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 梅雨が過ぎ去り、いよいよ夏本番に差し掛かった七月下旬。

 教室に響くは、セミの鳴き声とどこか浮ついたクラスメイトの会話。

 今年のセミの鳴き始めは例年より早かったとニュースでやっていた。

 暑さと相まって聞こえてくる鳴き声は、何よりも夏の到来を感じさせる風物詩ではないだろうか。

 窓の外に目をやれば、葉を揺らす木と日陰に隠れるセミの姿が見える。

 先日行われた席替えで、俺は前回と同じ席を確保することができた。

 青倉先生の席替えのスタイルは、男女別に好きな席を各自選ぶもので、全く違う席を選ぶ人や俺みたいに同じ席を選ぶ人、もしくは隣に誰が座るかを予想しながら選んでる人もいた。

 くじもドキドキしていいとは思うが、平穏を人生のスローガンに掲げる俺にとって青倉先生のやり方は性に合ってると思う。

 二年生の間はこの席を譲る気はない……。

 俺の席は変わらずとも、周りの変化は大きかった。

 狙い通りというよりは、クラス全体の差し金で隣の席になった彼女の社奏。

 席替えが始まる前まで「拓人君の隣になれなかったらどうしよう……」なんて心配をしてた奏だったが、その心配は杞憂に終わった。

 どうやら奏は、一番最初に席を選ばせてもらったらしい。

 俺と奏が付き合ってることはほぼ全員が知っている。

 気遣いというか、なるべくしてそうなったと言うべきだろう。

 男子の間でも『香西の隣は社さんで決まりだろ?』と、ほぼ決定事項で話進んでたし。嬉しいけど恥ずかしいよね。

 奏は今、教室の後ろの方で横山たちと楽しそうにお喋りをしている。

 ちらっと確認しただけなのに、奏は俺に気づくと胸の前で小さく手を振ってくる。

 無視するわけにもいかないので、俺も小さく振り返す。

 そんな俺と奏のやり取りは、最初こそ目立っていたものの、クラスでは見慣れた光景と化し、いつしか誰も気にならなくなっていた。

 と、あるクラスメイトが俺の肩をちょんちょんと控えめに突いてくる。


「あの香西君、また来てるけど……」


 そう言って苦笑いを浮かべるこの男子は、松江(まつえ)直矢(なおや)

 特に親しい間柄でもないのだが、ある理由で席替えをしてから、俺は松江と話す機会が極端に増えている。

 松江の横から覗くように教室前方のドアを見やると、女子二人組が緊張の面持ちでそこに立っていた。


「すまん松江……」

「僕はいいけど、香西君も大変だね」

「お詫びは絶対するから」

「いいよいいよ、香西君と話せるきっかけにもなったし」

「お、おう」


 財布片手に席を立って松江に謝ると、女子顔負けのベビーフェイスが愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる。

 言っちゃ悪いが、松江は女子にしか見えない。

 半袖ワイシャツから覗く腕も白くて細いし、髪もなんかツヤツヤしてるし、いい匂いするし……。

 奏と同じで、松江も校内で割と有名人らしい。


「あ、あの、香西先輩!」

「えーと……()()だよね?」


 邪魔にならないようドアから離れ、待ってくれていた女子二人に言うと「はい……」と、恥ずかしそうにうなずく。


「「お願いしますっ!」」


 彼女たちが差し出してきたのは五円玉だ。

 俺はその五円玉を受け取って、財布の中の五円玉と交換する。

 たったそれだけで、彼女たちは嬉しそうに顔を見合わせると「ありがとうございます!」と去って行った。


「た、拓人君! ま、またおまじない?」

「あぁ……うん」


 慌てて廊下に飛び出してきた奏は、俺に駆け寄ると不満げに口を尖らせる。


 奏と付き合い始めてから少しして、一部の生徒の間でとあるおまじないが流行り始めた。

 この高校の新聞部が運営するSNSアカウントが呟いた『香西拓人と五円玉を交換すると恋愛運が上がる』と言う藪から棒な、なんの信憑性もないおまじないだ。

 それが原因でかれこれ二週間くらい前から、さっきみたいに五円玉を交換してほしいという人が、わざわざ教室にまで来てお願いをしてくる。

 その受け口になっているのが出入り口の一番近くにいる松江なのだ。

 あの見た目と知名度と物腰柔らかい口調は、学年が違う子でも気軽に声をかけやすいようだ。松江まじいいやつ。

 高校生なる生き物は、色恋の次に、占いやおまじないなどのスピリチュアルなものを好む傾向があるからな(個人の意見です)。俺も占いは嫌いじゃないし。いいときしか信じないけど。


