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私が通う郡城大学前の大通り。歩道の真ん中に人がいる。いや、人がいるのは当たり前なんだけど、何て言うかその…ジュストコールにクラヴァットっていう中世のヨーロッパの貴族男性が着るような衣装で、回りをキョロキョロしながら立っている。そして何故か若干透けており、周りの人には見えていないようで、誰もその人に見向きもせず、尚且つ通り抜けているのである。
「ヤバい。徹夜でスマホ見てたから目がおかしくなったかなぁ?」
目が疲れているから、変なもの見ちゃったんだ。思わず目をゴシゴシとこすり目を凝らすが、相変わらず男性は立っている。と、キョロキョロしていた男性がこちらを向き
目が合ってしまった。ペリドットグリーンの瞳に背中まで伸びた白金ストレートの髪。シュッと鼻筋が通った超絶イケメンだ。神様が存在するとしたらこんな感じだなー。なんて見惚れていると、
「もしかして、君が?」
と呟いたかと思うとフッと消えてしまったのである。文字通りフッと。
ん~?今、何が起きた?
目の前で起こった状況を整理してみよう。
中世ヨーロッパの貴族風の男性がいた。
その人は他の人には見えていない。
しかも通り抜けられる。
そしてイケメン(これ重要)。
そして消えた……。消え……消えた!?
どういうこと?
私は見慣れぬ現実に何度も眼を瞬かせていた。
大学の昼休み、一人でランチをしようと中庭に行く。人目につかないその場所が最近のお気に入りだ。
中庭に行く途中、急に向こうの方が騒がしくなった。多分、アレだ。
案の定、その中心には幼なじみの小一領晴人がいた。小さい頃から周りの大人たちがうっとりと溜め息をつくほど顔立ちが整っていて、切れ長の眼は、一見すると近寄りがたい雰囲気だが愛想がよく、小さい頃は可愛さ故に誘拐されかけたこともある。成長するにつけてイケメンに拍車がかかっていて、入学早々ファンクラブができてしまっていた。人だかりは晴人のファンクラブの女の子たちだ。
「美弥子~、やっと会えたね」
晴人は私を見つけると、回りの女の子たちに何かを告げ、私に向かって走ってくる。
「会いたくなかった」
私は回れ右をして、ダッシュする。
イケメン幼なじみが私に付きまとうおかげで、私は友だちができない、思い出したくもない思い出がある。
追い付かれるまで3.5秒。
「美弥子、愛しているよ」
晴人は私の手を掴むと、いつもの言葉を口にする。
「晴人、冗談はやめて」
私は晴人の手を振りきろうとするが、びくともしない。
もう、ファンクラブの女の子たちの視線が痛い。
「何で?俺、本気だよ?」
3月生まれの晴人が、18歳を迎えた後から毎日、会う度に『愛してるよ』とか『結婚しよう』とか言ってくる。
高校の頃は適当に彼女がいたり、別れたり、私なんかに見向きもしなかったのに。
幼なじみである私を女避けにしようとしているのは見え見えだった。
「何でって言われても、私とあなたじゃ釣り合わないでしょ?」
イケメンの晴人と、黒髪ダサ眼鏡の私。釣り合いがとれていないのは一目瞭然。
「それって、誰に言われたの?」
少し怒気を孕んだ目で見つめられる。
なんで私が怒られなきゃならないの?理不尽だよ。
「……祐香よ。とにかく、私に付きまとわないで」
名前を出すと晴人の動揺が窺えた。一瞬の隙をついて逃げ出す。
高校の頃から私のことなど眼中になかったくせに、最近は逆転している。誰かこの状況をどうにかして!