7月31日-2
夏休み真っ只中の海水浴場という字響きだけを聞けば、人でごった返している密集地帯を思い浮かべる人の方が多いのかもしれない。
事実、俺もここに辿り着くまでそう思っていたのだから。
「人、いないな。」
「いないね。廃業寸前の遊園地並みにいないね」
「酷えな。もうちょっと良い例えは無いのかよ」
「サービス終了寸前の過疎ったソシャゲ並みにいないね」
「もっと酷えよ」
ただし、俺たちの住んでいるような田舎に限れば、それは否である。
遠目には家族連れやカップル?らしき人々、バレーボールを楽しむ集団などもまばらには存在しているのだが、広大な海景色を前にすればそんな人影は単なる背景でしかなかった。
「どうする?彼氏さん、私をナンパする人自体いなさそうだけど」
「あの、ニヤニヤしながら言うのやめてもらっていいですか?正直に『杞憂に終わったね。ダッサいね』って言ってくれませんか?」
下手な優しさは余計に人を傷つけるのだ。
「杞憂に終わったね。ダッサいね」
「いやそれはそれで普通にメンタルキツかったわ」
「ほいじゃあ、、どうする?早速泳ぐ?」
「それ以外の選択肢があるのか?」
「誰も使ってないベンチでお昼寝したり、ひたすら砂の要塞を作ったりすれば一日何てあっという間だよ」
「何で水着を着こんできてるのに泳がないんだよ!泳げよ!」
「よし、じゃあ脱ぐから軽く目を閉じといてね」
何で?とは聞かなかった。
以前ネットで『女の子は裸を見られるよりも着替えを見られる方が嫌だ』という記事を目にしたのも理由の一つではあるが、最大の理由は楓の水着姿を見た時の俺の挙動不審をあらかじめ脳裏に想定するためだった。
俺はきっと楓の姿に見惚れてしまうが、それさえも予め想定に入れておくのだ。
これを想定内の想定外と母親が呼んでいる。俺を育てる時にはこの手法をよく使って自分のメンタルを守りつつ育ててくれたらしい。お母さんありがとう。
「ほい、もう目を開けていいよー」
目を覆う指の隙間からチラリと安全を確認して両手をはけると、そこには赤い水着を着た美人な女の子が笑顔で佇んでいた。
日の光を浴びて輝いている滑らかな黒髪や、華奢ながらも均整の整ったボディライン、股下からすらっと伸びた細くて綺麗すぎる足が同時に俺の視界へと襲い掛かり、案の定俺の思考はそこで停止する。
「どう?似合う?」
似合うどころか、正直言ってもはや目に毒だ。
そんな言葉を口に出すことさえ今の俺には難しい。
ならどうするか。答えは簡単。
理でダメなら本能で動けばよいのだ。
「楓」
「ん?」
俺は一歩二歩と楓に詰め寄り――
「ありがとう」
右手を差し出した。
「??どういたしまして?」
楓がその手を受け取り、握手のように手が重なる。
今度はすかさずその手を左手で挟み込むように握り、両手を上下にぶらんぶらんと動かす。
その様子はさながら首脳会談だ。
「どうしたの?まるで首脳会談みたいな手の動きしてるけど」
「ああ、すまん。これが俺の首脳会談だ」
「いや、私の水着姿を見て首脳会談ってワードがどっから出てくるの?」
緊張がほぐれて最初に出てくる言葉がそれかよ。何でだよ、俺。
「え?お前首脳会談開きたくなるくらいにカワイイなって最上級クラスの褒め言葉だろ?」
「私これでもいろんな褒め言葉かけられ慣れてきたけど、流石にそのワードは初めてだよ」
どうやら伝わらなかったらしいので、丁寧に説明してやろう。
「つまりな、俺は楓を見てまずカワイイ!サイコー!って思うだろ?」
「うん」
「そしてみんなとこの可愛さを共有してえ!この良さ多くの人に広めてえ!となるわけだ」
「うん、ここまでは普通だね」
「そうなると、知名度を広げるために一番手っ取り早いのは国のトップに認められることだと思うんだ」
「うん?」
