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「それで、先輩の聞きたいことってなんですか」
「あぁそうだ。夢前川って今年の文化祭のことについてなんか聞いてるか?」
新聞部の二人に頼まれている文化祭の件。
舞鶴高等学校と桜井女子学園の合同文化祭開催の情報は、いまだに確信が持てていない。
桜井女子学園中等部生徒会長である妹の緋奈にも聞いてみても「えー、そんなの知らないよ」と即答され、緋奈と遊ぶため家に来ていた副会長の和坂さんに聞いてみても「へぇ、そんな噂が。誰から聞いたのですか?」と、やたら怖い顔で脅された。
結さんには名前を伏せるよう言われてたので適当にごまかしたけど……、あの二人が知らないなら本当に噂がたっただけで、そんな事実はないのかもしれない。
しかし結さんは諦める様子もなく「他にサクジョ(桜井女子学園の略)の知り合いがいたらその子に聞いてほしい」と、まるで夢前川の存在を知っているような発言をしてきた。
この情報が本当だったとして、結さんと松江はどうするんだろう。
「今年の文化祭ですか? あれですよね、先輩の学校と合同開催の」
「え、やっぱりそうなのか?」
「はい。知らなかったんですか?」
「俺たちの学校はまだ聞いてないな」
「……そう言えば口外したらダメでした。だ、誰にも言わないで下さいね?」
「お、おう……」
あっさり情報をゲットしてしまった。
緋奈と和坂さんが口を割らなかったのはそのせいか。
夢前川には悪いが、この情報は結さんに伝えなければならない。すまん……。
心中でひっそり謝って「なんでまだ秘密なんだ?」と続けて聞いてみる。
「私たちの学校でも知ってる人は少ないんですけど、まだ準備とか色々あるみたいです」
「だから正式には公表してないのか。夢前川はよく知ってたな」
「友達に情報通がいるんです。その子には私がバイトしてることバレちゃって……」
「大丈夫なのか?」
「はい、言いふらすような子じゃないので」
「おぉよかった。夢前川がいなくなったらみんな寂しいだろうからな」
「……」
今や夢前川は、バイトのマドンナ的存在だ。
店長や奥さんだけでなく、他部門の先輩方も社員の方も夢前川のことを大層気に入っている。
仕事はできるし、愛想はいいし、何に対しても一生懸命でとにかく印象がいい。俺には愛想よくないけど。
なので、急にやめるなんてことになったらみんな大騒ぎするに違いない。
それほどまでに、夢前川はなくてはならない存在になっている。
「……先輩は」
「ん?」
「先輩は……私がいなくなったら、寂しいですか?」
「当たり前だろ」
人生で初めてできた後輩で、最近やっとまともに話してくれるようになったのだ。急にやめるなんて言われたら寂しいに決まっている。
しかし、夢前川の状況からしてそれもあり得ることだよな……。
そんなことを思っていると、目の前の夢前川がわなわなと震えて顔を真っ赤にしているではありませんか。
「……どうした」
「な、なんでもないですっ! こっち見ないで下さい!」
「……すまん」
キッと鋭い眼光で睨まれたので視線を窓の外に逃す。
見える駅前の時計の針は、ここに来てから百二十度ほど進んでいた。
俺も夢前川も、明日は今日と同じシフトだ。
これから電車で帰る夢前川のことを考えると、そろそろ解散した方がいいだろう。
「帰るか」
「……まだいいです」
「そ、そうか」
完全に帰る流れだったよな……。
両手で大事そうに持ついちごオレに口をつける夢前川。
他に何か聞きたいことでもあるのかチラチラと視線を感じるが、目が合うとすぐにそらされる。
一体何を考えてるんだ……。
「……どうした」
「な、なんでもないですっ」
「そうですか……」
それからお互いにいちごオレをちびちび飲みながら、一言も喋らず時間だけが過ぎて行った。
※※※
私は、わからない。
だから今日、今、それを確かめるために先輩と一緒にいる。
この前友達と一緒に遊んだ時……不本意ではあるけど、形的に合コンになったその日は、知らない男の人とも遊ぶことになっていた。
友人の野城紗千香、山本桃、嘉納ここみに私を加えた四人と、紗千香がネットで知り合った隣の高校の男子生徒四人。
友人三人は、親が過保護で強制的に小学校から女子校に入れらたあげく、恋愛に興味を持っても親の厳しい監視により簡単に彼氏ができないみたい。
恋愛をしてみたい友人たちは、ちょっとした反抗と言わんばかりに今回の合コンを計画したようだ。
私はシンプルに四人で遊びたかったし、ネットで知り合うって怖いなぁなんて思ってた。
だから先輩を誘ってみたけど……先輩は来てくれなかった。
心のどこかで来てくれるって期待してたせいで、私は自分でも驚くほどショックを受けた。
……どうしてだろう。先輩はただの先輩で、それ以上でもそれ以下でもないのに。
合コンには先輩の友人がいて、名前は確か……三野谷さんだったような気がする。
先輩の言ってた通り三野谷さんはとてもいい人で、仕切り上手で、私や友達にも優しくて、こういう人がモテるんだなと感心してしまった。
三野谷さんのおかげで私が思ってたような怖いことは起こらず、友人三人も満足そうにしていた。
私も、楽しくなかったわけじゃない。
紗千香、桃、ここみの三人と久しぶりに遊べたことは嬉しかった。
三野谷さんを含めた男性陣も、適度な距離感で私たちに接してくれたし、場を盛り上げるのが上手だった。
……きっと先輩にこんなことはできない。
みんなとちょっと離れた位置で静かに座っていて、今みたいに明後日の方向を見て、居ても居なくてもいいような無害を演じるのだ。
本当は誰よりも気を使って、誰よりも空気を読んで、誰よりも周りを見てるのに。
『ソフィアってどんな人が好きなの?』
その日の帰り。
紗千香の質問に、私は言葉をつまらせた。
この手のことは普段からみんなよく話している。
どんな人がタイプなのか、付き合ったら何をしてみたいとか。
恋愛に興味がない私は、いつもみんなの妄想を聞くことに徹していた。
みんなも薄々気づいていたと思う。私が恋愛に対して興味がないことを。
私は、珍しいこの容姿のせいで小さい頃よくからかわれていた。特に男子から。
そのこともあって私は、異性が苦手だ。
女子校を受験したのはそれが理由だったりする。
今となってはとるにたらない些細なことで、学年が上がっていくとそれも減っていった。
それでも一度抱いてしまった異性に対する不信感は拭えずにいる。
だから私は、恋愛なんてできない。
そう思ってたから……質問にはすぐ答えられるはずだった。
好きな人なんていない。理想も願望もない。男の人は怖いから。
そのはずだったのに、
──私の頭の中にはずっと一人の異性がいる。
ふとしたときこの人のことを思い浮かべる。
話してるだけで嬉しくなる。
ついつい目で追ってしまう。
一緒にいるだけで幸せになる。
私は、わからない。この気持ちがなんなのか。
それを確かめるために今日、今、先輩と一緒にいる。
「……なんだよ、ジロジロ見て」
いつも飲んでるいちごオレを持ったまま、先輩は居心地悪そうにたじろいだ。
あぁ、そっか。
やっぱり私、先輩に恋してるんだ。
「……なんでもないです」
でも、この人にはもう彼女がいる。
だから私の恋は、始まらない。
読んでいただきありがとうございます。
投稿遅くてごめんなさい。




