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 夏休みは、ほとんど毎日バイトが入っている。

 定休日の水曜日を除いた平日は、いつもと変わらない午後だけのシフトで、土日は午前だけのときもあれば、開店から閉店まで働くフルシフト(俺はそう呼んでる)のときもある。

 今日はそのフルシフトで、もうすぐ閉店の時間だ。

 社員の的形さんは二時間ほど前に帰り、店長とその奥さんも一時間ほど前に帰っていった。

 このスーパーは地元の小さいお店なので、俺が働く青果部門に社員がいなくても他部門に社員さんがいれば大丈夫だ。

 お客さんも少なくなってきたし軽く掃除でもしようとほうきとちりとりをバックヤードに取りに行くと、バイトの後輩夢前川ソフィアが鮮魚部門で働く大学生立野さんに絡まれていた。

 いや、絡まれてるってのはおかしいな。一応バイト仲間ではあるわけだし。

 しかし、立野さんは他のバイトの人……主に女性陣からは苦手意識を持たれている。

 良くも悪くも立野さんはメンタルが強い人で、あまり気にしてないようだけど。


「ソフィアちゃんは彼氏とかいんの?」

「いえ、いません」

「ここの人恋人持ち少なすぎ。恋しないとダメだよ、恋!」

「は、はぁ……。その話この前も聞きました」

「大事なことは何回も言うもんっしょ。まぁソフィアちゃんくらいになると男は選び放題だろうけど。やっぱり女子校だと出会いないの?」

「どうでしょう。私はあまり恋愛とか興味ないので」


 それにしても今日は身体中が痛い。

 昨日、奏と一日中ボウリングをしたおかげで全身筋肉痛だ。

 新聞部の二人と話をしたあの日。

 奏は、横山ら陽キャグループにボウリングのスコアで負けを繰り返していた。

 終盤は持ち前の運動神経でなんとか食らいついていたが、横山も加古も滝も奏より格段に上手だった。

 負けず嫌いの奏がそのまま黙っているわけもなく、夏休み最初のデートは、俺の苦手なボウリングデートになったのだ。

 筋肉痛なんていつぶりだろう。全身を使う運動なんて普段しないからな……。


「そうなの? 残念だね、香西君」

「……何がですか」


 筋肉痛に悶えている俺に、何も考えていなさそうな軽薄な笑みで話を振ってきた立野さん。

 その隣にいた夢前川は俺を一瞥すると、途中だった作業を再開する。


「ソフィアちゃん恋愛に興味ないんだって」

「は、はぁ……」


 その話何回するんだ、この人……。

 他部門の人たちはみんな、立野さんの相手をしない。

 だから、ちょっとでも反応してくれる俺や夢前川によく話しかけてくる。

 決して悪い人ではないのだ。

 お客さんからは人気があるし、バイト歴も一番長くて遅刻や欠勤もないらしい。

 仕事の出来は知らないが、シフトによく入っていると言うことは鮮魚部門では重宝されているのだろう。

 でも、俺と夢前川は青果部門で、立野さんとやっていることが違う。


「あの、僕たち今から閉店作業なので……。そろそろ」

「閉店作業なんてパッと終わるっしょ。香西君、余裕ないから彼女できないんだよ?」


 この人の頭は本当にどうなってるんだ。

 俺の今の発言に彼女できるできないに関係する部分が一ミリでもあったか?

 ……仕方ない。言いふらすようなことはしたくなかったが、バイトを始めて一年半、ずっと舐められていたお返しをするときが来たようだ。


「僕、彼女いますよ」

「えっ、マジ⁉︎ どんな子? 可愛い?」


 血相を変えて俺の肩を掴む立野さんの手には、仕事で使っているはずのゴム手袋がはめられている。……生臭い。

 立野さんの後ろでは、なぜか夢前川が手を止めてこっちを見ていた。


「こら立野! 青果の人に迷惑かけるなって言ってるだろ! 戻って仕事しろ!」

「ぶ、部門長! い、今戻ります!」

「いつもすまんな香西君」

「い、いえ」

「夢前川君も」

「っ! あ、いえ、だ、大丈夫です……」

「二人ともあいつの相手なんてしなくていいからな」


 呆れた様子の鮮魚部門の部門長も、幾度となく聞いたセリフを残して仕事に戻っていく。


「立野さんも懲りないな……。夢前川もよく相手にするよな」

「一応年上ですし、私は一番下っ端なので。そう言う先輩もですよね?」

「俺は無視できないってだけだ。それに別に嫌いじゃないし」

「たしかにそうですね。うるさいですけど恨むような人ではないです。他部門の方は本気で嫌ってますけど」

「……じゃあ俺掃除してくるから」

「あ、あの、先輩」


 夢前川に呼び止められ振り向いてみるも、何かを言いかけて口をつぐみ「……やっぱりいいです」と、メークインの袋詰め作業を再開する。

 言いたいことは迷わず言うタイプの夢前川にしては、珍しく歯切れが悪い。

 深追いするのも怖いので、俺は気にせずフロアの掃除に向かった。



「お疲れ様でした」

「おう、お疲れ。電車大丈夫なのか?」

「はい。夏休み中ですし急いで帰らなくてもいいんです」


 バイトを終え裏口から出ると、夢前川がそこにいた。

 電車の時間の都合でいつも一足先に帰らせているのだが、今日は大丈夫らしい。

 バイトに入った頃は、俺に対しての警戒心が強かった夢前川。

 何を聞いてもすんなりと答えてくれなかったのに、最近はだいぶ緩くなった。

 夢前川から話しかけてくるなんてことがまずなかったからな……。

 そんな些細なことを嬉しく思いながら夢前川の顔を見ていると「なんですか」と軽く睨まれてしまった。


「そ、そういえば、夏休みになってバイト一緒になるの初めてだな……と」

「言われてみればそうですね。ここで話すのもなんですし、駅前のコンビニにでも行きませんか? 確かめたいことがあるので」

「お、おう。俺も夢前川に聞きたいことあったんだ」

「ならちょうどいいですね」


 そそくさと歩き始める夢前川の後ろについて行くこと数分、目的地に到着した。

 飲み物を選んでレジに向かう。


「お金は私が」

「いやいいから」


 財布を出そうとする手を止めて夢前川のと一緒に会計をすませる。


「……ありがとうございます」


 不服そうな夢前川だったが、先輩っぽいことできるのも夢前川だけなので、俺のわがままに付き合ってほしい。

 誰もいないイートインスペース。

 前と同じ席に座り、買ったいちごオレに口をつける。


「先輩それ好きですね」

「まぁな。これ飲むと頭が回る気がして」

「絶対先輩だけですよ、それ」


 小さく笑って、夢前川も同じいちごオレに口をつけた。


「で、確かめたいことって?」

「あ……えーと」


 もじもじしてすぐには切り出さない夢前川。

 何か聞きにくいことでも聞こうとしてるのだろうか。


「あの、さっきの……話で。先輩、彼女いるんですか?」

「あぁ……。うん、いるけど」

「そ、そうですか。ふーん……嘘じゃないんですね」

「恋愛に興味ないって言ってなかったか?」

「あ、ありませんよ恋愛には! でも……!」


 また、何かを言いかけて夢前川は口をつぐむ。

 一度視線を外してから、「もういいです」と呟きいちごオレのストローに口をつける。

 なんか……怒ってない? さっきまで笑ってたよね?


「なんですか」

「い、いえ、何にも……」


 怖いからそれやめてほしい……。


読んでいただきありがとうございます。

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