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「では、ハメをはずしすぎないよういい夏休みを過ごすようにね」
青倉先生が締めくくると、わいわいと教室を出て行くクラスメイトたち。
それを見送りながら先生は、落書きでいっぱいの黒板を丁寧に消していく。
「先生、僕やりますよ」
「あらありがとう松江君」
「いいですよ。美化委員ですから」
その背中に声をかけたのは松江だった。
彼のようにまだ教室に残っている生徒は、この後掃除をしなければならない。
大掃除は昨日の期末テスト終わりに全員でやったのだが、休み中にワックスがけをする先生のために、最後の仕上げを役職持ちの生徒がすることになっている。
つまり、俺もその生徒の内の一人というわけだ。
「帰りたい」
「じゃあ早く掃除を終わらせよう」
隣の席で一学期最後の日誌を書き終えた奏が、俺の独り言を拾って、ふんすと胸の前で両手を握る。
やる気満々って感じだな。真面目な奏らしい。
「どうしたの香西君、掃除したくないのかしら?」
「ホウキを持ってこい! ちり一つ残しはしない!」
一番やる気があるのは俺だけどな。この掃除は青倉先生のために!
「拓人君、まずは机を運ばないと」
「よしやろう全部やろう!」
「バカだ」
うるさいぞ横山。
この後めちゃくちゃ掃除した。
若干二名の活躍により、どこのクラスよりも早く掃除を終わらせた二年B組一行は、晴れて帰宅することを許された。
先生には「いつもこれくらいやる気があれば文句なんてないんだけどね……」と褒められた。いや多分褒められてないなこれ。
「香西」
横山を筆頭にした集団の最後尾をついて行ってると、前にいた女子が振り返って俺の名前を呼ぶ。
「っ! お、おう。加古……だよな?」
「えーひどっ、名前と顔くらい覚えててよ」
加古雅。
横山グループに所属する女子で、奏とも仲良くしてくれている子だ。
特徴的な前髪のおかげで顔と名前の一致はしてたが、俺はそれ以前の問題なのでご了承願いたい。
綺麗に揃えられたパッツンはまるでコケシのような可愛さがある。
「お、なになに、粗相?」
がくりと肩を落とす加古の隣にいた女子滝鈴華が、ぬるりと会話に参加してきた。
「そ、粗相?」
「意味はよくわかんないけど、なんか響きよくない?」
「あー、鈴華の言うこととか間に受けなくていいからね」
「うわー、粗相だー」
「やめい」
この滝も横山とよく一緒にいる女子で、奏と話してたら名前だけは耳に入ってくる。
加古も滝も特に接点があるわけじゃない。
そして、こんな感じの出来上がったノリが俺は苦手だ。
ひしひしと感じるアウェー感。それは職員室に呼び出されたときとどこか似てる気もするけど、こっちの方が断然きつい。
こう言うのは仲間内だけでしてほしい。
「ほら、香西が引いてるから」
「みーの引き締まった体は私の大好物なのだ。ほら私ってなんかぷにぷにしてるじゃん?」
「あんたはぷにぷにって言うか……いいから離れて」
引っ付いてきた滝を無理やり引き剥がした加古は、恨めしそうにある一点に視線を向けている。
うん……ぷにぷにではないな。どちらかというとボインボインだな。
「もういいし、木葉に相手してもらおー」
滝は舌をちろりと出して加古から離れると、前を歩く横山と奏に飛びついた。
慣れているのか、横山は完全無視。奏は驚いて可愛い悲鳴をあげていた。
「……自由なやつだな」
「悪い子ではないんだけどね」
「それで、何か用だったか?」
「あ、そうそう。これから来れる人だけでボウリング行こうってなってるんだけど、香西はどうする?」
「あー……」
行きたい気持ちは人一倍あるが、俺はこれから新聞部に寄っておまじないのことを直訴しにいかなければならない。
撒かれた種に勝手に水を与えてしまった俺も悪いが、発端は新聞部にある。
新聞部のアカウントは、この学校の生徒しか閲覧できないはずなので校外に漏れてる心配はない。
今更おまじないを取り消すことはできないかもしれないけど、SNSでの呟きさえ消してもらえれば、おまじないの拡散に歯止めがかかるはずだ。
「今回はやめとく」
「来ないのは香西と松江かー。男子付き合い悪いなぁ」
「すまん……」
松江も行かないのか。
そういえば、教室出てからすぐいなくなってたな。
「いいよいいよ急だし。じゃあかなはどうすんだろ」
「奏は行くのか」
「来るみたいだよ? かなー」
「は、はいっ。ごめんなさい、鈴華さん」
「木葉ー、さっきから雅が私の邪魔するんだー」
加古に呼ばれた奏が髪を整えながらこちらにやって来る。
「どうしたの?」
「彼氏さんボウリング来ないって」
「……彼氏さんはやめてくれ」
「え、何か用事あった?」
「大した用事じゃないけどな。まぁ奏が気にするほどのことじゃない」
「……拓人君、気にしないでは、気にする」
と、奏が半目になって小さく頬を膨らませる。
この前の喧嘩はそれで奏に迷惑をかけたからな……。
隠すほどのことじゃないし、正直に話してしまった方がいいだろう。
「……新聞部にちょっとな」
「おまじないのこと?」
「おう。それだけだから、奏はボウリング楽しんでこい」
「……拓人君が来ないなら私もやめとこうかな」
「えー、かなも来ないの⁉︎ 人数めちゃ少ないじゃん!」
「うっ……」
俺にはわかる。奏の良心がぐらぐら揺れていることが。
奏は多分、俺についてこようとしている。
しかし、誘いを一度了承してしまった手前、そっちを無下にもできない。だからはっきりと断らなかったのだ。
真面目すぎるが故に、優しすぎるが故に、友達と彼氏の板挟みにあっている……と言ったところか。
「先に約束してるなら、今日は加古たちの方を優先した方がいいんじゃないか?」
「で、でもっ」
「奏の気持ちは嬉しい。けど、今日は俺一人で大丈夫だ。何かあったら相談するから」
「…………拓人君が言うなら、そうする。でも、本当に何かあったらちゃんと言ってね?」
「おう、頼りにしてる。というわけで、奏を頼んだ」
「う、うん。香西ってほんとにかなと付き合ってんだね。かなが折れるなんてなかなかないよ」
「奏は真面目だからな」
「真面目というか頑固というか……まぁいいや。というか、来れるなら途中参加でもいいよ。かなも喜ぶし」
悪気はなさそうだけど、俺はボウリングが下手くそだから普通に行きたくないんだよなぁ。
人一倍行きたい? そんなもん嘘だ。
「雅さんいいアイデア! 拓人君来るよね?」
でも奏にこんな目で見られたら……断れない。
「……わかった」
「うわーめっちゃ嫌そうー。じゃ、連絡先教えて。あとで場所送っとくよ」
「了解……」
新聞部との話し合いが長引きますように。
ひっそりそう願った。
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