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投稿遅くてすいません!
ピークを超えたのか、まだ頭がクラクラするものの朝のように歩けないほど辛くはなくなったお昼前。
軽く汗を拭いてから着替えを済ませ、リビングに降りながらスマホを確認していると、緋奈からメッセージが届いていた。
『ごめんお兄ちゃん! 帰るの遅くなるかも……。お母さんからお金貰ってるから何か買って帰るよ。死んじゃだめだよ!』
過度な心配に突っ込むことを忘れ、一抹の寂しさを感じながら短く返事を済ませる。
食欲はないが何か腹に貯めておきたいと冷蔵庫の中を確認してフルーツ缶を見つけたのだが、開けるのに悪戦苦闘し結局食べるのを諦めた。
力を入れると余計頭が痛むな……。
ソファに寝転がり天井を見つめていると、あれだけ寝たはずなのにまぶたが重くなってくる。
と、意識が遠のく俺を引き止めるかのようにテーブルの上に置いたスマホが着信を知らせた。
画面には夢前川の名前。
バイトのことで何か問題でもあったのだろうか。
「痛っ!」
手から滑り落ちたスマホが鼻に直撃。
その衝撃でうまく電話が繋がったようだ。
『……先輩?』
「お、おう、どうした夢前川」
『それはこっちのセリフなんですが、凄い音しましたけど』
「スマホ落としただけだ。すまん」
ツーッと鼻の中に違和感が襲うと、ポタポタ赤い液体が服に垂れてくる。
やべ鼻血だ。
ティッシュは……あー、あったあった。
『そうなんですか。今私、先輩の家の前にいるんですけど』
「そうか…………はっ⁉︎ ……痛ってぇ」
鼻血やら頭痛やら色々起きすぎてプチパニックなんだが? とりあえず今夢前川さんどこにいるって?
『だ、大丈夫ですか?』
「待て待て、今どこにいるって?」
『え、先輩の家の前ですけど……』
聞きたいことがぱぱっと何個か頭に浮かんだが、家の前にいるなら直接聞いた方がいいな。
「……待ってろ」
ティッシュで鼻を抑えながら玄関のドアを開けると、本当に夢前川がいた。
正直、目で見るまで九割は疑っていた。
「こんにち……って先輩! 血が出てるじゃないですか!」
俺の現状を見るなり駆け寄ってくる夢前川。
君この前鼻血出したときそんなことしなかったよね。やっと先輩をいたわることを覚えたか。
「これは俺の不注意だから気にしなくていい」
「気にしますよ。先輩病気なんですから」
「ただの熱だけどな……」
しかも自己管理を怠った上での。完全に自業自得である。
太陽光を浴びてると体力を持っていかれてしまう。
夢前川の額にも薄っすらと汗が滲んでいて、外の暑さを物語っている。
じろじろ顔を見てたのがバレたのか、夢前川はぴょんっとウサギみたいに跳ねて離れると、可愛らしいショルダーバッグからハンカチを取り出しその汗を拭った。
「……汗臭かったですよね」
「いや、今鼻使えないし」
さっきから鼻を抑えてるので匂い嗅げないし、ずっと鼻声になってるし。
「とりあえず上がるか? 暑いだろ」
「い、いいんですか? 家の人とかいるんじゃ」
今は俺以外誰もいないから問題ない……いや、むしろそれが問題だな。
でも、夢前川が懸念してるのはきっとそこじゃない。
鼻血のおかげで登校中に夢前川と遭遇した日を鮮明に思い出した。
緋奈が俺の妹だとバレたその日に、俺も夢前川がバイトを隠してることを知ったのだ。
中等部生徒会長の緋奈が夢前川見れば、同じ学校の高等部の生徒だと気づくだろう。
それから俺との関係性を聞かれバイトのことがバレるのは容易に想像できる。
「妹もいないからバイトのことは大丈夫だぞ」
「あー……そう、でしたね。じゃあお邪魔します」
