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更新遅くて申し訳ないです。
場所は駅近くにある純喫茶。
男子高校生一人で入るにはちょっとハードルの高いその場所に、俺は二つ年下の中学生の少女に、連行に近い形で連れてこられた。
元々暗めの雰囲気のお店かもしれないが、聞き慣れないジャズと濃いオレンジの照明に加え、雲に覆われた天気のおかげでその暗さが一層増しているように感じる。
一番奥のテーブル席に案内されると、緋奈の友人である和坂おとがメニューに手を伸ばす。
「ご注文をどうぞ、お会計は気にしなくていいですから」
とても中学生のセリフとは思えないが、店の外に止まっている黒光の高級車を見る限り、和坂さんはお嬢様なのだろう。
緋奈が通っている桜井女子学園では、和坂さんのような子は珍しくないらしい。
お嬢様学校というわけではないが、敷地は県内で一番。県外から来た生徒のための寮や、部活に勤しむための施設も充実していると、パンフレットか何かで目にしたことがある。
ちなみにこの店には、あの車で連れてこられた。ここから離れたカウンター席には、車を運転していた人が座っている。
お嬢様とは言え、さすがに中学生に奢ってもらうわけにはいかないのでお金は自分で出すとして……。
「……和坂さん、ちょっと聞いてもいい」
「はい、何でしょう?」
「どうして奏と和坂さんが並んで座ってるの?」
連行されたのは俺だけではなく、一緒にいた奏も和坂さんによって車に詰め込まれていた。
明らかにとばっちりを受けている奏も、困惑している様子を隠せていない。
聞きたいことは山ほどあるが、まずはこの座席位置だろう。奏も二回小さくうなずいた。
しかし和坂さんは、俺たちが間違っているのだと言わんばかりの嘲笑を浮かべ運ばれてきた水を一口飲む。
「緋奈ちゃんのお兄さんとあろうものがそんなこともわからないなんて期待外れも甚だしいです。緋奈ちゃんには、聡明でとても賢いお兄さんだと聞き及んでいたのですが」
「……緋奈のやつ学校で俺の話するのか?」
「大っぴらにはしてませんよ。会話の節々からちらりと顔を出す程度です。まぁ、私みたいに緋奈ちゃんに近しい子はみんな、お兄さんに同等の評価をしていますよ」
「そ、そうか……」
そんな大した兄じゃないんだけどな……。緋奈の俺に対する評価が甘すぎる。
そしてそれは、和坂さんの隣で大きく二回うなずいている奏にも言えることだ。恥ずかしいからやめてほしいよね。
と、そんな奏にずいっと体を寄せた和坂さんは、肩と肩をぴたりと合わせて、手に持ったメニューを二人の真ん中で広げた。
「社奏さんも遠慮なさらず好きなものを是非。あとお願いがあるのですが、奏さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「う、うん。それはいいけど……」
「ありがとうございます。噂に聞いていた通り、とても可愛らしい方ですね」
「あ、ありがとう。和坂さん」
「そんな他人行儀な呼び方ではなく、親しみを込めておととお呼びください」
「う、うん。そうさせてもらうね……」
困惑したまま和坂さんの勢いに押され続ける奏。まだ気持ちがこの状況に追いついてないところを的確に攻められてるような。
まぁやけに熱のこもったあんな瞳に迫られたら誰だってああなるか……。
それぞれ注文を済ませて待つこと数分、頼んだ飲み物が運ばれて来た。
俺と奏は同じアイスいちごオレ、和坂さんはこの店のオリジナルブレンドコーヒーだ。
「仲がいいのですね」
湯気がたっているカップにミルクを混ぜながら、どちらに聞くわけでもなくポツリと呟く和坂さん。
奏をちらりと見やると、嬉しそうに前髪を触っていた。あからさますぎる反応に少しだけ顔が熱くなる。
コースターに乗ったグラスを寄せ小さく咳払いをすると、奏は俺を見てにこっと笑う。
「お付き合いしているのですよね?」
「っ……! し、知ってたのか」
「ちょっとだけ違います。確認しに来た、の方が正しいですかね」
「確認……。緋奈から聞いたのか」
「さすがお兄さんです。でも、これは私が勝手にやってることですよ。緋奈ちゃんは関与してません」
可愛らしくカップに息を吹きかけ、コーヒーをゆっくり口にすると、眉根を寄せ、静かに受け皿にカップを戻す。
「……砂糖いるか?」
「……取ってもらえるとありがたいです」
無理してたっぽいな。まず高校生二人がいちごオレて。奏は「拓人君と同じで」と店員さんに注文してて恥ずかしかったし。
スティックタイプの砂糖を二本渡し、和坂さんが甘さを調節し終えたところで、いよいよ本題に入る。
「今日私がお二人をここに連れて来たのは、緋奈ちゃんとお兄さんの喧嘩について提案があるからです。奏さんは、もちろんお兄さんから聞いていますよね?」
「う、うん。喧嘩のことは聞いてるよ。拓人君元気ないから」
「お兄さんもですか。そうは見えませんが」
「大体いつも同じテンションだからな……」
「緋奈ちゃんは見るからに落ち込んでいますよ。兄妹で差があるんですね」
「緋奈、落ち込んでるのか」
「はい、それはもう」
どうやら学校での緋奈は、枯れかけの花のようにしょんぼりしているようで、話しかけても空返事、大事な会議にも身が入ってないらしい。
そう言えば、生徒会のことで忙しそうにしてたな。休日も学校で会議があるからと、休日登校までして……。
お兄ちゃんは、妹にちゃんとした会社に就職してほしいと願っています。
「家だとそんなことないんだけど……」
「喧嘩相手に弱みは見せませんよ。緋奈ちゃんならなおさらです。そう思いませんか?」
緋奈の性格からしてそうだろうな。
「……緋奈のことよく見てるんだな」
「はい、大親友ですから」
家で学校でのことなんて話したりしないから、緋奈にも緋奈の生活があるんだなと新鮮な気分になる。
それに、俺にも緋奈の知らないことがあるんだと、少し寂しさも抱いてしまう。
「なので私は、早く仲直りをしてほしいのです。元気のない緋奈ちゃんは、もう見てられません」
「わ、私も! 拓人君に早く元気になってほしい」
俺だって緋奈と早く仲直りがしたい。早くいつも通りの緋奈に戻ってほしい。奏にも心配はかけたくない。
でも、緋奈の不満は、俺にはどうしようもないのが事実だ。
唯一浮かんだ案は……心配してくれてる奏に、絶対伝えられないしな。
「おとちゃん提案があるって言ってたよね? その提案を聞かせてもらってもいい?」
「はい。奏さんの協力も必要になるので」
「私にできることなら何でもするよ」
「そうですか、でしたら──」
……奏の協力? なんか嫌な予感がする。
奏はまだ喧嘩の原因を知らない。
和坂さんは、緋奈から奏のことを聞いている。
なら、一番最初に思いつくのは、その原因を取り除くこと。つまり、俺と奏の──。
「ま、待て──」
「お兄さんと別れてくれませんか?」
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