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「お、お邪魔しますっ」

「適当に座ってて。お茶持ってくるから」

「あ……うん」


 私は今まで、誰かの家に呼ばれるなんて経験をしたことがない。

 小中と友達はいなかったし、年末年始やお正月、お盆なんかも家でしか過ごしたことしかなくて、親戚やご近所付き合いなんかもほとんどない。


 だから私は今、とっても緊張してる!


 思い切って誘った相合傘もドキドキしたけど、それとはまた違うドキドキ。

 柄にもなくお話ししすぎて、拓人君に引かれてないか心配だ。

 今日の目的はあくまで拓人君と妹さんの仲直りと……もう一つは、仲直りがちゃんと出来たらかな、うん。

 妹さんにバレないよう案内された拓人君の部屋。

 人形やクッションのような小物はあまりなくて、本棚に漫画やライトノベル? らしき本がたくさん並べられている。

 出版社別で、しかもあいうえお順で整頓されているのを見ると、拓人君は結構几帳面なのかな、なんて思ったり。

 漫画を一冊手に取ってみる。あんまり読んだことないけど、拓人君が好きなら私も読んでみようかな……。

 ハンガーラックには数枚のシャツと制服が掛けられて、机の上にはノートパソコンとゲーム機、ベッドの布団はめくれたままで、枕もちょっとだけ傾いている。

 こう言うところはあんまり気にしないんだ。勝手に直したら怒られるかな。

 漫画を戻してベッドに座ってみると、拓人君の匂いがした。


「っ……!」


 家に入ってからずーっとだ。拓人君の安心する匂いがずーっと私をダメにしてくる。

 今日はデートじゃない。でも、拓人君の家に遊びに来れたのは嬉しい。

 これからが本番だ。でも、私はもう満足しちゃってる。

 拓人君の家に来れたことが、部屋に案内してもらえたことが、私の幸福度を満たしてくれている。

 はぁ……ずっとここにいたい。そしたら、別れるとか関係なくなるのに。


 ──ぽすん。


 無意識だった。

 まるで自分の部屋みたいに、拓人君になんてメッセージを送るか悩むときと同じみたいに、告白するって決めたあの日の前日みたいに、私は、拓人君のベッドに寝転んでしまった。

 拓人君の匂い。それと、微かにフルーツの香りがする。


「……拓人君、好きだよ」


「……何してるんですか?」


 その呟きを合図に、部屋のドアが静かに開いた。

 バッと体を起こすと、ドアの前には知らない女の子が立っている。

 お人形みたいに可愛らしくて、私よりも少しだけ身長が小さい。


「お兄ちゃんの部屋で何してるんですか?」


 驚きで見開いていた大きな瞳が、段々と胡乱気(うろんげ)な目に変わっていく。


「お兄……も、もしかして拓人君の妹さん?」

「そうですが。あなたは何者ですか? お兄ちゃんの名前を気安く呼んで……。もしかして、ストーカー?」

「ち、違います! 私は拓人君とお付き合いをさせてもらっている者です!」

「お付き合いっ⁉︎ え、嘘、お兄ちゃんの彼女……」

「や、社奏です。お邪魔してます」


 立ち上がって私が名乗ると、拓人君の妹緋奈ちゃんは、またその瞳の形を変えた。

 身に覚えのある鋭い眼光には、あからさまな嫌悪感が込められている。

 ぎゅっと握った両の手がわなわなと震え、まるで猫の毛ように黒髪のショートカットが逆立っているように見えた。

 私はこんな風にしてたんだ……。今になって申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「ひ、緋奈……?」


