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「緋奈ちゃん、私ゲームを持ってきてるのですが一緒にやりませんか?」

「うん、いいよー」


 俺に遅れてリビングに戻って来た和坂さんが、開口一番ソファに座る緋奈にそうお願いしていた。

 肝心の奏は、緋奈と二人きりの状況から解放され緊張の糸が切れたのか、俺の隣にピタリと並び立つ。


「なにも喋れなかったです……」

「……どんまい」


 俺にしか聞こえない声でそう呟く彼女を慰めてあげたいが、残念ながらそれはできない。

 緋奈のマークもきつく、今も奏から俺を引き剥がすように手を引いてくる。


「お、おい緋奈、危ないだろ」


 顔を背けたまま緋奈は何も言わない。

 その代わり、やけに手を握る力が強い。

 まるで、風船がどこかに飛んでいってしまわないよう紐を握りしめる子供のようだ。


「お兄さんと奏さんもどうですか? ゲームなので大勢でやった方が楽しいと思うんです」

「い、いいのか?」

「もちろんです。ね、緋奈ちゃん」

「う、うん……」

「奏さんもこちらへ」

「あ、ありがとう」

「お、お兄ちゃんはこっちで社さんはそっちに座ってください」


 緋奈の姿勢は変わらず、俺と奏を離れさせ間に自分を挟むような位置に座る。


「手、放してくれるか?」


 そう言うと、緋奈はピクリと肩を震わせゆっくりと手を離す。


 再三思うが、今日は緋奈の様子がおかしい。

 まぁ、友人と家で遊んでいると、喧嘩中の兄が彼女を家に連れ込んでいるのだから、いつも通りというわけにもいかないのはなんとなくわかる。

 しかも緋奈にとっては、喧嘩の原因だった人が家に来ているのだ。俺以上に心中穏やかじゃないだろう。

 そんな態度が奏に向いてしまっていることは俺の力不足でもあり、和坂さんにとって想定内のことだった。

 あの喫茶店で話をしたのは、こうなることがわかっていたからに違いない。

 俺はというと、かっこよく「紹介したい人がいる」なんて言いながら、現状なにもできていない。

 ただ奏の頑張りがシャボン玉のように弾け飛ぶのを目の当たりにしているだけ……。

 しかしそんな心苦しい時間ももう終わりだ。

 ちょくちょくフォローを挟んでただけの和坂さんがようやく動き出した。

 どんな内容であれ奏の手助けをしてくれる。これで全部解決する。

 ……はずなのに、ゴールはもう見えていないとおかしいのに、とても違和感がある。


 どうして緋奈は、奏にあんな態度をとるのだろう。

 つんけんして、強がって、怒ってるみたいに振舞う、そんな柄にもないことをするのか。

 どうして緋奈は、俺から離れないんだろう。

 隣に座ったり、手を引いたり、腕を絡ませてきたり。

 仲がいいのは認めるけど、緋奈だって中学生の女の子だ。普段しないことを初対面の人に、友達に見せるなんて恥ずかしいに決まっている。


 目に入る緋奈の横顔。

 どうして……こんなに怯えてるのだろう。


『……どこにも行かない?』


 ふと思い出す緋奈の泣き顔。

 俺と姉さんが唯一した大喧嘩。関係性が変わってしまったあの出来事。父さんも母さんも知らない、俺たちだけのあの事件。

 まだ小さかった緋奈を、姉と兄が妹を泣かせてしまったあの日。

 忘れたくても忘れられない、心の奥底にあるトラウマ。

 無意識に、見たくないものから目を背けていた。

 緋奈のことを見てるようで、考えているようで、俺は本当は、緋奈のことで、この一週間のことで、悩んでなどなかったのだと、今さら気づいた。

 落ち込んでる振りをして、人まで巻き込んで……俺は本当に最低だ。


「ごめん奏、和坂さん。やっぱりこれは、俺と緋奈の問題だ」


 これは、ここまで頑張ってくれた二人に対しての裏切り行為だと思う。


 驚きで「え……」と声を漏らす奏。

 誰よりも早く異変に気づいて、心配してくれて、俺のために弁当まで作ってくれた。

 今日も頑張ってくれたのに、俺がそれを台無しにしてしまった。


「何を言ってるんですか?」と言いたげな、怒りのこもった視線を向ける和坂さん。

 口出しするなと釘を刺されたばかりなのに、突然変なことを口走る俺を許してほしい。

 緋奈のことを気にかけて、知らない学校に単身乗り込んでくるようなことまでして。

 緋奈のことを大切に思ってくれてるんだなと、嬉しくなった。


 そんな二人に頭を下げる。


 緋奈は、最初から怯えてた。

 怒ったときはすぐ顔に出るのに、嬉しいときは可愛く笑ってくれるのに、苦しいときは……隠すのだ。

 緋奈は、強いから。


「緋奈、俺はどこにも行かない。だから心配するな」


 ツーっと、白くて柔らかそうで、わずかに朱に染まった頬を伝う涙。

 それを親指で拭ってやると、くすぐったそうに目を瞑る。


「……ほんと? お兄ちゃん」

「当たり前だ。てか、なんでどっか行くと思ったんだ?」

「夢で……」

「は? 夢?」

「うん。お兄ちゃんが知らない人とどこか遠くに行っちゃう夢を見て……その知らない人が、社さんにそっくりで……私、もしかしてって思って、それでっ……」


 ……ちょっと待て。じゃあなんだ、あのことは関係ないのか?

 たしか緋奈はあのとき小四だったから……忘れててもおかしくはない。

 なんだよぉー。お兄ちゃんめっちゃ心配したー……。

 と、ガクッとうなだれ油断した俺に、緋奈がバッと飛びついてくる。


「うぉっ⁉︎」

「ごめんなざいっ、お兄ぢゃぁんっ! 大ぎらいなんて言って、お弁当もづぐらなくて、ほがにもいっぱい、ごめんなざい……うわぁぁぁん」


 かろうじて受け止めることはできたけど……可愛い顔が台無しになるくらいの大号泣だ。

 頭を撫でてやると泣き声は止むどころか、さらに大きくなる。

 それくらい今回の件は、緋奈にとって大きな問題だったんだな。


「俺も、気づかなくてごめんな」

「ほんどは好きだがら、大ずきだからぁ」


 俺もだ緋奈。

 笑ってる緋奈も、怒ってる緋奈も、今みたいに大号泣してる緋奈も、お兄ちゃんは大好きだぞ!


「わかったから泣き止んでくれ……」


 緋奈は強いんだ。誰かが見てるところでは。

 でも、俺の前では、家族の前ではいつもこうなる。

 こけて怪我したら家に帰るまでは我慢するのに、家に入ったら大泣きする。

 頑張り屋で、甘えん坊で、最高に可愛い末っ子の妹なんだ。

 きっと、緋奈が家に友達を連れてこないのは、自分が甘えられる場所で、我慢なんてしたくないからなのかもしれない。


「あの、拓人君」

「お兄さん」


 離れた場所で一部始終を見守ってくれてた二人。

 今回の件で多大な迷惑をかけてしまった二人。


 頭を撫でるたび鼻腔をくすぐるフルーツの香り。

 緋奈、泣き止んだらお兄ちゃんとしっかり二人に謝ろうな……。


読んでいただきありがとうございます!


ブクマ、評価、誤字報告感謝です!

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