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「……マジ?」
「うん、これが本当だったら凄いよね」
桜井女子学園との合同文化祭なんて話、誰からも聞いたことがない。
もしそんな話が出ていたら斗季あたりが真っ先におしえてくれるはず。結さんの様子からして、松江が嘘をついてるってこともなさそうだ。
「そ、そんなこと俺に教えていいのか?」
「香西君だから教えたんだよ」
近い、松江が近い。こいつ本当に男子か? めっちゃ可愛いんですけど。
新しい何かに目覚める前に、俺は松江から離れ椅子に座った。
「それで部長、どうするんですか?」
「考えはあるよ。そのためにはまず香西君の助けが必要だ。さっき、なんでもやるから俺に任せとけって言質はとった」
「……言ってないんだよなぁ」
できることがあれば的なことは言ったけど、そんな自信満々な主人公っぽいことは言ってない。
と、ポケットのスマホがメッセージの受信を知らせる。送り主は加古だ。
『ボウリング場着いたよー。場所ここだから』
そんなメッセージと一緒に、奏がソフトクリームを食べている写真が送られてきた。
奏の後ろには大きなボウリングのピンが立っている建物がある。この辺りの高校生行きつけのアミューズメントパークだ。
えー、写真は保存っと。
「香西君にやってもらいたいことは二つ」
「は、はぁ」
「一つ目は、この合同文化祭が本当なのかを調べてほしい。私と副部長の調査でも確実な情報は得られなかった。……桜井女子学園へ取材に行けないし、うちの生徒会に直接聞くのは嫌だからね」
「結さんや松江に無理なら俺には無理なんじゃ……」
「何を言ってるんだ、香西君にはあの学校に通う妹がいるじゃないか」
「……よく知ってますね」
「新聞部のモットーなんだよ。調べるなら徹底的に」
その笑顔は天使の微笑みなのか、悪魔の微笑みなのか。
とにかくこの人を敵に回すのはやめておこう。
「中等部の生徒会長なら知ってるはず。香西君お願いできるかな」
「……わかりました」
緋奈に聞くだけだし、それくらいなら俺にでもできる。
けど、緋奈が合同文化祭のこと知ってるならすぐに教えてくれそうなものなんだけどな。
言えない理由でもあるのだろうか……。一応、和坂さんと夢前川にも聞いてみよう。
「そして二つ目。これはおまじないにも関わってくるんだけど……香西君は、文化祭の後夜祭でフォークダンスがあることは知ってるよね?」
「はい、知ってますよ」
後夜祭のフォークダンスは、この学校の名物企画だ。
学校の設立当初から存在している企画で、学校のホームページでも紹介されるほど生徒たちから人気が高い。
そのため、一年の前半に体育の時間を使ってフォークダンスの練習をする時間があった。
噂では、これを目当てにここを受験する人もいるとかなんとか。
去年は斗季がいろんな女の子と踊っているのをベンチに座りながら見てたっけな……。
「香西君は、去年フォークダンス踊ったの?」
「いや、踊ってないな」
「へぇ。社さんと踊ったんじゃないんだ」
「一年のときはあんま仲良くなかったし……奏が後夜祭に参加してたかどうかも知らない」
後夜祭の参加は強制じゃない。
奏はあのときあの場にいたのだろうか。
「じゃあ今年は踊るの?」
「……どうだろうな。俺はあんまりダンス得意じゃないからな」
奏はダンスもそつなくこなしてしまいそうだ。
誘われたら、今年は踊るかもな……。
「踊るときは、ぜひ写真を撮らせてね」
そう思っているのがばれたのかデジカメを構える松江にパシャリと一枚写真を撮られてしまった。
ふっと微笑む松江が可愛くて辛い。
「そ、その、フォークダンスがどうかしたんですか?」
