表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/142

69

 制止が間に合わず、なんてことなく和坂さんがそう口にすると、穏やかだった奏の表情に暗雲が立ち込める。


「……どうしてそうなるの?」


 まるで時間が止まったように店内は静まり返り、降り続く雨の音がやけに大きく聞こえてくる。

 言った和坂さんだけでなく、中途半端に口を挟んだ俺にも目を向け、奏は不安そうに眉尻を下げた。

 そんな奏の反応を見て、和坂さんは不思議そうに俺と奏を交互に見やる。


「もしかしてお兄さん、奏さんに教えてないんですか?」

「ま、まぁ……」

「な、何を?」

「お兄さんと緋奈ちゃんの喧嘩の理由ですよ。てっきりお兄さんから聞いているものだとばかり……。驚かせてしまいすいません」


 奏に対して丁寧に頭を下げる和坂さん。しかし、俺を見る目はライオンのごとく冷ややかで鋭い。


「拓人君、もしかして……妹さんとの喧嘩私が関係してるの?」

「あぁ……えーと、だな」

「んんっ! お兄さん往生際が悪いですよ」

「拓人君……」


 奏に教えるつもりはなかったが、この状況じゃはぐらかすには無理がある。観念して話すしかないか……。


「実はな、緋奈……妹が怒ってるのは、その、俺に彼女が出来たからなんだ」

「そう、なの?」

「あ、あれだぞ? 奏が悪いってわけじゃないからな? 多分誰が相手でも変わらなかったと思う。だから……気にする必要ないぞ……?」


 喧嘩の理由を教えるにしても、最悪の教え方だ。

 話しを聞く奏の背中がどんどん丸まっていく。


「そうですよ。奏さんが気にする必要などないのです。お兄さんと別れてほしいなんて半分冗談ですよ」

「半分は本気なのか……」

「お兄さんはちょっと静かにしててください」

「えぇ……」


 和坂さんの雑すぎる態度は少し気になるが、どうやら別れるという提案以外にも何かありそうだ。

 情けない話、和坂さんのその提案に期待するしかない。


「奏さん、実はもう一つ提案があります」

「……何、かな?」

「緋奈ちゃんはこう言ってました『私より凄いかつ、私が認めるくらい素敵な人じゃないと、お兄ちゃんと付き合うなんて認めない』と」


 今、緋奈の真似した? 上手いんですけど。

 そんでもって緋奈は何を言ってるの?


「そんな小姑みたいなこと……」

「実際、緋奈ちゃんの立場は小姑に近いですからね。言っておきますが、私は緋奈ちゃんの味方ですよ。……少なくともお兄さんの協力者ではありません」


 隣の奏を気にしてるのだろうか。少しくらいこの状況を作り出したことを悪いと思っているようだ。


「なので決めてください。お兄さんと別れるか、緋奈ちゃんを認めさせるか」


 緋奈がどこまで本気なのかはわからないが、明確な解決案があるなら、それを達成するに越したことはない。

 でも、それが俺ではなく、奏に委ねられるとなると話は別だ。

 奏には、すでに違う形で迷惑をかけてしまっている。これ以上手を借りるわけにはいかない。


「奏は関係ないだろ。別の方法を探そう」

「他にいい案があると? 見つからないからお兄さんも悩んでるのではないですか?」

「それは……」

「それに、奏さんは先ほど何でもやると言いました。その気持ちを無下にするのですか?」

「お、俺はただ奏に──」


「ちょ、ちょっと待って!」


 再び店内を静寂が包む。

 大声を出したのは、他でもない奏だ。

 数秒の沈黙が続き、俺と和坂さんは冷静さを取り戻す。


「和坂さん、拓人君とお話ししたいから、ちょっとだけ時間くれる?」

「わ、わかりました。終わったら連絡が欲しいので連絡先を交換しましょう。あと、おととお呼びください。お兄さん……少し熱くなってしまいました。すいません」

「こ、こちらこそ、ごめん」


 連絡先の交換を終えて、和坂さんは運転手の人と一緒に店を出て行った。

 窓から見える車に乗り込む姿を確認して、正面の奏を見やる。

 視線はやや斜め下を向き、しゅんと落ちた肩からは覇気を感じられない。

 やはり、別れてほしいと言われたことを気にしてるのだろうか。


「……私、別れないよ。別れたくない。た、拓人君は?」

「俺もだ。別れる気なんてない」


 少なくとも、俺から別れを告げることはない。


「そ、そっか、よかった。……どうして言ってくれなかったの? 拓人君は気づいてたんだよね?」

「……言う必要がないと思ったからだ。別れる気はないし、無駄な心配をかけたくな──」


「私は」


 不安そうな上目遣い。潤む瞳からは、水滴が溢れそうだ。


「私は……拓人君の心配がしたい。拓人君が困ってるなら助けたい、元気がないなら励ましたい。拓人君は、私にそうしてくれたでしょ? だからね、関係ないなんて、言わないで」


 奏が気にしてたのは、和坂さんの言葉なんかじゃない。

 俺が奏に、何も言わなかったことだったのか。


「わがままだって思う。私なんかじゃ拓人君の力になれないかもしれない。でも、それでも、何かしたいの。拓人君のために。……ダメ、かな?」


 俺は別に、奏を助けたなんて思ってない。

 自分のためにそうしただけ。たまたまそこに、奏はいただけ。

 なら、ラッキーで済ませばいい。そのことを気にする必要なんてない。

 ……でも、彼女は、奏は、自分のことだけを考えるなんてできない子なのだ。

 委員長になったときも、俺の仕事が多いと気にしていた。

 打ち上げのときも、自分が行って大丈夫なのかと心配していた。

 遊園地のときも、わざわざ早起きして弁当を作ってきてくれた。

 今回の喧嘩も、誰よりも早く俺の異変に気付いてくれた。


 その優しさに、俺は惹かれた。

 こんな悲しそうな表情をさせるために、奏と付き合ったわけじゃない。


「……いいのか? こんなめんどくさいこと。弁当だって作ってもらってるし。奏は……気にしなくてもいいことなんだぞ?」

「気にするし、したいの。拓人君にしてあげられることは、全部やってあげたい」


 俺の彼女が自分に厳しくて俺にだけ激甘な件について……。

 これは優しさでいいのだろうか? いやまぁうん今回は気にしないことにしようかな!


「じゃあ……手伝ってくれるか?」

「もちろん! 妹さん……緋奈ちゃんに拓人君との交際を認めてもらう。そうすれば仲直りできるんだよね」

「聞いた話だとそうだな」


 簡単そうに言ってるが、きっと一筋縄ではいかないだろう。

 何より『緋奈より凄い』ってのは、かなり高い壁だ。

 俺の妹は何でもできるからな……。


「見ててね、拓人君」


 まぁでも、俺の彼女も負けてない。


「あと、他の人と付き合ってたらなんて冗談でも言わないでね?」

「……はい」


 その後、和坂さんを呼び戻して、緋奈と奏を鉢合わせる作戦を立てた。

 結果、俺の家で遊ぶことになった。

 え、ちょっと待って。俺、家の場所奏に嘘ついたままなんですけど……。

読んでいただきありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