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一ページ目で最初に目を惹かれたのは、小学校の入学式時の写真だった。
当たり前だけど今よりはるかに幼くて、緊張しているのかそれとも照れているのか、顔が強張っている。
いつもはだらっとしてる今の拓人君からは全く想像出来ない表情だ。
でも、やっぱり面影はあって、将来私が好きになる人なんだなぁなんて変な気持ちになる。
「奏ちゃんは小学校どこだったの?」
「私は北の学区でした」
「じゃあ小学校はちょっとだけ離れてたのね」
「そうですね。小学生の頃の拓人君は、どんな子だったんですか?」
「ふふ、見てたらわかるわよ〜」
ページをめくると様々な小学校の行事の写真が所狭しに並んでいた。
運動会、音楽会、授業参観、修学旅行等々。
笑顔は少ないけれど、どれも楽しそうにしている写真ばかり。
「拓人はあまり笑わないから、撮る側としては困った子だったよ。でも優しい子だから友達は多かった」
たしかに写真は、誰かと写っているものが多い。
男女に限らず誰かと一緒にカメラにピースをしていて、これもまた今の拓人君からは想像が出来ない。
あ、いや、それは拓人君に失礼かも。
それにしても、モテないって言ってたのに女の子と一緒に写ってるってどういうことだろう。
どれも同じ子だし、すごく可愛いし……。
「いやー恥ずかしいですね。私とお姉ちゃんもいるので」
「え、緋奈ちゃんはどれ?」
「これですよ。こっちがお姉ちゃんです」
緋奈ちゃんが照れたように指差した写真は、運動会で昼食を取っているものだ。
おにぎりを頬張る拓人君を挟んで座るそっくりな女の子二人。違うのは髪の長さと身長くらい。
「この子緋奈ちゃんだったんだ……」
拓人君の隣に写っていたのは、どうやらお姉さんと緋奈ちゃんだったらしい。
小さい頃から仲のいい兄妹なのを微笑ましく思いつつ、そうとも気づかず勝手に嫉妬していた自分が恥ずかしくてたまらない。
「奏さん顔赤いですよ?」
「っ⁉︎ な、なんでもないよ! 気にしないで……。それより、緋奈ちゃんはお姉さんそっくりだね。双子かと思っちゃった」
「そうですか? 嬉しいです!」
「今日お姉さんは?」
「えーと……今日は、友達と約束があるらしくて出かけてるんですよ。今まで誰かの誕生日に遊びに行くことなんてなかったんですけど……。でも、早めに帰ってくるって言ってたので帰ってきたら奏さんに紹介しますね」
拓人君と緋奈ちゃんのお姉さんか……どんな人なんだろう。会うの緊張するなぁ。
「奏ちゃんこれ見て〜」
「は、はいっ」
それから小学生時代の写真をたくさん見せてもらった。
活発な子ではなかったらしいけれど、器用で優しくていつもみんなの中心にいたと昇さんは言う。
写真からもそれは伝わってきた。小さい時の拓人君……可愛い。
私の知らない拓人君が知れてもう大満足。
「あ、昇さんそろそろケーキ取りに行かないと」
「もうそんな時間ですか。じゃあ僕と詩さんはお店にケーキ取りに行ってくるので、奏さんと緋奈は料理の続き頑張ってください。怪我には気をつけて」
私の胸がいっぱいになった頃、ご両親が予約していたケーキをお店に取りに行くと家を後にした。
駅の近くのケーキ屋さんが知り合いのお店のようで、昔から誕生日ケーキはそこのお店で買っているとのこと。
緋奈ちゃんの腕前ならケーキも作れるらしいけど、「あのお店のケーキは世界一美味しいんです」と、目を輝かせながらご両親を見送っていた。
料理再開から数分して、緋奈ちゃんのスマホに拓人君から『今から帰る』と連絡が入り、急ピッチで最終行程に取り掛かる。
小麦粉をお肉全体に馴染ませ卵を繋ぎにパン粉をまぶしてゆっくりと油に入れる。油の温度はやや低めにして、じっくりと中まで熱を通すのが緋奈ちゃんのこだわりらしい。
もうちょっとで拓人君が帰ってくる。
お話しするときよりも、デートするときよりも、手を繋ぐときよりもドキドキするのは、サプライズだからかな。
と、玄関からドアの閉まる音が聞こえてきた。
拓人君が帰ってくるにはまだ早い。同じことを思ったのだろう、緋奈ちゃんも少し上を見て考えるように首を傾げる。
「あ、お姉ちゃんかも」
パタパタとスリッパを鳴らして、リビングの入り口へ向かう緋奈ちゃん。
顔だけ覗かせて「おかえりー」と手を振っている。
「ただいま緋奈」
「よかった〜ご飯できる前に帰ってきてくれた」
「早く帰るって言ったでしょ」
廊下から聞こえる声。何気ない姉妹の会話なのにどこか羨ましい。
「奏さん来てくれてるよ」
「お、お邪魔してます。拓人君とお付き合いさせてもらってる社奏といいます」
「そんな畏まらなくていいのに。拓人の姉の茉里です。拓人と緋奈がお世話になってるみたいで」
「い、いえ、私こそ拓人君と緋奈ちゃんにはお世話になってます」
挨拶もそこそこに「着替えてくるね」と部屋に上がっていく茉里さん。
その去り際、一瞬だけ目が合った。
気のせいだろうか。綺麗な瞳からは、まるで温度を感じなかった。
「そろそろ油の海から豚肉を救出しましょう!」
「そ、そうだね」
緊張してるからそう感じただけだよね。
あの拓人君と緋奈ちゃんのお姉さんだもん。
拓人君に恥をかかせないために頑張らないと!