リビングに案内して冷たい麦茶を準備してソファに夢前川を座らせる。そうしないとずっと立ってそうな勢いだった。
「なんで家知ってんの」
「その、的形さんに住所聞いて」
「この辺複雑だからわかりにくかっただろ」
「そうですね……結構迷いました」
「お疲れだな。ほれ、お茶」
手をつける様子のなかった麦茶を勧めると、ぺこっと小さく頭を下げて口をつける。
「で、来た理由は?」
「えーと……その」
ショルダーバッグを抱きしめて視線を泳がせる夢前川。
……最近歯切れ悪いな。
わざわざ住所を聞いてまで足を運んだのだ、それ相応の理由があるに違いない。
「あ、お前まさか俺が嘘ついてると思ったな? 残念ながら本当に体調不良だ。サボりじゃない」
さっき変えたばかりの冷えピタをアピールして潔白を証明。
嘘ついてバイトを休むなんてそんな悪いことはしない。やっていいのは正社員だけだ。
俺は将来正々堂々嘘をついて仕事を休む大人になりたい。
「別に疑ってないですよ。ただ……お見舞いに来ただけです」
「え、俺お見舞いされるようなことしたっけ」
「……悪い意味の方じゃないです」
「あー、違う方のお見舞い……。夢前川が? なんで」
「……なんでなんでうるさいですね。様子を見に来ただけですよ。ほんとそれだけで特に理由なんてないです。あとこれよかったら飲んで食べてください」
「お、おう」
抱きしめていたバッグの中から袋をぽいっと無造作に投げられた。
しおらしい態度は一変、怒ったように夢前川は顔を背ける。
袋の中にはスポーツドリンクとみかんゼリー。果実がごろごろ入ったやつだ。
何か食べなければと思ってたからこの差し入れは結構嬉しい。
「すまんな、気使わせて。財布部屋だから取ってくる」
「い、いいですよ」
「バイト押し付けたうえにタダでこれ貰うのは気が引けるからな。ちょっと待っててくれ」
まだ何か言いたそうな夢前川を置いて階段を上がっていると、一瞬視界が揺らいで階段を踏み外してしまった。
なんとか手すりに捕まることができたが、背中を思い切り強打。
その音を聞きつけた夢前川は俺の元へ駆けつける。
「大丈夫ですか⁉︎」
「わ、忘れてた、俺病人だった」
ただの熱だけど。そう自嘲気味に笑ってみるも、夢前川はいつもみたいに小言を言うわけでもなく「立てますか?」と、俺に手を差し伸べてくる。
照れなのか、後輩にかっこ悪いところを見せたくないという変なプライドなのか、俺は差し伸べられた手を掴もうとしなかった。
「大丈夫大丈夫……いっ!」
「っ⁉︎ 先輩危ない!」
自力で立ち上がろうとした俺を襲ったのは、背中の衝撃で感じなかった足の痛み。
うまく踏ん張ることができずまた前方に倒れそうだ。
──そんな俺を支えたのは、夢前川だった。
俺の顔には柔らかい感触があって、薄い布の奥にはひんやり温度を感じる。
そこが夢前川の胸だと気づいたのは、ドクンドクンと脈の音が聞こえたからだ。
早く離れないと。そう思っても体が硬直して上手く動かない。
「意外と力持ちだな……。すまん」
俺を支えたままぺたりと座り込んだ夢前川。
ビンタの一発や二発は覚悟すべきだろう。このまま突き飛ばされても文句は言えない。
そんな覚悟をひっそりと決めて軽く目を閉じる。
「……無理はダメですよ」
優しい声が耳に届く。
それと一緒に胸の鼓動が早くなるのがわかる。
と、俺の頭を何かが包み込んだ。夢前川の吐息がくすぐったい。
「ゆ、夢前川……?」
俺は今夢前川に抱きしめられているのだと、そう気づくのに時間はかからなかった。
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