「そして、カワイイは世界を解決するから、この可愛さを武器にすれば首脳会談級の国際問題だって一気に解決の方向へ導けると思うんだ」
「????」
まるで異世界転生チートものよりも意味不明な設定の連続だ。
それはそうだろう、喋っている俺自身にだって理屈がよく分かってないのだから。
ただ単に止まらない緊張やのどの渇きを隠すために無理やり言葉を紡いでいるのだから、論理は破綻して当然だ。いやそれはダメだろ。論理くらいは守ろうよ。
「とりあえず、そんな風が吹けば桶屋が儲かるみたいに褒めなくて良いからね?もっとど直球で褒めて良いからね?」
「いや、ど直球で褒めたら『これで髪が金髪だったらこの間俺が呼んだエロ本のヒロインと一緒だな』みたいに失言するかもしれないだろ」
「いま!今言ったよね?むしろ今わざわざ失言したよね?」
「そんな事態を防ぐ為には最初は遠回しに褒めつつ、段々と直接褒めるのが効果的だろ」
「流石に遠回しすぎるよ。風が吹けば桶屋が儲かるって、要は遠回しも遠回しだよ。遠回しestだよ。
しかもその発言は知らぬが仏的に言うと私が仏だから。わざわざ言わなくて良いから」
「口は災いの元風にいうと、俺が口だな」
「え?それもしかして私が災いってこと?」
「そうだろうねぇ」
そこまで考えついてはいなかったが、楓≒災いという方程式は俺の中であんまり間違っていなかったのでそのボケを受諾することにした。
いかん、緊張しないようにと振る舞ってはみるものの、今日の言葉のキレの悪さが悪すぎて直に俺が緊張しまくっていることがバレそうだ。
「もしかして、ちょっと緊張してる?」
ば、バレ、バレそうだ。
「え?」
「普段より口数多いし、早口だから。当たり?」
「はい、実はガチガチです……」
隠しきれなかった。
見惚れることも緊張することも想定していた俺の脳は、
緊張で喉が渇いていることがバレる前に、先に喋り倒してしまえ、という判断を下した。
その判断は咄嗟にしては優秀なものであったが、口先だけが達者になるのもまた緊張しているサインであることまで考えつくことは出来なかった。
「なるほどね。確かに、喉の渇きを喋り倒したせいにすればバレにくいもんね」
そしてそこまで楓には全てバレていた。つらい。
以前楓に「自分が考えていることくらい相手も考えている」と説教がましく言った俺への強烈なブーメランだ。超恥ずかしい。
「うん、そうだね……」
思わず顔を覆い隠してしまう。俺は女子かよ。
「ああ、ゴメンって!分かり易過ぎて遊んじゃってゴメンって!」
言わんで良いわ。情けなさ過ぎて涙が出ちゃいそうだろ。だから俺は女子かよ。
「……俺が仏だよ、それは」
「ん?どういうこと?」
「それは読み解けよ!知らぬが仏だよ!仏様にそんな言わんで良い情報を言うなってことだよ!」
楓だって馬鹿じゃないから、そんなことくらい分かっているはずだ。
分かった上で弄んでくるから、楓は小悪魔なのだ。
「全く、、ほら、お金出すから飲み物買ってきてくれ」
「あれ?ナンパの心配しなくて良いの?」
「人いねえから言ってんだよ!人いたら俺が行ってるわ!」
「ありがと。拓真のそういうとこ、私結構好きだよ〜〜」
「そうやって興奮させることも言わんでよろしい!これでも頑張って抑えてるんだから!」
「ーーのーー拓真ーー」
楓が遠くから言ってきた言葉は上手く聞き取ることが出来なかった。
楓がもうこちらを見ていないのを確認して、チラリと俺の水着を見やる。
興奮はまだ体には現れていなかった。
良かった。と心から安堵した自分は何に対して良かったと思ったのかはよく分からないし、
そうやって自分の思考を整理するのに必死で、今日の楓もまた口が達者になっていることまで、その時の俺は考えが及ばなかった。
危なかったです。
来週から別のラブコメに挑戦しようと思うので、日曜日の更新はありません、、
水曜くらいでこのシリーズは完結させる予定です