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 優しい風が吹くと、縁側にぶら下げた風鈴がチリンと綺麗な音を鳴らした。

 溶けるような暑さなのに、この音を聞くだけで体感温度がグッと下がったような気がして、不思議と心地よくなる。

 寝転んで見上げた空には細長い飛行機雲。

 焚いた蚊取り線香の匂いは、私にとって夏を感じる匂いだ。


 夏休みが始まって一週間がたった。

 去年までの夏休みは家にいることがほとんどだったけど、今年はもう三回も遊びに行っている。

 これが普通なのか、多いのか少ないのか、私にはわからない。

 だって、私に友達ができたのはつい最近のことだから。


「かなちゃん休憩かい?」

「うん。おばあちゃんはどこに行ってたの?」


 さっきまで宿題をやっていた私は今、縁側で休憩をしていた。

 外から帰ってきたおばあちゃんに体を起こしながら聞くと、おばあちゃんは手に持ったビニール袋をテーブルの上に置いてその中身を取り出す。


「山中さんにスイカを貰う約束をしててね。それを取りに行ってたんだよ」

「そうなんだ。今度お礼言っとくね。それにしても大きい……。重かったでしょ? 言ってくれたら手伝ったのに」

「これくらい平気だよ。ありがとうね。よいしょ」

「私が持つよ」


 近所に住んでいる山中さんは、昔からおばあちゃんと仲良くしてくれていて、実家から送られてくる野菜や果物をお裾分けしてくれる。

 どれも美味しくてついつい食べ過ぎちゃうんだよなぁ。

 この大きなスイカも毎年夏になるとお裾分けしてくれて、みんなで美味しく頂いている。

 野菜室にスイカを入れ、おばあちゃんの分の麦茶をコップに注ぐ。


「はいおばあちゃん」

「ありがとうね。かなちゃんはほんといい子だね〜」

「これくらい普通だよ」

「そんなかなちゃんを選んだ彼氏さんは見る目がある人だね〜」


 いつもの優しい笑顔で言ったおばあちゃんは、麦茶を飲むと「さて、洗濯洗濯」なんて言いながら、私に背を向けて洗面所へと向かう。


「……ちょっと待っておばあちゃん」


 私は、その背中を呼び止めた。

 素直に立ち止まり振り返るおばあちゃんの表情は変わらないニコニコ笑顔。

 柔らかい羽毛に包まれるような安心感を覚えさせてくれるいつもの笑顔は、今の私にとっていたずら好きな天使の笑みにしか見えない。

 なんでおばあちゃんは知ってるんだろう。

 なんでおばあちゃんは確信を持って言ってるんだろう。

 私はおばあちゃんに、彼氏ができたことを教えてないのに。


「わ、私……言ってない、よね?」

「毎日かなちゃんを見てればわかるよ。かなちゃんはすぐ顔に出るからね」

「そ、そんなことないもん……!」


 ペタペタ顔を触ってみても、自分の顔は自分では見えない。

 私は今どんな顔をしてるんだろう。


「そんなかなちゃんも好きだけどね〜」


 そう言って静かに笑うおばあちゃん。


「いつから……?」

「五月頃からだね〜」

「そんなに前から……」


 私が拓人君と付き合い始めてすぐ……。

 ばれてないと思っていた分、余計に恥ずかしい。

 別に秘密にしたいわけでもなく、隠しているわけでもない。

 私にとって拓人君は、初めて好きになった人であり、初めての恋人だ。

 だから私は、恋人ができたことを家族に打ち明けるべきなのかずっと迷っていた。

 打ち明けるにしてもどんな風に? それとなく言うべきなのか、真面目に言うべきなのか。

 それに……おじいちゃんはもしかしたら許してくれないかもしれない。

 そのせいで拓人君と別れることになったら……なんて考えていたら、打ち明けられないまま二ヶ月以上がたってしまった。


「お、おじいちゃんは知ってるの……?」

「多分気づいてると思うよ。でも、かなちゃんの口から聞きたいんじゃないかな」

「……そっか」


 知ってるなら……大丈夫かな。

 と言うか、二人とも気付いてるならもっと早く言ってよ!

