7月26日-2
「さあ、やってまいりました服の祭典!」
「お前はアウトレットモールのことを服の祭典と呼ぶのか……」
「いや、今初めて呼んでみた。平日なのに人多いね~~」
「確かにな。この間言ったゲーセンより繁盛してるわ」
「ゲーセンと比較されたらそれもう終わりじゃない?」
プール行きたい、つまり楓の水着姿を見て興奮してしまう自分を必死に押さえつける精神修行をしたい。
と息巻いたはいいものの、そもそも俺自身が水着を買っていなかったのでそっから今日の行動が開始することになった。
その上、
「どうせだったら人と被りにくいオシャレな物を買いたい!」という楓様のご意向によって、
郊外にあるアウトレットモールにまで片道一時間もかけてくることになってしまった。
遠いよ。近所に売ってある安物の水着でいいよ俺は。
とも思っていたのだが、母親から
「服買ってあげるんでしょ?ほら、これで楓ちゃんにいいとこ見せてきなさい」
「え!?クレカ(しかもゴールド)!?」
「お付き合いで金はケチるんじゃないわよ」
という豪族みたいな一件があったため、晴れて俺の財布は守られることになり、今に至る。
財布が守られて助かったは助かったのだが、それよりも俺の母親の楓に対する溺愛っぷりの方が心配だ。金遣いが荒いというか、粋すぎる。
「もう疲れたんだけど。カードだけ渡すから帰っていいか?」
「いや、ダメでしょ。暗証番号知らないし、まずカード渡されてる時点でプレッシャー半端じゃないんだけど」
「そうだよな。俺も軽く引いてる」
いくら常識知らずの楓とはいえ、人の親の金で服を買うことには抵抗があるらしい。
「人のお金で楽しめるのは焼肉くらいまでだよね」
「それも安い食べ放題とかだと尚更な」
「何でだろうね?思い出補正とかかな?」
「出そうと思えば自分でも出せるくらいの価格設定だからじゃないのか?」
「なるほどね。じゃあ私は拓真の金で回らない寿司屋に行きたい!」
「今の話から全力で踏み出すなよ。アレだろ?ネタの値段が『時価』って書かれてるやつだろ?」
「ああいうお店って、板前さんにこっそり予算伝えておくと予算内で握ってくれるらしいよ」
「知らねえよ。どの道そう簡単に樋口とか諭吉とか出せねえよ」
「あれ?でもさっき、私の服を買うなら諭吉さんポンっと出すって言ってなかった?」
「金をケチることの機会損失のデメリットが1万円以上になると判断いたしましたので」
親しき仲にも礼儀ありというか、金の切れ目は縁の切れ目というか。
楓に対して金はケチらないという俺の中での鉄則は、母親からの遺伝だと思う。にしても母親はやり過ぎと思うけど。
「つまり私の価値は1万円ぐらいしかないってこと!?酷い!拓真のバカ!」
「あの、ここ人前だから。別に漫才ステージの上とかじゃなくて道端だから」
あとそのキャラは誰の真似だ。
「おっと、ごめん。久しぶりにオシャレ出来るからテンション上がってるのかもね。
あ、今更だけど日焼け止めいる?」
「ん、ああ。じゃあ貰っておこうかな」
日焼け止めを塗ろうが塗らまいが別にどっちでもいいが、貰えるものは貰っておくほうがいい。
日差しを浴びながら日焼け止めを塗るという今更感溢れるムーブを決めて、俺たち(8:2くらいで楓中心である)は服の物色を始めた。
女の子の服を褒める時には、その服を着た時の印象やその服がどういう場面で似合っているかを伝えるとそれっぽくなる、
という知見を俺は過去の経験から学んだ。
例えば、
「この青のワンピースどうかな?」
と聞かれた時は
「爽やかで良いんじゃないか。女の子同士で遊びに行く時とかウケ良さそうだけど、男と行く時はちょっと肌が見えすぎてて危ないかも」
と答えるとそれっぽい答えになるし、
「なるほどね。他の色とかはどう?白とか」
と聞かれた時は
「清楚感出し過ぎだから、初対面の人と出かける時とかならまあアリじゃね?
俺と行く時にはコレジャナイ感ある」
と答えるとそれっぽい答えが出せるのだ。
どうしてこんな技術を身につけたのかというと、それは一刻も早くお家に帰りたいが為である。
美人は3日で飽きるというが、美人をモデルにしたファッションショーは30分で飽きるのだから。ソースは俺。
こういう待ち時間さえも、恋人と行けば楽しむことが出来るのだろうか。だとしたら愛の力って凄え。
「あれ?拓真って清楚系が好きなんだと思ってたけど違うの?」
「童貞=清楚な子が好きみたいな先入観はもう古いぞ。時代の最先端は経験豊富なお姉さんだからな」
「あれ、童貞のことを拓真とは呼んでなかったよね?」
「今呼んだよ。そもそも初体験同士で上手くいくわけないだろ、ファンタジーやメルヘンじゃないんだから」
2次元はファンタジーだ。世界の常識や価値観が狂ってるからこそ、何もかもが上手くいくように錯覚してしまう。
主人公たちに都合が良くなかった世界線は何度だって滅ぼされて来ただけだ。
誰も書いてないようなつまらないお話の中にこそ現実味がある……というのは、ちょっと主観が過ぎたかもしれない。
「そりゃそうだけどさ。
側から見て、買い物デート中に貞操観念のお話をするカップルってどうよ?」
「いいんじゃないか?別に。他人の話に首を突っ込むような野暮な人は無視しとけ無視」
「拓真のそういうところ、男性の特権っぽくて羨ましいなぁ」
「そうか?ウチで喋ってる時の楓はもっと極論だらけだろ」
「場所が違うからね。こうして拓真と二人でいても、人目があったらどうしても見栄とか世間体とか気にするもんですよ、大抵の女の子ってのは」
「楓が言うんならよっぽどだな」
「だからこそ、そうやって人の目を気にしないって断言できるのはカッコいいなぁというか、自分には出来ないことだから魅力的に感じるよね」
「まあ、俺の場合はちょっと特殊だけどな」
「ん?特殊っていうと?」
「昔から、周りから見た俺の評価といえば『何故か楓の隣にいるよく分からないやつ』だっただろ。
人の目をいちいち気にしてもしょうがない立場だったから、好きでなったわけじゃないってことだよ」
つまりは楓が原因でこんな尖ったような性格になった訳だが、だからといってこの性格が嫌いかと聞かれるとそれは違う。
こんな性格のおかげでずっと楓と一緒にいられていると考えれば、それに感謝こそすれ、恨むことなどない。
「ところで、服選びは良いのか?さっさと次行きたいんだけど」
「あいあい、着替え直すからちょい待ってね」
ところで、どうして呉服屋さんにはコスプレ衣装なるものは存在しないのだろうか。
女の子を待ってる時の男の人とか喜んで飛び付くと思うんだけど。
俺が営業部に就職したら1秒で提案してやるわ。
3秒で却下されるな。
このお話を今まで読んで頂いている方には、私自身がどれほど無個性アンチなのかが非常に分かりやすく伝わっていると思います。
そういった個人の価値観なども、感想に書いていだければ全力で反応する所存でございます。
ブクマや評価も変わらずお待ちしております。
ランキング徐々に下がり気味なんでもっと押し上げてください、承認欲求の塊ですので色んな方々に見て欲しいのです。