めたくないな」
「嫌な事実を受け入れるということが、大人になるってことなんだよ、きっと。」
「『きっと。』で終えたら全部良い言葉になると思うなよ?」
夏休みというのは、どうして人を堕落させるのだろう。
外出に対してのやる気は夏の暑さでどんどん削られ、どうせ再来週ごろには布団でゴロゴロするだけで1日を終える自堕落な生活を繰り広げているに違いない。
そして、【ああ、今年もまた無駄に夏休みを過ごしてしまった…】という後悔に襲われるのだ。俺には分かる。
その未来が予測可能回避不可能であることも、大体は想像がつく。人間って愚かだね。
「あ、、そういえば、そうだね」
「ん?どうした?」
「いや、今年は7月までに宿題終わらなかったなーって思って」
「お?どうしたの?毎年8月32日を迎えるまで課題を溜める俺に対する煽り?」
「そこまで言ってないでしょ、、というか、勝手に夏休みを延長するんじゃないわよ」
「は?ウチのシマじゃ寝なきゃ9月にならないから」
「ああ、そういう……」
まるで敗者を憐れむような眼で楓が冷たい視線を送ってきたが、事実なので何とも言えない。
ちなみにご褒美でもない。
「ぐっ、、てか逆に聞くけど、もしかして今までずっと7月までに宿題終わらせてたの?」
「ずっとって訳じゃないけど、、大体は」
「????」
「ドンキーコングのアピールみたいなポーズ取られましても、、事実ですし、、」
「意味が分からないな。いいか、楓?
人間っていうのは、あの膨大な量の課題を目の前にするとどうしても勉強をする気力が失せてしまう生き物なんだ」
「私を勝手に貴方の教え子にしないで?」
「え、今の設定教師と教え子って認識された?俺はてっきり架空の娘に対して喋ってたつもりなんだけど」
「もっと酷いし、だとしても子どもになんて教育をさせようとしてるのよ……」
「娘には厳しく接するのがウチの教育方針だからな」
「ちなみに息子は?」
「知らん。食事とベッドとエロ本さえ与えとけば男なんて勝手に育つだろ」
「拓真って同性には昔から容赦ないよね」
「男の育て方というか、俺みたいな人間の育て方だな」
「そっか。
とりあえず、帰ったらまず両親に土下座して感謝の言葉を伝えるところからやればいいと思うよ」
「突然正論を持ち出してくるのはやめろ。
今までの話を本気で俺がしてたなら一目散に【父さん、母さん、俺は悪い子です】って泣き叫ぶぞ」
「近所迷惑だね」
「一番迷惑してるのは両親だろ。
というかちょっと待て、じゃあ今まで俺が【宿題終わらねぇ~~】って苦しんでた中、一度でも俺を助けようとは思わなかったのか?」
「因果応報というか、自業自得だからね、、
あぁ、アリとキリギリスのアリってこんな気分なんだなぁと思いながら聞いてたよ」
「慈悲がないね?アリさんなら最終的に食い物くれるよ?」
「イソップ童話がそんなハッピーエンドで終わるわけないでしょ。原作だったら絶対に死んでるよアレ。
でも、拓真ならあーだこーだ言いながらも結局なんとかするじゃない?」
「いや、そこでそんなに信頼しきった笑顔されても、、」
「ちっちっち、拓真君。神様は、乗り越えられる試練しか与えないものなのだよ」
「おお、いい言葉だな。
で、本音は?」
「一度手伝ってあげたら来年以降また同じことを繰り返されるでしょ?」
「それは勿論。俺を何だと思ってるんだ」
「自信満々に言う言葉じゃないよね?それ」
「欲望には忠実に生きた方が人生色んな場面で得するからな。我慢は体に毒なんだよ」
「その割には私のこと襲わないんだね」
「いや、それは、、無理だろ。出直してこい」
「ごめーん、ウチ、ぺったんだからぁ~、手を当てられるほどの胸が無くってぇ~~」
「どうした急に。キャラ崩壊してるぞ」
「大丈夫、今に始まった話じゃないから」
「世界はそれを大丈夫とは呼ばないんだよなぁ、、」
いや、それにしても危なかった。
うっかり【え?襲っていいのか?】なんて言わないで。
真意はともかく、言葉の上では絶対拒否してくんないだろうからな。
「おーい、拓真?話聞いてた??」
「ん?ああゴメン。
俺がシコる時はエチケットの為に両親と楓が寝静まったことをちゃんと確認してからシコる話だったっけ?」
「絶対違うしセクハラだし今後一生使わな、、いことも、ないか。うん。
じゃないと私が安眠できないし」
「えぇ!?もしかして、俺がシコッたの確認しないと寝れない体質だったの!?」
「拓真も女の子にしてあげようか?」
「ごめん、百合は見る専なんだ、、」
おぉ決まった、一生言えなさそうな言葉でも意外と言うことはあるんだなぁ……。
「……拓真ってさ、明らかに思い付きじゃなくて前々から準備してた返しを披露したいが為にボケるとこあるよね」
「うわ超バレてた恥ずっ!!お婿行けなっ!!!」
「いや、まあ……大半は私との会話用のネタだからいいんだけどさ」
「俺が言うのも何だけど絶対良くないからな?
明らかに乙女として大切な何かが失われていってるからな?」
「良いんだよ。
拓真と会話できるんだったら、それ以上に大切なモノを得てるからさ」
「……。」
「私ね、最近になって、気づいたの。
拓真って、私の真似をしてるのかなーって」
「え?」
「私が口うるさいときは大体拓真も口うるさくてワーワー喋って。
私が気難しいときは大抵拓真も真面目に喋って哲学の話なんかしちゃって。
私が一人で物事を考えたい時は何も言わずに一緒に帰ってくれて。
それが、拓真の良いところなんじゃないかなって、最近ようやく気付いたんだ」
「言われてみればそうかもしれないけど、、それって長所なのか?」
「ん?そうだと思わないの?」
「楓っぽく言うなら、それって【人に流されやすいだけ】じゃないのか?」
「ぷぷっ、、、あははっ!!
さっきまであんな酷いセクハラまがいのネタ振っといて、そんなこと言う?
拓真が他人に流されるわけないじゃない!」
謎に自信満々な楓がバシバシと肩を叩いてきたが、今の俺にはそれくらいが一番丁度良かった。
殴られて喜ぶとか俺はもしかしたらマゾなのかもしれない。そういう風に言い訳したい。
「へへっ。どう、決まった?私もこういうの、一度言ってみたかったんだよねーー!!」
照れ隠しなのか元気が有り余っているのかは知らないが、そう言って跳ねまわる楓の姿を見れただけで、今日ここに来てよかったと、その時に思った。
翌日からやろうとした宿題は、日焼けのせいで手につかなかった。
半年ぶりです。