 拓人君の声だ。

 今、部屋に戻ってきたみたい。


「お兄ちゃん、どう言うこと」


 私に向けられていたあの眼光が、標的を拓人君に移す。


 こうして私たちの仲直り大作戦は、大きく転倒してから始まったのでした。


 ※※※


 妹が俺にものすごい剣幕を向ける。

 出来るだけ早くお茶を準備したつもりだが、この僅かな時間で奏を見つけられてしまった。

 部屋の中の奏は、顔を赤らめてベッドの前にポツンと立ち、なぜか目を合わせようとしない。


「私に内緒で彼女を家に連れ込むなんて」

「べ、別に内緒にしてたわけじゃない。雨だから遠出するのもあれで、俺が家に誘ったんだよ」

「私が家にいるのを知ってて……? お兄ちゃんはそんなことしないよね?」

「……」

「お兄ちゃんの嘘なんて通用しないよ」


 スッと細められた目に、思わず一歩後ずさってしまう。

 この怖さ、姉さんそっくりだ。


「お兄ちゃんに嘘をつかせるなんて……。やっぱり私は、あなたのことが許せないです」

「えっ⁉︎ わ、私?」

「あなたさえいなければ、お兄ちゃんと喧嘩になんてならなかった。……こんなに長引くことなんてなかったんだもん! 私だって、お兄ちゃんのこと大好きなんだから!」

「あぶな」


 家中に駆け巡った緋奈の叫び。

 腕に絡みつく緋奈の目尻は、うっすらときらめいている。

 持っていたグラスからお茶がこぼれ、緋奈の服にかかってしまった。


「お、おい緋奈、服」

「っ〜……!」

「ちょっと待ってろ」


 グラスを机に置いて引き出しから適当にタオルを取り緋奈へ放り投げる。

 軽々キャッチするだろうと思ったが、顔を真っ赤にした緋奈はタオルを取りそこねた。


「……着替えてくる」


 慌ててタオルを拾い上げると、そう言って自分の部屋に戻っていく。

 残された俺と奏。なんとも言えない空気が部屋に漂う。


「なんかすまん……」

「う、ううん、私も色々というか……」

「緋奈になんか言われた?」

「っ⁉︎ な、何にもなかったよ!」

「お、おう」


 不自然な慌て方だな。

 多分嘘ついてるんだろうけど、目が『これ以上聞かないで!』って物申してる。深く追求するのはやめておいた方がいいかもしれない。


「それより、妹さん大丈夫かな」

「どうだろうな。ちょっとおかしい……かもな」


 普段の緋奈なら、人前で『お兄ちゃん大好き』なんて絶対に言わない。

 あれで意外と照れ屋な部分があるからな。うん。


「……拓人君嬉しそうだね」

「そんなことないぞ」


 わかってたけどね? 心配なんかしてなかったよ? 本気で嫌われたなんて思ってないから。


「私はとっても複雑な気持ちだよ……」


 ガクッと肩を落とした奏は、「でも」と続ける。


「仲直りはできたってことでいいのかな?」

「どうだろうな……」


「まだですよ。まだ終わってません」


 部屋に入ってきたのは、まん丸おでこがチャームポイント(多分)の、和坂さん。


「私がお手洗いに行ってる間に凄いことになってますね」

「見てたのか」

「途中からですけど。奏さんこんにちは」

「こ、こんにちは。和坂さん、終わってないってどういうこと?」


 今日の目的は、俺と緋奈の関係の修復。

 緋奈からの『大好き』をいただいた時点で、もう作戦は必要ないはず。

 しかし和坂さんさんは「やれやれお兄さんは」と、呆れたように首を小さく振った。

 いや聞いたの俺じゃないですよ? 気にはなってたけども。


「そもそも緋奈ちゃんは、お兄さんに対しての怒りはそれほどありませんでした。怒りの矛先は、ほとんど奏さんに対してです」

「……そっか」

「なんで奏なんだよ」

「緋奈ちゃんに彼氏ができたら?」

「そいつをボコボコにする」

「それが答えです。お兄さんにとって緋奈ちゃんが大切であるように、緋奈ちゃんにとってもお兄さんは大切な存在なのです。そんな存在が、知らない誰かに取られそうになってるんですよ? 普通じゃいられなくなるのは当たり前じゃないですか」


 逆の立場になって考えてみれば、緋奈の気持ちは痛いほどわかる。

 八つ裂きにするやらボコボコにするやら、もちろんそんなことはしない。

 でも、素直に受け入れられるかと言われると、それはきっと難しい。

 相手がどんな人なのか、信頼できる人なのか、なんでもいいから知りたくなる。


「だから、か」


 冷静になれば簡単なことだった。

 恋は盲目。ほんと、その通りだ。


「奏、ちょっとついてきてくれるか?」


 閉まったドアの前。

『ひなのへや』と書かれた表札がぶら下がっている。

 遅くなった。一人で悩んでいたのがバカみたいだ。


「緋奈ちょっといいか?」


 二回ノックして名前を呼ぶ。


「……まだ着替えてる」

「そ、そうか。その、なんだ、紹介したい人がいるから、着替え終わったら教えてくれ」

「……わかった。でもその前に、ご飯一緒に食べよ?」

読んでいただきありがとうございます!

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