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投稿遅くてすみません……。
毎年の恒例行事である花火大会当日の駅は必ず混雑するため、一日限定のダイヤで運行される。
簡単に言えば電車の本数を増やし次々に人を会場まで運ぶということだ。
これは花火大会の二週間前から告知されており、地元の人もこの混雑をむしろ楽しんでいるようにも思う。
基本的に人の多いところを避けてきた俺からすればこの光景を楽しむ余裕はなく、会場に着いた今も軽く疲弊している。
そんな俺に寄り添う形で隣を歩くのは、浴衣を纏った奏。満員電車で奏の身を守るのにどれだけ体力を消費したことか……。
奏の可愛さと周りからのプレッシャーで体力ゲージはもう赤色に差し掛かっている。
「お、かなかなとたくたく来たー。早いねー」
「鈴華さんその呼び方どうにかしてほしいな……」
「可愛いからいいじゃーん」
指定された場所に着くと、滝と加古がいた。どうやら場所取りをしてくれてたらしい。
奏に絡みつく滝も、呆れた様子の加古も浴衣を纏っていて普段の印象とかけ離れている。
「集合時間の一時間前なのに。早くない?」
奏を二人に預け芝の上に敷かれたレジャーシートの端に腰掛ける。
どこもかしこも人だらけ。花火が終わるまでここで過ごすことをひっそりと誓う。
「え、無視?」
「あ、え、俺?」
「香西しかいないでしょ」
てっきり奏に聞いたのかと……。
というか集合時間の一時間前なんて当たり前だろ。
「……奏と遊んでたらわかるだろ」
夏休み中俺よりも奏と遊んだらしいじゃないか。
いやいいんだけどね? 俺がバイトばっかしてるのが悪いんだけどね?
君らも奏と待ち合わせしてるなら嫌でもわかるもんでしょうよ。
奏が集合場所に一時間前に着くことくらい。
しかし加古にはピンとこなかったようで、小首をかしげ俺の言葉の意味を考え始める。
待つこと数秒、今までのことが繋がってきたのか徐々に加古の眉が吊り上がっていく。何それ面白い。
「いつも一番乗りなのは知ってたけど……もしかして毎回?」
「知らなかったのか……」
「誰も一時間前に来るなんて思わないでしょ! 普通ありえないから!」
「そう……なのか?」
「香西が奏に汚染されてる……」
汚染? 浄化の間違いでは?
「まぁその辺はまた奏に言っとくよ。香西も香西だけど」
やれやれと首を横に振る加古。
こんなこと慣れればなんの問題もない。
奏には一時間遅い集合時間を教えてみるなんてことも考えてみたが、純粋な奏を騙すみたいで俺には出来なかった。
彼氏としては、早く来てくれるのって嬉しいしな。
「疲れてるみたいだしここで休憩しときなよ。私と鈴華ずっとここにいて退屈してたからさ、ちょっと出店回りたいんだよね」
「そうだったのか。すまんな任せて。座ってるだけでいいならむしろ助かる」
「じゃあお願い。鈴華、香西が変わってくれるって……何やってんの」
立ち上がった加古が声を低くして半目を向けた先には、奏を押し倒す滝の姿があった。
涙目の奏に、本当に女子ですか? と聞きたくなるくらい卑猥な表情をする滝が覆い被さっているではありませんか。
この短い時間に何があったんだ……。俺的には全然ありだけどね!
「かなかなの浴衣姿が最高過ぎて我慢できないよぉ〜」
「雅さん、拓人君助けて……」
「ほら行くよ」
「私はもうかなかなから離れられない体になっちゃってるよぉ〜」
「奏も一緒だから早く立って、恥ずかしい」
「やったぁ〜」
聞き分けがいいのかわがままなのかよくわからないが、三人は人波に消えていく。
名残惜しそうに俺に振り向いた奏には、小さく手を振っておいた。
時間を確認すると、到着してからまだ15分程しかたっていない。
何気なく周りを見渡せば、等間隔で同じシートが敷かれているのに気づいた。
もしかしたらここって選ばれた人間しか座れない場所だったりしない?
