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結さんとの喧嘩を切り上げた会長さんは、仕切り直すべく大きな咳払いをしたあと、来たときと同じ体勢に戻り普段壇上で見せる凛々しい表情を作る。
会長の裏の顔? どっちが表で裏なのかわからないが、きっと俺は見てはいけないものを見てしまったのだろう。
もう今までと同じように会長のことを見れる自信はない。
「かーくん、どっちが姉でどっちが妹?」
「なんで俺に聞くんだよ。気になってたけど」
印象的には、会長が姉で結さんが妹。
言い争ってるのを見たら、別にどちらがどちらでも納得はできるが。
「私が姉で千夜が妹だよ。私はあまり気にしてないけどね」
「よく言うよ。不利なことがあったらすぐ姉の権限とか言い出すくせに」
「っ……。そ、それじゃあ本題に入ろうか。副会長例のものを」
妹の一言に頬をひきつらせながらも本題に入るため無理やり舵を切る姉。最初に感じた威厳は、もうどこにもない。
「はーい。てか千佳ちゃんまだそのキャラでいくの?」
「み、みんなの前では会長って呼ぶ約束でしょ!」
ははん? この人もちゃんと残念な人だな? この似たもの姉妹め。
「あれ、今私の評価が変わる音がしたような……」
そう呟いた結姉を気にするものは誰もおらず、伊奈野さんがクリアファイルから取り出したA4サイズのプリントを全員に配る。
それはまだ学校に出回っていない今月の校内新聞。
見出しにでかでかと書かれた『合同文化祭』の文字で、俺はなぜここに呼ばれたのかがなんとなくわかってしまった。
ちらりと結さんを見やれば、不服そうに明後日の方向に視線を逃す。
「かーくん、これほんと?」
くいくいと袖を引っ張る氷上はこの記事に驚いてるようで、身を乗り出して俺に聞いてくる。そう言えば氷上には教えてなかったな。
この場で隠す必要はきっとない。ここに呼び出されたのは、このことを知ってるかもしれない人だからだ。
つまり氷上は完全に被害者で、彼女が悪いことをしたわけじゃない。
「よかったな。悪いことで呼び出されたわけじゃなくて」
「え……? どう言うこと?」
「あら、氷上さん知らなかったんだね。でももう帰せなくなっちゃった。ごめんね」
伊奈野さんの一言で氷上の頭にはてながどんどん募っていく。
まぁその説明は、俺たちをここに呼んだ張本人がしてくれるはずだ。残念な人とはいえ、我が校の生徒会長の肩書は伊達ではない……はず。
「見ての通り今年の文化祭は、桜井女子学園さんとの合同文化祭になることが正式に決まった。秘密裏にあちらの生徒会と話を進めてたけど、私の管理の甘さで千夜にバレて危うく非公式でこの情報が出回りそうになった。公表の日程はあちらの生徒会と決めてるから、こういうことされると困るんだよ」
怒りの矛先は新聞部の二人だ。
結さんも松江も自分たちが悪いのを自覚しているようで会長には何も言い返さない。
緋奈が忙しそうにしていたのは、文化祭の打ち合わせのためだったようだ。簡単に教えてくれなかったのも公表日が決まっていたからか。
あのふざけた先輩に緋奈の姿を見せてあげたい。
「まぁまぁそれはもういいじゃない。二人も反省してるし、ギリギリセーフだったんだから。それより香西君と氷上さんに関係あること説明しないと」
仲介に入った伊奈野さんに言われ、渋々矛を鞘にしまった会長さん。最後に「続きは家でやるから」と付け加えて、視線をこちらに向ける。
「香西君と氷上さんを呼んだのは、二つほどお願いがあるからなんだ。一つ目は、この件に関する口外の禁止。言いたい気持ちも理解できるけどここは我慢してほしい」
まぁこれは納得だ。このプリントを配られた時点で察しはついていた。
もちろん言いふらす気は微塵もないので、俺はわかりましたと首を縦に振る。
氷上は「そういうこと……」と、隣で安堵のため息をついていた。結さんとの関わりがなければここにくることもなかったのに可哀想だ。
「ありがとう。それともう一つ……これは、断ってくれても構わない。とりあえず話は聞いて欲しい」
