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 今日は朝から小雨が降っていた。

 じめっとした空気は、言葉にし難い憂鬱さを全身に感じさせ、せっかくの早起きも気持ちはどこか晴々としない。

 その理由は、天気のせいだけではない。

 緋奈との喧嘩は一週間アニバーサリーを迎え、ソシャゲならガチャに必要なアイテムが配られる案件……。いやまぁ全然記念にしたくないんだけど。

 と、余計なことを考えてないとこの気まずい空気に耐えられそうにない。

 梅雨が開ければ本格的に夏になる。

 去年はバイトで埋まっていた夏休みの予定も、彼女ができた今年は華やかな夏休みになることだろう。多分。

 そんな明るい未来を脳内で描きながら、内容そこそこに朝の番組を見ていると、家のチャイムがリビングに響いた。

 ダイニングにいた緋奈が小走りに玄関へ向かう。

 時刻は、午前の11時前。

 どうやら定刻通りに和坂さんが到着したようだ。


「お邪魔します。あ、お兄さんもいらしたんですね。これつまらないものですけど」

「えー、いいのに」

「い、いらっしゃい」


 リビングへやって来た和坂さん。前髪のセンター分けは寸分違わず五分五分の割合。

 きらりと輝く丸いおでこは、この前よりもツヤツヤしてるような気がする。

 お土産のお菓子だろうか。やたら豪華な紙袋だ。


「ご両親は?」

「今日は出掛けてるんだ。うちのお母さんとお父さん毎月一回デートしてるの」

「仲がよろしいんですね。お兄さんは暇そうですのに」


 そんな発言に思わず、口につけたお茶を吹き出してしまった。

 余計なこと言わなくてよろしいわよ? 暇してるわけじゃないの君知ってるよね?

 ぶちまけたお茶をティッシュで拭き取りながら、軽く会釈を返す。

 もどかしそうに手をあわあわさせる緋奈は、俺と目が合うとそっぽを向いてしまった。


「まだお兄さんと仲直りできてないのですか?」

「ま、まぁね……。私の部屋行こっか」


 耳打ちの会話が、地獄耳に聞こえてくる。

 とぼとぼとリビングを出て行く緋奈に続いて、和坂さんも後ろについて行く。

 去り際に口パクで『お願いしますよ』と言われ、俺も準備のため残りのお茶を一気に飲み干した。



 あの日、和坂さんが考えた作戦は、家で緋奈と奏を直接合わせるというものだった。

 俺から奏に会ってほしいと緋奈に頼んだところで、却下されるのは目に見えている。

 なら、偶然を装えばいい。

 緋奈と和坂さんが家で遊ぶ日と、俺と奏が家でデートする日がたまたま一緒……。

 そうすれば、嫌でも顔を合わすことになる。

 一つ懸念してたことは、緋奈があまり家で遊びたがらないことだ。

 友達の多い緋奈だけど、誰かを家に呼ぶことはほとんどない。

 もしかしたら、休みの日はずっと家にいる俺に気を使ってくれてたのかもなぁ。優しい妹すぎて全俺が泣いた。

 しかしそれも、雨天と和坂さんの熱意によって解消され、作戦を立てた次の日には、友達が家に来ると母さんに話していた。

 この作戦の全権は和坂さんが握っていて、俺は彼女の指示を受けているだけだ。

 何も思い浮かばなかった奴の扱いなんてこんなもんさ……。

 まぁやることは、奏が家に来ることを黙っていることと、


「拓人君。うっす」

「うっす。待ったか?」

「全然待ってないよ。今来たところ」


 奏を迎えに行くことくらいだ。と言うか、これが俺にとって一番の仕事だろう。

 それにしても、集合時間三十分前にいた奏の『今来た』を信じていいのだろうか……。


「大丈夫そうか?」

「うん。絶対拓人君とのお付き合いを認めさせるから、拓人君は見守ってて」

「お、おう。じゃあ行くか」


 作戦の大本が『緋奈に奏を認めさせる』だからな。主に頑張るのは奏になる。

 今日の奏は、服装は言わずもがなおしゃれで、髪型は濃紺の髪を下ろしたいつものストレート。

 どんな髪型も似合っているが、やはりこの髪型が一番好きかもしれない。

 やる気に満ちた横顔を見つめていると、不意にこっちを向いた奏がこてんと首を傾げる。


「拓人君。こっち逆方向じゃない?」


 やはり覚えていたか……。

 遠い昔に感じるクラス会の夜。俺は奏と駅前のコンビニでばったり出会(でくわ)した。

 流れで話しながら帰ることになり、家の方向が逆だと気を使うんじゃないかと思い、とっさに奏と同じ方向だと嘘をついたのだ。

 それからも、デートの帰りや下校時に奏を家の近くまで送り届けることがあり、本当のことを言い出す機会がなく今日に至る。


 しかしもう隠すことはできない。正直に話すには今しかない。


「じ、実はな……家、こっちなんだ」


 恐るおそる言うと、奏は濃紺の瞳をぱちくりと瞬かせ、持っていた傘に視線を落とす。


「……やっぱり、そうだったんだ」

「気づいてたのか……?」

「薄々ね。遊園地のときもデートのときも今日も反対側から入ってきたから」


 詰めが甘かったか……。だって奏、毎回先にいるんだもの。


「何回も言おうとは思ったんだけどな、その……」

「私も、そうかなって思ったときに言うべきだった。でも、拓人君と一緒にいられる時間が短くなるような気がして」

「え、なんで?」

「家、遠回りになるでしょ? だから……一緒に帰れないかもって」

「そんな心配しなくていいのに。まぁ……黙ってた俺が悪いな。すまん」

「……これからも一緒に帰ってくれる?」

「おう。それは変わらないから安心しろ」

「よかったぁ」


 上目遣いでお願いされたら断れるはずがない。

 そもそもお願いするのは俺の方だ。一緒に帰らせてくださいってね!


「じゃあ拓人君。この前の続きね」

「続き?」


 言いながら奏は自分の傘を開く。

 半歩俺の方に寄ると、肩が触れそうなくらい距離が近くなる。

 俺も傘は持ってるけど……この前は、堪能できなかったからな。


「俺が持つ」

「うん、ありがとう。あとこれ見て、拓人君から貰ったキーホルダーつけてみた」


 だから俺はまた同じことを心の中で呟く。

 この雨がいつまでも止まなければいいのに、と。


読んでいただきありがとうございます!

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