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「緋奈ちゃんも人騒がせですね」
「ご、ごめんねおとちゃん」
「問題が解決してよかったです。これであの会議に身が入りますね」
「……うん。頑張ろう、ね」
誰よりも緋奈のことを気にかけてくれていた和坂さんは、まだ目の周りを真っ赤にした緋奈の正面に座ってにこりと微笑む。
あんな姿を見せてしまったことを今更恥ずかしがってるのか、緋奈は目を泳がせぎこちない返事をするばかり。
「……あの、社さんもごめんなさい」
「え、わ、私は謝られることなんて何もないよ」
「いえ失礼な態度だったと思います。お客さんに対してあんなこと」
「どのことだろう……?」
首をかしげた奏が俺に小声で聞いてくる。
緊張してたし、おかしいなと思う余裕がなかったのだろう。
普段の緋奈なら絶対しないことをしてた。初対面の奏だから気づかなかったのかもしれない。
「ち、近づきすぎです!」
そう指摘してくるけど、緋奈の方が近い。
「まぁ……俺からも、ごめん」
「え、えぇーと……私はどうしたら、いいんだろう」
「決まってるじゃないですか、お兄ちゃんと別れてください」
「えっ⁉︎」
「おい緋奈」
「……なんて、半分冗談だよ」
「半分は本気なんだね……」
そっぽを向いたまま口を尖らせる緋奈。それでも俺の裾を引っ張ってくるのは、まだ夢のことを気にしている証拠だ。
「私は、社さんのことを認めたわけじゃないです。でも、社さんがお兄ちゃんに相応しくないと決めつけるのはまだ早いですから……とりあえず様子見です」
むしろ相応しくないのは俺の方なんだが……。
ふんすと鼻を鳴らして、緋奈は半目で奏を見やる。
奏は「手厳しい……」と小さく呟きながらも、どこか嬉しそうだった。
「確認ですが、社さんはお兄ちゃんのこと好きなんですよね?」
「大好きです」
「即答ですか。いいですけど。まぁ私も負けてないことは知っててください。何かあったらただじゃおきませんから」
「拓人君を思う気持ちは負けないよ。妹さんにも」
「妹さんはやめてください。緋奈でいいです。その代わり私も奏さんって呼んでいいですか?」
「も、もちろんだよ! え、えーと、緋奈ちゃん」
「ありがとうございます、奏さん」
体がむず痒くなるやり取りだったが、二人の関係が進展して何よりだ。
話さえ聞いてもらえれば、奏のいいところは必ず伝わる。そんでもって緋奈も、奏のことを好きになるはずだ。
「では、この辺でゲームといきましょう! せっかく練習してきたのに無駄になるのも嫌なので」
パンっと手を叩いて、途中だったゲームの準備を再開する和坂さん。この子にはたくさん助けられたなぁ。
「あ、あれ……これがここで……」
ゲームの練習はしてたようだけど、準備の練習はしてなかったようだな……。
「ごめん、色々考えてたみたいなのに」
「……。ほんとですよ。でも、今回は許します。緋奈ちゃんのあんな姿二度と見れないかもしれませんし」
一瞬驚きながらも、テレビに繋ぐコードを手渡してくれる。
「見せないだろうな」
人前であんなに大泣きすることなんて絶対ない。
けど、和坂さんには見せた。
だからこの子は緋奈の中で、家族と同等くらいの信頼がおける子なんだと思う。
「その、これからも緋奈と仲良くしてやってほしい」
我ながら臭いことを言っちゃったなと後悔した。
夜ふと思い出してベッド上で悶えるとこまで想像できちゃったぜ……。
「もちろんです。私は……緋奈ちゃんに返しきれないほどの恩がありますから」
そのときの和坂さんの笑顔にはこれまでの冷ややかなものより少しだけ温度があって、緋奈にそそぐ視線はまるで、恋する乙女のよう……。
『好きな人のために頑張る女の子は強いんですよ?』
もしかしてあれは奏じゃなくて……自分のことだったのか⁉︎
「か、和坂さん」
「はい何でしょう?」
「和坂さんは、緋奈のことどう思ってるんだ?」
「好きですよ。大好きなんです」
友達としてなのか恋愛対象としてなのか気になるんですが……。
いやでもあれだな。そこらへんの男より和坂さんの方が安心だな。女の子が仲良くするのはいいことだしね!
