序章
「はぁ…やっぱイイわぁ。面白かった~」
スマホのホームボタンをタップし電子書籍を閉じ、ベッドから降り背伸びをする。長時間同じ姿勢をしていたため、体のあちこちが強張っている。カーテンを開けるとうっすらと夜が明けはじめていた。今日もまた面白い小説を見つけ、シリーズで読破してしまった。
私、山野美弥子。田舎の平凡な高校を卒業し、志望していた大学にギリギリで合格し、憧れ?のキャンパスライフをスタートさせて約一月。新生活にもなんとか慣れてきた今日この頃。
ズレた黒緣眼鏡を掛け直し、洗面に向かう。鏡に映った自分の顔は特別美人でもないし、平凡と言えば聞こえはいいかもしれないが、どちらかと言うとブスな方。その上夜明けまでスマホで本を読んでいたお陰で、目の下の隈がすごいことになっている。肩まで伸びた髪を一つに纏め、冷たい水で顔を洗い、大学に行く準備を始める。オシャレの欠片もないような無地のシャツにジーパン。花の女子大生が聞いて呆れる。それでも私はオシャレより本にお金を使いたい人なんだ。
主人公の令嬢が実は転生者で元日本人、転生先は乙女ゲームのヒロインではなく、悪役というお話。最近、こうしたラノベが気に入って読み漁り、気づけば朝だったということが少なくない。
本を読むことが好きな私は最近では電子書籍でばかり読んでいる。大学に通うために借りた独り暮らしのアパートは、格安だけどその分スペースがない。友だちが遊びに来て座る場所もないなんてことになるくらいには。
「はぁ、広い部屋に引っ越したかったなぁ」
誰にも聞かれない呟きが零れる。
電子書籍だとスペースを気にせず読めるのが利点だし、いつでもどこでも読める。電子書籍版限定書き下ろしなんてものもある。
だけど、本のデザインや手に持ったときの質感、重さ、パラパラとページを捲る音も結構好きなのだ。ただ、このアパートでは、本を購入するとなるとすぐに本で部屋が埋まってしまうのが容易に想像できる。浮上していた気分も束の間、現実に引き戻される。
本を読んでる最中に幾つかのLINEが届いていたが、既読せずスルーしていたのを思いだし、LINEを開く。
買っておいたパンを一口齧りながら、相変わらずな文面を眺める。
「はぁ……。メンドクサイなぁ」
思わずこぼれた溜め息と独り言。
今日こそ見つかりませんようにと、心の中で呟いて、重い足取りで大学に向かった。