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新聞部の部室は、俺と奏が昼飯を一緒に食べていた非常階段の近くにあるらしい。
最近奏は、横山たちと教室で昼飯を食べているのであそこに行く機会はなくなってしまった。
たまに一人で行こうかなと思うこともあるけど、そうすると多分奏もついてきてしまう。
奏と二人で食事も嬉しいが、教室で誰かと一緒に食べてる奏は楽しそうだからなぁ。
「ここか」
階段から廊下に出て右に曲がった二つ目の教室が新聞部の部室だった。
たしかに近い。あそこの手洗い場で手を洗ったことがある。
誰もいないかも……という懸念は、部室から聞こえてくる声でなくなり、ノックを三回すると中から女の子の間延びした返事が聞こえてくる。
「し、失礼します」
「おやおや? 君は……香西拓人君?」
「そ、そうです」
「おー君が噂の。はじめまして、私は新聞部部長の結千夜。三年生だ。副部長はちょうど席を外しててね。まぁ部長と副部長しかいないんだけど」
かけていたメガネを外しながら結さんは、そう言ってあははと笑う。
知的で綺麗な人だ。身長も俺とあまり変わらない。
モデルをやってると言われても納得してしまうほど、スタイルもいい。
「近々君が来るとは思ってたよ。少しばかりのおもてなしをさせてほしい。そこに座って」
「は、はぁ……」
手近にあったパイプ椅子を指差され、自然になんの迷いもなく座ってしまった。
年上の女の人に命令されるとついつい言うこと聞いちゃうんだよな。横山でも緋奈でも聞いちゃうから年とか関係ないんだよなぁ。
ガサゴソと棚を漁る結さんの手には、渋い紙袋に包まれたようかんと茶飲みが握られている。
「あー、俺長居するつもりないんですけど。ちょっと用事があるだけで」
「そう言わずに。もしかして彼女と約束でもあるのかい? 社さんは今日友達とボウリングと聞いているが」
「な、なんで知ってるんですか?」
「新聞部だからね。それくらいの情報はすぐ耳に入るよ」
なんてことなく言ってるが普通に怖いんですけど。
もしかしてあの約束って結構前から決まってた感じ? 今日初めて聞いた俺って元から数に入ってなかったんじゃ……。
そんな事実に軽くショックを受けていると、長机の上にお茶が差し出された。
「私も長い時間拘束する気はないよ。さぁ飲んでくれたまえ」
結さんによると、新聞部の部員は結さんを入れて二人だけらしく、去年は五人でやっていた作業を今は二人でやっているようだ。
席を外している副部長さんは夏休み明けに発行する新聞のためのインタビューに出ていて、結さんはこれまでのインタビューをまとめて文字に起こしている作業の途中らしい。
「邪魔でしたかね」
「そんなことはない。私も息抜きをしたいと思ってたし、君を邪険に扱うことはできないしね。ま、詳しい話は副部長が帰ってきてからにしよう。家から持ってきたようかんだ、食べてくれたまえ」
「は、はぁ」
妙に手厚い歓迎だな。じいちゃんばあちゃんちに行ったときくらい手厚い。昼飯豪華すぎて晩飯食えないのまじ困る。
ようかんなんて普段口にすることがないから、どこか高級感がある。包みからして高そうだったし。
そんなものを家から持って来れるということは、結さんはお金持ちなのかもしれない。
「どうしたんだい? もしかして嫌いだったかな?」
「あ、いや、そういうわけではなくてですね……そうじろじろ見られていると」
結さんが腰掛けるのは、椅子ではなく机だ。
しかも俺のすぐ斜め前に座っていて、腕と脚を組みながら見下ろしてくる。
くっ、嫌いどころか大好物だぜ……。あれな、ようかんのことな。
「すまない。どうも癖でね。人ってのはあらゆるところに情報を隠しているからそれを引き出そうとしてしまうんだ。新聞部の性ってやつだよ」
「……なるほど」
ぴょんっと机から飛び降りた結さんは、そのまま俺の向かい側の席に座ってスマホを取り出した。
「まぁそんなことしなくても君がここに来た理由は大凡察しがついている。用事ってのはこれのことだろう?」
画面には、SNSアカウントのマイページが表示されていた。
名前は『舞鶴高等学校新聞部』。その横には鍵のマークが付いている。
俺がこのアカウントの存在を知ったのは、おまじないの件がツイートされてからだ。
SNS大好きな斗季は入学当初からフォローしてたみたいで、おまじないのことを教えてくれたのも斗季だった。
理由を知ってるなら話は早い。さっさとツイートを消してもらおう。
「そうです。ツイートを消してもらいたくて」
「うむ。私たちに拒否権はない。早速消させてもらう。……これでいいかい?」
手早くスマホを操作して、ツイートを削除する結さん。
少しは躊躇するものだと思っていたが、すんなりと消してくれたな……。
せっかく出してくれたようかんだけど、俺の用事はこれ一つだけだ。
今からなら、急げば奏たちに間に合うかもしれない。
「じゃあ俺はこれで……」
そう思いながら椅子を引いた俺の目の前で、結さんは「しかしなぁ……」とわざとらしく頭を抱えた。
「ツイートを消したくらいでおまじないが消えるわけじゃない。本人の許可もないままツイートした私たちも悪いが、まさか本人が乗ってくるとは思わなかったしな……。意味がないことはないだろうけど……果たしてこれだけでいいのだろうか……」
……なんだこの人。しんみりと、それでいてわざと聞こえるように言ってるし、ちらちら指の間から見てくるんですけど。
しかし結さんが言ってることは、俺も自覚があることだ。
ツイートを消したくらいじゃおまじないは消えない。
それと、俺も共犯者だ。
正直、結さんを無視してここを出ていきたい、出ていきたいが……そういうわけにもいかないよな。
完全な沈静は無理でも、何か策があるなら新聞部に協力するのが妥当なところだろう。
「……何かできることはありますか?」
「そう言ってくれると思っていたよ!」
水を得た魚の如く目を輝かせる結さん。
手厚い歓迎と聞き分けのいい対応……。もしかして最初からこれを狙っていたのか?
「部長、チアリーディング部の取材終わりましたー」
と、部室に入ってきた一人の女子……? いや違う。
体操服だと一瞬見分けがつかなかったが男子だ。しかも同じクラスの。
「ま、松江?」
「か、香西君……」
「お前新聞部だったのか」
「あは、はは……」
松江はぎこちない笑みを浮かべ、首から下げたデジタルカメラを意味もなく弄ぶ。
「副部長の言った通りだ! 香西君はとても優しくて男らしい子だよ!」
「……なぁ松江、詳しい話を聞かせてもらってもいいか?」
「はい……」
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