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校内から楽器の音が聞こえ始めたところで、俺と斗季は解散することにした。どうやら戸堀先輩との関係は、もうちょっと考えてみるらしい。
まぁ二人が付き合い始めるのも時間の問題だろう。
中庭から昇降口に移動すると、ちょうど奏が靴を履き替えているところだった。
他人の視線に鋭い奏は、俺が声をかける前にくるりと振り返る。
「あ、拓人君と三野谷君」
「おぉ社さん! 奇遇ですね」
胸の前で小さく手を振る奏。軽く手を上げるだけの俺に対して、斗季は大袈裟に手を振り返していた。
元気になったことを嬉しく思いながら、俺も斗季みたいにした方がいいのだろうかと静思する。
しかし奏は特に気にする様子もなく「何してたの?」と、首を傾げた。
「ちょっと話聞いてもらってただけですよ。気になるならあとで拓人に聞いてもいいですから」
「そうなんだ。ちょっと気になるかも」
「……いいのか?」
耳打ちで聞くと、斗季は短く「おう」と答える。
「それじゃ俺はこれで。じゃあな拓人、社さんもまた明日」
挨拶もそこそこに颯爽と去っていく斗季を見送った俺と奏は、目を見合わせて小さく笑う。
「三野谷君って元気だね」
「中学の頃からあんな感じだ。ちょっと待ってくれ」
奏の下駄箱の反対側に周り靴を履き替える。
並んで校門を出たところで「聞いてもいい?」と、奏が半歩近づいて来る。
肩が触れそうなほどの距離感が、奏は好きらしい。
「斗季の恋バナを聞いてたんだ。好きな人が出来たらしい」
「っ⁉︎ そ、そうなんだ……。そっか……」
「どうした?」
「な、何でもないよ! 戸堀先輩のことが気になったわけじゃないから!」
この慌てようと、聞いてもない戸堀先輩の名前が出たことから推測すると、もしかして奏は、戸堀先輩が斗季を好きなことを知ってるのかもしれない。
もしそうだとして、戸堀先輩に秘密にしてほしいと頼まれていたなら、奏のこのごまかし方は直す必要がある。
ごまかすどころか、もはや自白してたな。ちょっとからかってみよう。
「戸堀先輩? 何で戸堀先輩が出て来るんだ?」
「ち、違うの! その、あの、えーと」
「斗季の好きな人と戸堀先輩に関係があるとかか?」
「そ、そんなことないとも言えなくもないけど……。でも、うぅ……」
奏さんまだごまかそうとしてる。
尻すぼみになる声量と泳ぎまくってる目。小さく唸って口をつぐむと、しゅんと肩を落としてしまった。何これ可愛い。
そんな奏の姿に我慢できず吹き出してしまう。
すると、潤んだ弱々しい瞳が俺に向けられ、とんでもない罪悪感に苛まれた。
「拓人君……?」
「すまん奏……。戸堀先輩の秘密なら俺も知っててだな」
「……へ? それって……三野谷君のこと?」
「お、おう」
「そ、それじゃあ、隠す必要なかったんだね」
ホッと胸を撫で下ろす奏に、いや全然隠せてなかったよ? と言ってやりたいが、原因を作ったのは俺だ。
奏にはバレてないのでなかったことにしよう。
「実はあの二人、両思いだ」
「えっ! 三野谷君も戸堀先輩のこと好きなの⁉︎」
「そうらしいぞ」
「っ〜!」
「……何で奏が照れてるんだよ」
煙が出そうな勢いで顔を赤くする奏。ぱちぱちと目を瞬かせて、興奮気味に胸の前で手を握り締めている。
「だって、私こういうの初めてで、何というか嬉しくて……どうしようっ」
「そんな緊張しなくていいと思うぞ……。戸堀先輩から相談されたら話を聞いてあげるくらいでいいんじゃないか?」
「そうだね、私もたくさん相談乗ってもらったからお返ししないと」
あの二人なら周りがとやかく言わずとも上手くやれるはずだ。俺と奏のときは、知らないところで助けてもらってたようだけど。
興奮が収まった奏は、思い出したように手を合わせ俺にこんなことを聞いて来る。
「拓人君、明日のお昼ご飯何がいい?」
「お昼?」
「うん。お弁当のおかずに希望があればと思って」
「あぁ」
そうだった。明日は奏が弁当を作ってくれるんだったな。忘れてたわけじゃないが、半分以上冗談だとばかり。
やる気満々の奏に、今更やっぱり大丈夫なんて言えないからな……。
「何でもいいからね」
それにしてもこの手の質問は結構難しい。ヲタクが恋をするくらい難しいまである。
真っ先に思い浮かぶ回答……それは『何でもいい』だ。
パッと食べたい物が出ないときや作ってくれるなら文句は言わないなんて意味でも使えるし、君の料理は何でも美味しいってことにもできる。まさに言葉界の革命児。
しかし聞き手には、考えてないや手抜きと受け取られる可能性の方が高い。奏に関しては、何でもいいと先出しする事でこの手を封じてきた。
ならここで答えるべきは明確な料理名なのか? いや違う。料理名を答えてしまうと、聞いてきたのにもかかわらず「それは無理」なんて言われ喧嘩になりかねない。それに、パッと思い浮かぶ料理なんて自分の好きな食べ物くらいだろう。本当にそれを食べたいときに使えなくなるのも減点対象だ。
母さんや妹の緋奈、気まぐれで料理を作る姉さんたちに培われ俺が導き出したこの質問の最適解、それは、
「和食が食べたい」
ジャンルで答えることだ。こうすれば大体丸く収まる。
「和食……。前食べてもらった煮物とかでいいのかな?」
「お、煮物作ってくれるのか。楽しみだな」
「うん。じゃあ明日は煮物にするね。えーと……」
ダル猫のメモ帳を取り出し何かを確認する奏。どうやら煮物のレシピのようだ。
「作るの大変なら別の料理でもいいからな」
「ううん大丈夫。今日の晩ご飯も煮物にするつもりだから」
言って、にこっと笑う奏。まさかとは思うけど弁当を作るために煮物にするわけじゃないよね? まぁ弁当にそんな気合入れるわけないか。余り物とかでも俺は満足だしな。
それから数分して奏の家近くの横断歩道に到着。信号が青に変われば今日はここでお別れだ。
「拓人君。私から提案があります」
「お、おう」
「その、明日からお互い予定がないときは、一緒に帰りたいと思ってます。……ダメ?」
「ダメじゃないぞ。そうしよう」
その日俺と奏は、そんなカップルっぽいルールを決めて、いつもと同じ場所で別れたのだった。いやカップルなんですけどね……。
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