「フォークダンス自体に不満があるわけじゃないんだ。ただね、後夜祭のあのムードで、踊るだけってなんかもったいないと思うんだよ、私は。そこで」
一度区切った結さんは、凄い速さでパソコンをタイピングすると、打ち込んだ内容を俺と松江に見えるようパソコンをくるりと半回転させる。
「香西君には夏休み中に後夜祭で使えるジンクスを考えてほしい」
題名以外全くの白紙だった記事内容の部分に小さく書かれた『後夜祭の秘密知っていますか?』の文字。
たしかに俺の好きな漫画やラノベには、文化祭のイベントにある伝説やジンクスみたいなものがあって、それが後々に繋がる展開が多く存在する。
王道ながらも胸が熱くなり、分岐点とも言えるラブコメの定番パターン。
そのシーンで笑顔するヒロインや涙を流すヒロインを散々見てきた。読者の俺も笑ったり泣いたりして、親に気持ち悪がられている。
「そんなものなくても、フォークダンスに誘うだけでその気があるって伝わりそうなものですけど……」
昨年の後夜祭、斗季を誘う女子はみんな斗季に対してそういう気持ちがあったに違いない。
さっき結さんは踊るだけって言ったけど、参加する人はそれ以外の感情だって絶対に持っているはずだ。
だから、今更何かを付け加える必要はないのでは?
「そうだね。でもそれは、フォークダンスに誘える子だから出来ることなんだよ。そしてそんなことが出来る子は、フォークダンスがなくても好きな人に好きって言える子だ。香西君の周りにもいるでしょ? 好きなのに好きって言えない子」
パッと頭に浮かんだのは、戸堀先輩と斗季だった。
二人とも俺にはズバズバなんでも言ってくるくせに、あれ以降の進展が全くない。
もしかしたら進展してるけど、俺には教えてくれてない可能性もある。
「で、これはおまじないの上書きにもなるんだよ」
「上書き?」
「新聞部アカウントで、香西君が考えてくれたジンクスを呟くんだよ。おまじないのおかげでフォロワーも増えたし、文化祭が始まる前に呟けば話題になるはず。夏休み明けに発行する新聞にも小さく掲載するしね」
「な、なるほど」
この人は、結さんはどこまで考えていたのだろう。
俺が断れないように準備していたとしか思えないほどの周到さ。緋奈だけでなく、戸堀先輩と斗季のことも知ってるのか、この人。
おまじないをすんなり消した理由が、今理解出来た気がする。
「手間だと思うんだけど……私と副部長だけじゃなかなかいいのが思い浮かばなくてね。香西君は友達も多そうだし、お願いできるかな?」
「いや、友達多くないですよ」
「またまた。今もやり取りしてたじゃない。合同文化祭のことさえ言わなければ、この話は誰にしてもいいからね。口コミで広がるのもありがたいから」
断れる雰囲気でもないし、やるしかないか。
俺の考えるジンクスがこれからの文化祭で語り継がれるのも……案外悪くない。
「夏休み中ならいつでもいいんですか?」
「出来れば終わる一週間前までには。合同文化祭のことも忘れないでね? はい、これ私の電話番号とメアド」
スッと差し出された二つ折りのメモ。
わざとらしくニヤニヤしてる結さんは、これを賄賂とでも思っているのだろうか……。
まぁ受け取りますけど。
「あ、あの! 僕も……連絡先交換していい?」
「お、おう」
「ほんと⁉︎ ありがとっ!」
最後に松江とも連絡先の交換をして、俺は学校を出た。
それにしてもジンクスね……。
これは、奏とか横山の知恵を借りることになりそうだな。
そんなことを考えながらスマホを開くと、ボウリングを楽しむ奏の動画が加古から送られてきていた。
「楽しそうだな」
新聞部の依頼から始まった夏休み。
でも今年の夏休みは、これ以上の波乱がいくつも待ち受けていた。
読んでいただきありがとうございます!
投稿頻度遅めです。ご了承くださいm(__)m




