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今回ちょっと短めです。
緋奈との関係が悪化したまま始まった週初め。
教室に入ると、クラスメイトの視線が俺に向けられる。
「おはよう、かーくん」
「お、おう、おはよう」
本を読んでいた氷上だけは、いつもと変わらない様子だ。この子は空気を読まないのか読めないのかどっちなんだろう……。まぁ今はそれがありがたい。
氷上の挨拶に小さく手を上げ返して席につく。
机に突っ伏して寝ようと思ったが、周りが気になってそれどころではない。まだ奏と付き合い始めたと言う話題は、継続中のようだ。
片肘をついて外をぼーっと眺めていると、控えめに肩をツンツンと突かれる。
「うっす、拓人君おはよ」
「あ、う、うっす、おはよう……」
「うわぁ何その無愛想な感じ。せっかくこんな可愛い彼女が挨拶してくれてるのに」
「い、いいよ、横山さん。こんな拓人君も素敵だと思うし、ね?」
振り返ってみるとそこには、彼女である社奏とクラスメイトの横山木葉がいた。
いやそんな笑顔で俺に同意を求められても困る。それに素敵か素敵じゃないかで言うと間違いなく後者だ。俺は素敵じゃない。
まぁわざわざ言うことでもないので、奏には「すまん……」と謝っておく。
「そういえばたっくん、かなとデートしたんだってー?」
「かな……? 誰?」
「あんたの彼女やん」
急に関西弁で喋るんじゃない。腹立つから。
「呼び方変えたのか」
「まぁほら、たっくんに取られたしね」
奏の肩に手を置いてニヤリと口角を上げる横山。肝心の奏は、薄っすらと頬を染めてチラリと視線を俺に向けてくる。
昨日のバイト前の電話から察するに、横山にはデートをしたことだけでなくその詳細まで知られているはずだ。
話してしまう奏にもちょっと言いたいことはあるが、奏の純粋さにつけ込んであれこれ聞く横山の方を先にどうにかしないといけない。
というわけで、俺は奏の後ろについている横山に出来る限りの不満顔を向けてやった。
「……何その眠そうな目」
「これは生まれつきだ。実際眠い。そんなことより、俺は横山に言いたいことがある」
「何よ」
出鼻はくじかれたが、目のことなんざ今更気にすることじゃない。これからも気にしない。
冗談に受け取られないよう語気を強め、横山に注意しておく。
「お前、奏に変なこと吹き込むなよ。名前呼びとか、勝負のこととか。奏から話を聞くのはいいけど、あれこれ口出しするのはどうかと思うぞ」
「ふぅん? そんなこと言っちゃうんだ。誰のせいでこうなってるのかも知らないで」
反省するそぶりすら見せず、むしろ横山は、強気に前に出てくると、机に手をついて俺を見下してくる。
えぇ……怖い。出鼻どころか心までくじけそうなんですけど。後ろにいる奏はなぜか嬉しそうに前髪触ってるし……。
「だ、誰のせいなんだよ」
「たっくんでしょたっくん!」
「なんで俺のせいなんだよ……」
どの辺にその要素があるのかぜひ聞かせてほしい。
「かなが名前呼びをほのめかしても保留にする、かなが近づいても何もしない。たっくんはかなのことをなんだと思ってるの? かなも普通の女の子なんだけど?」
「よ、横山さん、拓人君は別に悪くないよ。その、私が急ぎすぎただけで、拓人君も考えてくれてたから」
「そうなの? でもかなも言ってたじゃん、もっと拓人君とイチャイチャしたいって」
「い、言ってないよそんなこと! 私は拓人君と手を繋……、と、とにかく言ってません!」
顔を赤くして横山に抗議する奏。二人の交流にクラスの男子全員が頬を緩ませている。
それにしてもあのデートで奏がそこまで考えているとは……。名前を呼ぶだけであんなに勇気を振り絞った俺が馬鹿みたいだな……。
小さく咳払いをして、一応決意表明みたいなものを横山には伝えておく。
「まぁそのなんだ……、奏の期待には応えたいと思ってる。急かさなくても、できることはやる……つもりだ」
「拓人君……」
横山の口を塞いでいた奏が、うっとりとした表情で俺の名前を呼ぶ。
デートの最後にも似たようなことは奏に伝えている。俺たちは俺たちのペースで頑張るつもりだ。
すると、弱まった奏の手を優しく下ろした横山は、呆れたように肩をすくめて大きくため息をついた。
「奏も奏なら、たっくんもたっくんってことね。まぁ私たちも口出しはほどほどにする。でも、かなを困らせたり悲しませたりしたら容赦しないから」
「お、おう……」
いつの間に奏との友情をこんなに深めていたんだろう。怖いからそんなに睨まんといて……。と、ついつい関西弁になるくらい怖かった。
「それで、なんかようだったか?」
「あ、そうだった。かな」
「う、うん。あの、拓人君、何かあった? いつもより元気がないように見えたから……。それに、連絡しても返事がないから心配で。私の勘違いならいいんだけど……」
「あぁ……スマホの電源切りっぱなしだったな」
昨日のバイト前にスマホの電源を切って、そのままにしていたのを忘れていた。
電源をつけてみると、奏からのメッセージに、斗季と夢前川からもメッセージが届いていた。
「すまん、電源切ったまま忘れてた。元気がないように見えたなら……それは勘違いだな」
「そっか……。うん、拓人君が言うなら」
「ほら言った。かな、たっくんの心配しすぎ〜」
「だ、だって……」
いつも通りにしているつもりだったけど、奏にはそう見えなかったらしい。
緋奈との喧嘩でちょっと落ち込んではいるが、心配されるほどのことじゃない。
スマホに目を落とし、奏からのメッセージを確認してみる。
『お手伝い終わったよ〜。拓人君もバイト頑張って』
『バイトお疲れ様でした。おやすみなさい』
奏の律儀さに全俺が感動した。バイト終わりに見てたら泣いてたなこれ。
「心配かけたな」
「ううん、ほんと何もなかったならいいの。困ったことがあったら言ってね? 私にできることなら協力するから」
「おう、頼りにしてる」
兄弟喧嘩には巻き込めないからな。奏の力を借りるのはまだ先だな。
「そう言えば、願いごとは決まったのか?」
願いごと……と言うか、勝負に負けた罰ゲーム。
横山の入れ知恵により昨日決まったことだ。
「ま、まだ、考え中……! 楽しみにしててね?」
奏からの罰ゲーム……想像以上に以下略。
読んでいただきありがとうございます!