「やっぱり新聞部の人に抗議しに行った方がいいと思う」

「拓人君が他の女の子と話してるの嫌だもん」

「こ、木葉⁉︎」


 ひょっこり現れた横山が奏の真似をして言うと、奏は顔を真っ赤に染めて横山の両頬を引っ張る。

 なるほど……。だから奏は、俺が交換に応じるたびむすっとしてたのか。


「私は別にそんなこと思ってませんし……!」

「はいはい。あー痛い痛い。次は私の番」


 うにうにされてた横山が奏に反撃をしかけると、奏は肩をビクつかせて一歩後退り、俺にもたれかかってくる。

 軽く手で支えてやればブラウス越しに下着の感触が伝わってきて、悪いことをした気分になった。

 夏服は生地が薄いなぁ。


「こんなところで大胆ですな、たっくんは」

「こ、これはそんなんじゃないだろ……」

「彼女さんはまんざらでもなさそうですが」

「……奏?」

「っ! ご、ごめんなさい、私ちょっとお手洗いに行ってきます!」


 飛び跳ねる勢いで俺の手から抜け出した奏。

 前髪を触りながら早足でトイレへ向かっていく。あの癖……照れてる証拠だ。


「かなを見てると幸せな気分になるね。だからついちょっかいかけちゃうっていうか」

「……ほどほどにしてやれよ」

「わかってるって。それでどうするの? かな、割と本気で心配してるけど」

「うーん、そうだな……」


 正直、おまじないがこんな大事になるなんて予想してなかった。

 仲間内でちょっと笑い話になるだろうくらいの考えだったが……どうも色々タイミングが悪かったようだ。

 なんたって今日の学校が終われば夏休みが始まる。

 過ごし方は各々あると思うけど……思春期真っ只中の高校生が恋人を欲しがるのは、不思議なことじゃない。

 休み前に、休み中に恋人を作ろうとする人が、何もしないよりはマシとおまじないに頼っているのだ。

 新聞部に文句を言いに行こうかなと、来てくれる人には悪いけど断ろうとも考えた。

 でも、俺だけが奏と付き合えて、幸せでいいのだろうか。

 今還元しなければ、緋奈と喧嘩した以上の不幸が待ち受けるのではないか。

 おまじないの内容も難しいわけじゃない。

 できるとこまでやってみるか……と、片足を不用意に突っ込んだらこうなった。

 斗季に笑われ、戸堀先輩に呆れられ、横山に怒られ、松江に迷惑をかけ、奏にも不安を抱かせてしまった。

 なら、この辺りが潮時だろう。


「今日の放課後、新聞部に寄ってみる」

「私もついて行こうか?」

「保護者か。横山は部活あるだろ。一人で行く」


 それに、横山が来たら話がややこしくなりそうだ。

 おまじないに勝手に乗っかったのは俺だからな……一人で行って話した方がいいに決まってる。

 まぁどんな話をすればいいのかまだ浮かんでないけど。


「もうすぐチャイム鳴るから教室入ってね」


 なんて考えていると、名簿を小脇に抱えた担任の青倉先生に教室に入るよう促された。

 その指示に従う従順な俺の袖を掴んだのは、横山だった。


「あー……えーと、最後にさ、五円玉交換してくれない?」


 笑った斗季も、呆れた戸堀先輩も、怒った横山も、俺や奏と変わらない高校生。

 だから、占いやおまじないが好きなのだ。


「おう」


 どうか、このおまじないが効きますように。

 そんなことを祈りながら、俺は横山と五円玉を交換した。

読んでいただきありがとうございます!

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