※※※
バイトの帰り道。
乾いた喉を潤すためコンビニでお茶を買い、飲みながら家に向かっていると、子供の頃から見続けている仲睦まじい二つの背中が前方に確認できた。
手を繋ぎながら歩く自分の親を友人の斗季は想像できないと首を振っていたが、俺にとってはごく当たり前の風景。
恥ずかしいとも思わないし、やめてほしいとも思わない。
これが英才教育ってやつか……。
一つ困ることがあるとすれば声がかけづらいこと。
あのラブラブな二人の間に割って入るのは、息子の俺ですら憚られる。
このまま距離を保って後ろをついて行くのもいいけど、暑いしバイト終わりだし早く帰りたい……。
「おーい拓人ー」
息子のささやかな願いが届いたのか、母さんが俺の名前を呼ぶ。
二人の元に駆け寄ると、父さんの手にはあるお店の袋が握られていた。
「ケーキだ。俺が持とう」
このお店のケーキ世界一美味しいんだよな。
父さんを信用してないわけじゃないが、世の中何が起こるかわからない。
ここは俺が慎重に家まで運ばせてもらおう。
「いいよ、バイトで疲れてるだろうし今日は拓人の誕生日だからね。緋奈と……が気合入れて料理作ってるよ」
「知ってる。早く帰って来いって釘刺されてるし」
誕生日はバイトあるって伝えた日はちょっと機嫌悪そうだったのに、翌日になると可愛すぎるくらい機嫌よくなってたんだよな。
何か考えてるのか知らないけど、何されても泣くよ? 感動で。
まぁ昔からイベントごと好きだからな緋奈のやつ。
休み入れ忘れた俺も反省しなければ。
「拓人も今年で17歳かぁ〜早いなぁ」
「母さんそれ毎年言ってる」
「だって実際そうなんだもの。こんなに小さかったのが昨日のことみたい。気がついたら身長抜かされてるし、あんな素敵な彼女作ってるし」
「詩さんっ」
歳を重ねるにつれ時間の流れが早くなるなんてよく聞く話だ。
俺にはまだその気持ちはよくわからないが、俺も歳をとるとそう感じるようになるのだろうか。
それより今聞き捨てならないことがあったような。
「母さん奏に会ったの?」
「え、えーと、ひ、緋奈に写真を見せてもらって! ほら、あの子も奏さんにお世話になってるみたいだしお礼しなきゃと思って」
いつになく焦ってるな。父さんの苦笑いも気になる。
「そ、それより、拓人も手繋ぐ?」
「お、それはいいですね」
「は⁉︎」
言うや否や左右の手をほぼ同時に掴まれた。
「懐かしい〜。ね、昇さん」
「そうですね詩さん」
「あの……恥ずかしいんですけど」
昔はよくこうやって母さんと父さんと手を繋いでいたのを思い出す。
姉さんや緋奈よりも、俺は二人と手を繋いでいた気がする。
『拓人ばっかりずるい!』
『お兄ちゃんいいなぁ』
母さんと手を繋ぐ姉さんと、父さんに抱っこされていた緋奈には、真ん中にいる俺が羨ましく見えてたんだろう。
あんなに大きく見えてた母さんは俺より小さく、父さんも俺と目線がほぼ一緒だ。
「拓人、生まれてきてくれてありがと」
「……何急に」
「たまには言っとかないと。一緒にいられることが当たり前じゃないからね」
「ま、まぁ……こちらこそ、その、色々ありがとうございます……」
日が沈む前に言えてよかった。今、絶対顔赤いし。
あれ、なんかとても大事な話の途中だったような……。
ま、大丈夫か。
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