──結果的に俺の予想は的中した。
あれだけ奏のことを敵視していた緋奈は、奏がダル猫のファンだと知るやいなやダル猫トークに花を咲かせ、これ以上ないくらい饒舌にダル猫について語っていた。
話を合わせられる奏もなかなかすごいなと感心する。
高くそびえ立っていた壁は、二人の間にはもうない。ダル猫すげぇ。
そんな二人を遠巻きに見つめてた和坂さんは「奏さんに緋奈ちゃんを取られた」と俺に文句を言っては、その鬱憤をゲームにぶつけてくる。
練習してきたとはいえ、このゲームは俺もそこそこやり込んでいたのでちょっとやそっとじゃ負けたりはしない。
が、今日は接待プレイに徹して和坂さんに少しばかりのお礼をさせてもらった。
勝つたびにドヤ顔をしてくるのはどうにかしてほしい。
それから一時間ほどがたち。
「俺バイトなんだけど……」
コントローラーを置きながら言うと、きゃっきゃしてた妹は物足りなそうに眉尻を下げ、和坂さんは期待の眼差しを俺に向けてきた。
土日は基本的にバイトを入れている。
学生バイトにとって休日は稼ぎどきなのだ。
「続きはまた今度だね」
「え、奏さん帰るんですか?」
「ごめんね。これからちょっとだけ用事があって」
「そうなんですね……」
暇なら全然いてもらって構わないが、用事があるなら仕方ない。残念そうに肩を落とす緋奈は、すっかり奏と打ち解けたようだ。
「連絡先も交換したし、いつでも連絡してきてね」
「は、はい。ダル猫ショップ絶対行きましょうね! おとちゃんと三人で!」
思わぬパスに和坂さんが驚く。
「わ、私もいいんですか……?」
「え……嫌だった?」
「い、いえ、嬉しいですっ。とっても」
「じゃあまたね! 緋奈ちゃん、おとちゃん」
「は、はい……!」
「また来てくださいね!」
二人に見送られて、俺と奏は家を出た。
遅い時間じゃないので、和坂さんはまだ遊んでいくらしい。
雨はすっかり上がっていて、乾燥してる路面を見つけると、長い時間家にいたんだなと感じさせる。
二人で入った傘は奏の手にあって、ちょっとだけ名残惜しい。
雨も降ってないのに傘をさすのは変だよな……。
「拓人君が自慢する理由がわかったよ。緋奈ちゃん、可愛くていい子だね」
「だろ? 俺の妹にしてはもったいないくらいだ」
「そうかな? 拓人君がいたから、緋奈ちゃんもあんなに素敵になったと私は思うな。緋奈ちゃんに拓人君のことたくさん教えてもらったよ」
「俺がゲームしてる間に……。余計なこと言ってなかったか?」
「余計なことなんて何も! いっぱいいいこと教えてもらっちゃった」
楽しそうで何よりだ。ほんと緋奈のやつ余計なこと言ってないだろうな……。
「そういえば用事って?」
「あー……その、拓人君と帰るのが用事というか……」
「あー……そう、ですか……」
不意に嬉しいことを言うから心臓に悪い。
気の利いたことを言えたらいいんだけど、そんな能力俺にはない。
と、奏は半歩距離を縮めて、視線を泳がしながらこんなことを聞いてくる。
「……ね、拓人君。罰ゲームのこと覚えてる?」
「覚えてるけど……。やってほしいこと決まったのか?」
そう聞き返すと奏は小さくうなずく。
それは初デートの何気ない勝負の商品。
保留になっていたその内容を今発表するらしい。
「手を、繋いでください。指を絡める恋人のやつをお願いします」
「……え?」
「ダメ、かな?」
「ダメじゃないけど、それでいいのか?」
また奏は小さくうなずいて、右手を前に出した。
白くて細い綺麗な指が緊張で震えている。
つくづく俺はダメなやつだと痛感する。
俺だって、奏と手を繋ぎたかった。でも、勇気が出せない。
自分に言い訳して、逃げて。ほんとかっこ悪い。
震える手を、指と指を絡ませてキュッと握る。
少しだけひんやりして柔らかい。控えめに握り返してくるのがくすぐったい。
ドキドキしてるのが伝わってくる。人の温度は、こんなにも違和感があって心地よいものなんだと思った。
「奏」
「は、はいっ」
「俺も、奏が思ってるより奏のこと好きだからな」
「っ!」
きっと俺には変なプライドがあったのだ。
クラスメイトから、学校の人たちからどう見られるのかをずっと気にしていた。
でも、それはもう気にしないことにしよう。
今は、これからは、奏にだけ見てもらえたらいい。
読んでいただきありがとうございます!
長い緋奈との喧嘩(投稿全然してなかったから)も終わりました。
少しずつ進展していく拓人と奏の様子を応援してくれると嬉しいです!
次は後輩の話になる予定です。
ブクマ、評価ありがとうございます! 誤字報告も感謝です! 恥ずかしい!
感想も待ってますー!