 迷ってた私がバカみたい……。


「そんなところで何話してんだ」

「おじいさん、お帰り」

「っ! お、おじいちゃんお帰りなさい。あ、えーと、お茶入れよっか?」

「頼む」


 おじいちゃんが買い物から帰ってきた。

 ホームセンターで道場用の掃除用具を買いに行ってたみたい。

 庭の方から帰ってきたおじいちゃんは、一度掃除用具を道場に運んでから庭に戻ってきた。

 縁側に座ったおじいちゃんにお茶を差し出すと、一気にそれを煽る。


「歩いて行ったの?」

「散歩がてらな」

「ちゃんと水分補給してる? 熱中症には気を付けないとダメだよ」

「当たり前だ。奏に心配されるまでもない」


 コップを返すおじいちゃんからコップを受け取って、私はおじいちゃんの横で正座をした。

 おじいちゃんはそんな私を一瞥するだけで、何も言ってこない。


「おじいちゃん、ちょっと話があって」

「なんだ」

「私……お付き合いしてる人がいます」

「…………そうか」


 意を決したつもりだった。

 何か言われると覚悟したけど……思ってた反応とは全然違う。

 おじいちゃんは昔から厳格で、箸の持ち方、ご飯の食べ方、姿勢や言葉使いまでとにかく厳しかった。

 だからこのことを隠していた私は、てっきり怒られるものだと思っていたのに、おじいちゃんは呟くようにそう言って空を見上げるだけだった。


「知ってたんだよね……。報告が遅くなってごめんなさい」

「謝ることはない。奏もそういう年頃だ。(そら)にもそんな時期があった」


 おじいちゃんが口にした名前は、私のお母さんの名前。おじいちゃんの娘の名前。

 おじいちゃんも、私のおじいちゃんの前に、お母さんのお父さんなのだ。


「お母さんも、おじいちゃんに隠してたの?」

「あぁ隠してたな、ばあさんにもワシにも。結局天は、そいつと結婚して奏を産んだ」

「そうなんだ」

「本来、奏とこんな話をするのは天の役目だ。あいつなら、奏にもっと色々教えられた」


 もしもお母さんとお父さんが生きてたら。

 こんなことを考えたのは、一度や二度じゃない。

 きっとそこには違った幸せがある。

 こことは違う家に住んでいて、お父さんとお母さんとご飯を食べて、お話しして、寝て、学校に行く。

 休みの日になったら家族でお出かけをするんだ。弟や妹もいて、私はお姉ちゃんで、一緒になって公園を走り回る。疲れたら休憩して、日が落ちるまで遊び疲れるのだ。

 それはそれで幸せだと思う。

 でも、今、私は幸せだ。

 おじいちゃんとおばあちゃんがいる家に帰ってくることも、三人でご飯を食べることも、おばあちゃんに何かを教わることも、おじいちゃんに怒られることも、木葉たちと遊ぶことも、拓人君とお喋りすることも。

 時々おじいちゃんは、悲しい顔をする。

 その顔はまるで、


『今ここにいるのが自分じゃなかったら』


 と言ってるよう。

 違うよおじいちゃん。

 私は、今ここにいてくれてるのがおじいちゃんでよかった。そう思ってる。

 照れ屋なおじいちゃんは多分、言葉にしちゃうと気にするだろうから言わないけどね。


「おじいちゃんにしか教えられないこもあると思うな、柔道とか」


 私の得意技背負い投げの形だけやると、おじいちゃんは「一本取られた」と大きな声で笑った。


「たしかに天には柔道は教えられんな。奏の彼氏は奏より強いのか?」

「き、急に何⁉︎」

「女より弱い男など認めん。最低でも奏より強くないといざというとき困るからな。ワシが鍛えてやる」

「なんでそうなるの!」


 ほら、言った通りになっちゃった!

 絶対お母さんがおじいちゃんに隠してた理由ってこれだよ!


「なら、かなちゃんの彼氏さんを家に呼ぶといいよ」

「……ばあさん今なんて」

「……おばあちゃん今なんて」

「かなちゃんの彼氏さん、家に招待したらいいよ」


 ……いや、もしかしたらおばあちゃんの方……?


読んでいただきありがとうございます!

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