表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/142

※87

更新遅くてすいません!汗


 私のおじいちゃんは、柔道教室の先生をしている。

 生徒は主に小学生の子供たちで、近所に住んでいる子がほとんどだ。

 私も時々教室のお手伝いをさせてもらっていて、内容はほぼ雑用に近い。

 稽古前の道場の掃除、給水用の飲料、カップの準備。生徒の出席確認等、目立ったことはしていない。

 中学生になるまでは私も生徒の一人として稽古を受けていたけど、中学校は必ず部活に入らないとダメだったのでそこで辞めてしまった。

 お手伝いを始めたのは高校に入ってからで、理由をあげるとすれば、おばあちゃんの負担を減らすためかな。

 実はおばあちゃん、家で一度倒れたことがある。

 大事には至らなかったけれど、おじいちゃんはおばあちゃんの体を気遣って教室を閉めることを考えた。

 でも、それにはおばあちゃん猛反対。


『急に閉めるのは生徒の皆さんに示しがつきません。それに私の楽しみでもあるからおじいさんが辞めても私が続けます』


 と、いつになく頑なで、おじいちゃんの意見を聞き入れようとはしなかった。

 おじいちゃんもおじいちゃんで頑固だから二人の話し合いは平行線を辿って……私が教室を手伝うという形でその話し合いは幕を閉じた。

 それがもう一年前のこと。

 一年もお手伝いを続けていれば、生徒のみんなも私のことを覚えてくれて気さくに話しかけて来てくれる。

 高校では話しかけられないよう努めていたけど、ここではありのままでいられたから学校にいる時より楽だったことは否定できない。


「十分間休憩。暑いので水分補給はしっかりとるように」


 今日はその柔道教室の指導日だ。

 おじいちゃんがそう言うと、元気な子供たちが私とおばあちゃんの元へ駆け寄ってくる。


「奏お姉さん奏お姉さん!」


 みんなに飲み物を配り終えたところで、数少ない女子生徒の一人、向井紗季ちゃんが私のシャツを引っ張って興奮気味に名前を呼ぶ。


「んー? どうしたの?」

「受け身がね、上手になったって先生が! 見てて!」


 この教室に入った頃は周りと馴染めずお母さんの背中に隠れてばかりいたけど、あることがきっかけで稽古を頑張るようになって、柔道のことも好きになってくれた紗季ちゃん。

 休憩時間中私の元へやって来ては学校でどんなことがあったとか、家での出来事や他愛ないことを教えてくれたり、今みたいに習ったことを私に披露してくれる。

 畳の上をぐるんと一回転。

 手も足もしっかり畳を叩けていて、紗季ちゃんの上達ぶりは私にもわかるくらい顕著だった。


「おー、紗季ちゃん凄い!」


 嬉しそうに笑う紗季ちゃんは、先日白から変わったばかりの黄色帯をきゅっと結び直してからまた私のところへ戻ってくる。

 休憩中ってこともあって受け身を披露した紗季ちゃんは注目の的だ。

 恥ずかしがり屋の部分が顔を出し私の後ろに隠れるようにして足に抱きついてくる。

 優しく頭を撫でてあげると、くすぐったそうに肩をすくめる紗季ちゃん。

 もしも私に妹がいたらこんな感じだったのかな……なんて。


「私……奏お姉さんみたいになれる?」


 無垢な瞳でそんなことを言われると胸が熱くなって嬉しさが込み上げてくる。

 紗季ちゃんが変わるきっかけとなったあることとは、本人曰く私の姿を見てかららしい。

 お手伝いの一環で披露した得意技の背負い投げ。

 本来の目的はおじいちゃんの受け身を見てもらうことだったけど、紗季ちゃんは私の背負い投げに心を奪われたらしい。……自分で言うと恥ずかしいなぁ。


「私よりもうーんと凄くなるよ、紗季ちゃんなら」

「じゃあ奏お姉さんみたいに彼氏もできる?」

「っ⁉︎ な、なんで知ってるの⁉︎」