会長さんの神妙な面持ちに、俺と氷上は顔を見合わせる。この子はいつまで制服の裾を掴んでいるのかな? まだ異性への耐性は低いんですよ、私。
そんな意図が通じるわけもなく、俺と氷上は会長さんの話を聞く体勢になる。
「この合同文化祭を開催するにあたって、あちら側の……桜井女子学園さんの要望の中に見回りの強化をお願いされてるんだよ。毎年風紀委員会と生徒会でやってるんだけど……それだけじゃ心許ないって言われちゃって」
桜井女子学園の言い分をまとめるとこうだ。
まず風紀委員会と生徒会の人数不足。
うちの高校も生徒数はそこそこ多いため風紀委員も生徒会も人数は他校と比べて多いとのことだが、桜井女子学園は高等部だけでこちらの生徒数を上回る。
それに加えて中等部の生徒もとなれば、たしかに人数は少なく感じるだろう。
次に男女比率。
風紀委員会も生徒会も女子率が高い。あちら側は女子校なのでもちろん女子のみ。
仮に男女間でトラブルがあった際、女子だけじゃ対処しきれない場合があるかもしれない。
そうならないため最低でも、あちらの見回り係を加えて男女比を一対一にはしてほしいとのこと。
最後に男子見回り係の選定。
普段の生活態度がよろしくない生徒に見回り係をさせても信用ならない。
こっちで選定して、その中の代表を後日桜井女子学園で行われる打ち合わせに同行させるようにとお願いされたようだ。
「ほら、あの学校ってお金持ちの子も通ってるでしょ? そういう心配の声も多数あるみたいで」
眉尻を下げた伊奈野さんが困ったように言うと、会長さんも同じような表情を作る。
男子を選定っていうのも嫌な話だが、あちらからすれば見知らぬ男子を最初から信用するってのもまぁ無理な話ではある。
「何でそこまでして合同文化祭を?」
「話はあちらから持ちかけて来たんだよ。数年前から議題には上がってたらしいんだけど、実現には至らなかったらしい。でも、今年の中等部生徒会が結構優秀で、高等部生徒会の説得に成功したようなんだ」
パッと浮かぶ妹とその友人の顔。
あの二人学校を動かしたの? 一周回って恐怖なんですけど。
それ自分の妹なんですなんて言ったらめんどくさいことになりそうだ。ここは黙っておこう。
「それでどうかな、香西君も氷上さんも部活はやってないでしょ? 文化祭は文化委員が主軸だから、副委員長も図書委員も一般生徒と変わりないし……お願い出来る?」
俺たちの情報はしっかり握られてるようだな……。
会長さんも伊奈野さんも、生徒会に入れるほど人望のある人だ。きっと友達も多い。
でも、彼女達は三年生。今年が最後の文化祭。そのこともあって同学年に見回りは頼み辛いのだろう。
この合同文化祭が成功すれば、間違いなく過去最高の文化祭になる。そして今も、そうするために努力している。
なら、その努力に少しくらい力を貸してもいいのではないか。
「俺はいいですよ。そこまで戦力にならないと思いますけど」
「かーくんがやるなら私もやる。見回りは任せて」
「ほんとっ! ありがとう香西君、氷上さん!」
「千佳ちゃんキャラ忘れてるし。でも本当にありがとう!」
よほど嬉しかったのか、伊奈野さんは俺の手を握るとブンブン激しく上下に振る。
この人のキャラもよくわからないな……なんて思っていると、氷上が「し、痺れてるっ」と唸って、もたれかかってきた。
「お、おいっ!」
俺が人一人の体重に耐えれるわけもなく伊奈野さんもろとも倒れ込むと、いつか俺の部屋でもあった床ドン状態に陥る。
「あら、香西君って意外と大胆なんだね」
「こ、これは事故であってわざと──」
「失礼します。二年の社です。今すごい音…………」
開いたドアの前には、冷たい目をした奏の姿。
凍てつくようなその視線に、部屋中が凍りつく。
そんな、時間が止まったようなこの部屋で、最後に聞こえたのは、新聞部部長が切ったシャッターの音だった。
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