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今日は、久方ぶりに斗季と二人でファミレスにやって来た。
夏休み中思ったように時間が取れず、斗季と二人で遊びに行くことはなかった。
去年、バイトのない日はほぼ毎日会ってたため一抹の寂しさを感じてたが、斗季なりに気を遣ってくれてたのかもしれない。
冷房の効いた店内、汗ばんだ体に染み渡るウーロン茶、何よりこんなに落ち着けるのは、斗季の前だけだ。
「拓人、社さんと喧嘩でもしてるのか?」
運ばれてきたポテトをひとつまみした斗季が開口一番そう言った。
ウーロン茶を飲んでる途中だった俺が咳き込むと、斗季はやれやれと肩をすくめる。
昨日の生徒会室でのことが原因で、奏とは朝から険悪な状況にある。
昨日奏は、青倉先生の手伝いを終わらせたあと昇降口で俺のことを待ってくれていたらしい。
あまりにも遅いので様子を見に行ったらあの場面に遭遇……そして、何も言わず帰って行った。
悪いのは俺です……はい……。
「バレてたのか……」
「様子見てたらなんとなくわかるだろ」
緋奈のときといいこいつ俺のこと見過ぎだろ。ちょっとドキドキするからやめろよな!
「花火大会の日は、ラブラブで安心してたんだけどな。やっと拓人にもこんなこと出来る相手が見つかったかって」
「あれは事故みたいなもんだから忘れてくれ」
「社さんは満更でもなさそうだったぞ?」
「夏休み中もちょっと色々あって……その反動で奏も変なテンションになってただけだろ、多分」
「夏休み中も喧嘩してたのかよ」
「喧嘩というか……すれ違ってたというか……」
「カップルっぽいな、それ」
一緒に帰るはずだった奏とも喧嘩してしまいその約束はなくなった。正確に言えば自然消滅。奏は滝と一緒に帰ったみたいだ。
今日はバイトもないし、斗季に誘われなかったら今頃家で悶々とした時間を過ごしてたに違いない。
「で、喧嘩の原因は?」
生徒会室でのことを簡潔に伝えると斗季は、「面白すぎるだろ」と腹を抱えて笑った。
「笑い事じゃないんだが?」
こんな指摘が意味を持つはずもなく、斗季の笑いは止まない。
第三者からしてみれば笑い事かもしれないが、当事者の俺に笑う余裕なんてない。いつ別れを切り出されるかヒヤヒヤしている。
もしそうなったとしても俺に文句を言う資格はないよな……。
思考が完全に悪い方に向かい始めた俺を見計らって笑うのを止めた斗季は、ポテトをひとつまみしてから短く息を吐いた。
「まぁ社さんもこんなことで別れるなんて言い出さないと思うけど。心配なら電話でもしてみたらどうだ?」
「いや……うーん……」
メッセージで謝罪と状況説明はしたが、返信はない。
余計なことをして火に油を注いでしまったら取り返しのつかないことになるのでは? と、引いてしまうのが俺の性格だ。こんな小さな事件でも慎重になってしまう。
いきなり電話なんかして怒らないだろうか、邪魔にならないだろうか、嫌われないだろうか。負の思考はとどまることを知らない。
昔は、こんな風じゃなかったのに。
「スパっと解決してくれないと俺の話ができないだろ。社さんなら大丈夫だって」
「簡単に言ってくれるなよ……」
斗季に急かされスマホを開く。着信履歴は緋奈と奏ばかり。
思えば、俺から奏に電話をかけたことはない。それもどこか遠慮があるからだ。
「ほれ」
「あ、おいっ!」
テーブルの上に置いたスマホとにらめっこしてたら、斗季が奏の名前をタップ。便利な機能が奏へのコールを始めた。
『……もしもし』
スマホを耳に押し当ててしばらく、ぽつりと奏の声が聞こえてくる。面と向かって話すより、電話の方が緊張するのはなぜだろう。
「あ、えーと、俺だけど……」
『うん、知ってる』
「だよな……」
ぎこちない会話だ。これならまだ付き合う前の方がマシに思えてくる。
適当な会話で話すことをまとめようにも、適当な会話すら頭に浮かばない。肝心の斗季は、ドリンクを取りに行っている。
『今、何してるの?』
少しの沈黙があって奏が聞いてくる。
「斗季……三野谷とファミレスに来てる。奏は?」
『鈴華さんとお買い物中。服見たり、アクセサリー見たりしてるよ。何食べてるの?』
「ポテトだけ。食べ過ぎたら晩飯食べれなくなるからな」
『そうなったら緋奈ちゃんに怒られちゃうかもね』
クスッと奏が小さく笑った。それが俺の緊張を一気に溶かしてくれた。
「それで、その、電話したのは、昨日のことでなんだけど……」
『うん。拓人君が副会長さんを押し倒してたことね』
濁した言い方が気に食わなかったのか、ボリューム大きめで付け加えてきた。事実だけど経緯はちゃんと説明しましたよ? 事故なんですよ、あれ。
「……すまん」
『拓人君が全部悪いわけじゃないってわかってる。でも、でもね、やっぱりあんなの見たら嫌だなぁって胸がモヤモヤするの。拓人君が好きだから、余計に。面倒くさいかもしれないけど……拓人君は私の彼氏なんだよ? 他の女の子と仲良さそうにしてたら……嫌な気持ちにだってなるよ』
奏の気持ちは痛いほど伝わってきた。俺は無自覚に奏を不安にさせてたんだな……。
これまでもちょこちょこ指摘はされてたのに、どこか軽んじてた。
俺だって奏が好きだし、他の人に目移りしない自信だってある。ただ、そう思っていただけで、態度では示せていなかった。それが、今回奏を怒らせた原因だ。
『……押し倒したいなら私ですればいいのに』
「え?」
『……なんにもない』
あれ、今なんか幻聴が聞こえたんだけど……。スマホってそんな変な機能までついちゃったの?
『それで、昨日のことで電話してきた拓人君は、私になんの用があるのかな』
無視されてた昨日から比べればマシにはなってるものの、まだご立腹の様子である奏さん。
正直、この件の解決案なんて何一つ思い浮かんでない。謝って許してもらえる状況でもないしな……。
「……どうすれば機嫌直してくれますか」
苦し紛れに出た一言。つくづく情けない……。
そんなの自分で考えてと突き放されるかと思ったが、スマホ越しの奏は、思案するように小さく息を漏らしていた。
そして数秒してから『今からそっちに行ってもいい?』と聞き返してくる。
「滝と遊んでるんじゃないのか?」
『鈴華さんも連れて行くよ』
「二人がいいならいいけど……」
『じゃあ今から行くね』
「き、気をつけて」
どうやら奏が今からここに来るらしい。
席に帰ってきた斗季にそう伝えると、わかりやすく喜んでいた。
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