「昨日ね、お母さんとお買い物してたら奏お姉さんが男の人と歩いてるの見つけて。お母さんが彼氏って言ってた」

「そ、そっか……」


 まさかデートしてるところを見られるなんて……全然気づかなかったよ。


「私にもできるかな、奏お姉さんみたいにかっこいい彼氏」


 紗季ちゃん……なんていい子なんだろう。見る目がある。きっと素敵な人が見つかるに違いない。


「焦らなくても大丈夫だよ。紗季ちゃんのこと大切にしてくれる人は絶対いるから」

「お母さんも同じこと言ってた! 私も早く彼氏ほしい!」


 その発言はちょっと誤解を生んじゃうかもしれないから大きい声で言うのはやめようね!


 休憩時間が終わり、空になった給水用の水筒をおばあちゃんと一緒にキッチンに運んだところで一息つける時間ができた。

 この後やることと言えば、道場の清掃とタオル等の洗濯くらいで大した仕事はない。

 教室が終わるまで寝ちゃおうかな……。


「えっ⁉︎」


 なんて考えながらスマホを開くと、拓人君の妹で私のダル猫友達でもある緋奈ちゃんからメッセージが届いていた。


『お兄ちゃんが熱を出してしまいました。もうすぐ学校から出るので駅で待ち合わせして家に来ませんか? 帰るの遅くなるって言ってるので、一緒にお兄ちゃんを驚かせてやりましょう!』


 拓人君が熱⁉︎ 昨日はなんともなさそう……いや、思い返してみたら心当たりがいくつかある。

 私が水を渡したときとか、水を落としたときもそうだ。デート中もぼーっとしてる瞬間が幾度かあったし、握った手も熱かったような気がする。

 もしかして私、拓人君に無理させてたんじゃ……。


「どうしたのかなちゃん、何かあった?」

「う、ううん……何でもない」

「そうかい?」


 と、とりあえず返信しないと。


『行きたいけど……私が行っても大丈夫かな?』


 拓人君からは何の連絡もない。

 連絡ができないほど辛いのかもしれないし、ちゃんと休んでるなら安心できる。

 でも、もしそうじゃなかったら? 


 例えば……私を呼びたくない、とか。


 最近、メッセージのやり取りも電話も時間が噛み合わずにすれ違うことが増えた。

 そのことで私は勝手にモヤモヤして……拓人君にそのモヤモヤをぶつけてしまっている。

 そのせいで拓人君は、体調を崩したのかも。

 だとしたら全部私のせい。


『奏さんが来てくれたらお兄ちゃんも喜ぶと思いますよ』


 そうだといいんだけど……。


「おばあちゃん……あの、私」

「いいよこっちのことは気にしなくて。かなちゃんは、もっと自分を大切にしなさい。おばあちゃんとおじいちゃんは……四番目くらいでいいからね」

「……うん、ありがとう!」


 紗季ちゃんの憧れが私なら、私の憧れは絶対におばあちゃんだ。

 温かい優しさと静かな強さ。

 この人がいるからという安心感は、今まで私を何度も助けてくれた。

 きっとおばあちゃんがいなくなったら……ううん、こんなこと考えるのはやめよう。


「その、もしかしたら帰り遅くなるかも……」

「気にしなくていいよ。帰ってくるときは伴侶も一緒でいいからね」

「っ⁉︎ わ、私と拓人君はまだそんなんじゃ……。も、もう、行ってくる!」


 それから私は緋奈ちゃんに今から準備する旨を伝え、いつもより手短に身支度を整えてから家を出た。

 緋奈ちゃんと合流して、コンビニで軽く買い物をしてから家に向かう。


「じゃあ開けますね。お兄ちゃんまだ寝てると思いますけど」

「う、うん、お邪魔します」


 拓人君……喜んでくれるかな。

 そんな期待と不安半分を胸に、私は玄関をくぐる。


読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あっ… (察し)
[一言] 修羅場の到来や…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