「あら、お兄さんじゃないですか。こんなところで会うなんて最悪ですね」
海に沈んでいく夕陽をバックに佇む浴衣姿の和坂さんが可愛らしい笑顔をたたえ、それに似つかわしくないことを口にしている。
すぐ後ろには付き人の人がいて、俺に小さく頭を下げた。
「おぉ久しぶり。和坂さんも花火見に来たんだ」
「この会場にいる人はほとんどそうだと思いますよ。むしろ引きこもりのお兄さんがここにいることが驚きです」
「引きこもりではないんだが……」
頑張ってかけた言葉も「こいつ何言ってんだ? 当たり前だろ」と返された挙句「むしろお前がいることが驚きだわ」なんてバカにされた気がする。
これだけわかりやすい建前だと清々しいな。ちゃんと傷つくけどね。
「聞きましたよ。休み中風邪をひいたらしいですね。気をつけてください、緋奈ちゃんにうつったら大変ですから」
「……すまん」
俺の心配じゃなくて緋奈の心配してるな。いやいいんだけどね?
何でだろう。和坂さんと話してると自分に自信がなくなっていく。彼女が堂々としてる分余計に。
年下の女の子にマジで謝っちゃったぜ……。
「それで、どうしてお兄さんが滝さんのスペースにいるんですか? 勝手に座ってると怒られますよ」
「勝手ではない……と思う」
「お兄さん滝さんとも知り合いなんですか?」
「知り合いというか、クラスメイトだな。和坂さんは滝と知り合いなのか?」
「はい。親同士の仲が良くて小さい頃からお世話になっています。会うのは久しぶりだったので早めにご挨拶をと思ったのですが」
「今さっきまでいたんだけどな……」
「そうですか。ではまたの機会にします。これから私も緋奈ちゃんと落ち合うので。行きますよ大村さん」
付き人の大村さんを連れ和坂さんはさっさと行ってしまった。
冷たいというか、切り替えが早いというか……。間違いないのは俺に興味がないことだな。
それより滝って何者なのだろう。和坂さんと知り合いってことは、家柄が良い家庭の娘さんとかなのかもしれない。機会があれば聞いてみよう。
「……やばいな」
花火が終わるまでは頑張るつもりだったのだが、俺の体力はもう限界を迎えたらしい。
今目を閉じれば5秒もたたずに寝てしまう自信がある。
一人で座ってるのがダメだった。気が抜けて疲れがどっと押し寄せてきた。
せめて誰かが来るか、あの三人が帰って来るまで我慢しないとな……。
「拓人君」
うつらうつら船を漕ぐ俺の隣には、いつの間にか帰って来てた奏が座っていた。
「お、おぅ……」
それがわかった瞬間、俺の体力はプツンと切れてしまった。
※※※
好きな人って、どうしてこんな簡単に見つけられるのだろう。
これだけ沢山いる人の中からたった一瞬見えた後ろ姿。それが、先輩だと確信出来たのは、無意識にいつも目で追っているからだ。
「ソフィア置いてくよー」
「さ、先行ってて」
先輩がこんな人の多いところに好きで来るはずがない。なら簡単に予想できる。
きっと彼女さんと来てるんだ。先輩を好きになった人。先輩が好きな人。
今私が、一番いたい場所にいる人。
どんな人なのかな。
私より勉強ができる人? 私より背が高い人? 私より先輩のことを知ってる人? 私より可愛い人?
もしも、もしもそうじゃなかったら、私と……。
「……先輩」
やっと追いついた。もう先輩は目の前にいる。
話しかけて困らせる? 思い切り名前を呼んでみる?
「そんなこと……出来ないよ」
あんなに、あんなに幸せそうに笑ってる先輩なんて見たことない。
隣にいるあの人が先輩の彼女さん。
あぁよかった素敵な人で。よかった……よかっ、た。
「……全然、よくないよ」
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