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社と合流してやって来たのは、ショッピングモール内にあるゲームセンター。
ダル猫専門店の近くにあるということもありここをチョイスしたのだが、こういう場所に慣れていないのか隣の社は目をパチパチと瞬かせている。
たしかに社の印象とはかけ離れている場所だ。もしかしたらゲームセンターに来たことないまであるかもしれない。
「こういうところあんまり来ないか?」
「うん……。初めて来た。私のおじいちゃん厳しくて行くなって言われてたから」
本当に来たことなかったみたいです。
珍しい……のか? 俺も頻繁に足を運ぶわけではないが、初めて来たのは覚えていないくらい昔だ。
「あー……大丈夫なのか?」
「全然大丈夫だよ! 私だってもう高校二年生だし、来る機会がなかっただけだったから。それに、初めてが香西君とって、凄く……嬉しい」
「お、おう。それはよかった」
行きたい場所ってわけでもなかったけど、社がそう思ってくれたならここに来たのは正解だった。……それにしても今の笑顔は危なかったぜ……。
小さく咳払いをして気持ちを落ち着かせ、店内に足を踏み入れる。
入り口付近には、ぬいぐるみやお菓子、フィギュアなどが景品のUFOキャッチャーが並び、奥に進むとメダルゲームや音楽ゲーム、レースゲームなどが置いてあった。
そういえばさっき緋奈とその友達がプリクラを撮るとか言ってたな。もし遭遇したら社のことを紹介しよう。
「あ! か、香西君、あれしてみたい」
店内を一周し終え、さぁ何をするかと悩むより先に、社が何かを見つけて胸の前で小さく指を差す。その先に視線をやると、そこには小さなUFOキャッチャーが置いてあった。
今は小さな女の子がプレイ中で、怪しまれないよう景品を確認すると、社の興味を引いた理由が判明する。
「ゲームセンター限定のダル猫ミニぬいぐるみか……」
社さんどんだけダル猫好きなのん? しかも次はミニぬいぐるみ。ダル猫も大きくなったり小さくなったり大変だな。
思わず出てしまった重苦しい声。実はこのUFOキャッチャー、ゴールデンウィーク中にプレイしたことがある。
「UFOキャッチャーだよね? やったことないけど、やり方は知ってるから!」
「おう……。じゃあとりあえず待つか」
そんな因縁など知らない社は、その瑠璃色の瞳に光を宿してキュッと両手を胸の前で握った。
女の子のプレッシャーにならないよう、一旦その場から離れ両替機へと向かう。
目をキラキラさせながら五百円玉を百円玉に両替した社のあとに続いて、俺も千円札を小銭に崩す。
戻ってくると、ちょうどプレイを終えた女の子が首から下げたお財布中を見て静かにチャックを閉めるところだった。
ガラスの向こう側にいるダル猫をちらりと一瞥して、とぼとぼと俺と社の横を通っていく。
「……難しいのかな?」
「簡単には取れないだろうな」
「よし、じゃあやってみるね」
「頑張れ」
台の前に移動して百円を投入した社。ボタンを押して狙い定めたぬいぐるみにアームを下ろす。
しかしうまく中心を捉えることができず、無情にもアームからこぼれてしまった。
「なるほど、難しいね。うーん……」
あれですんなり取れることもあるが、基本的には地道に動かしていくのが定石だろう。それに社が狙ったぬいぐるみは出口からかなり離れている。
じゃあ近くのやつを狙えばいいじゃん! と、間違っても口を滑らせてはいけない。社はあの人形が欲しいのであって、ただ取れればいいわけではないのだ。……なんてことを緋奈に言われたのは記憶に新しい。
「俺がやってみていいか?」
「うん……」
どうあのぬいぐるみを取るか思案する社にそう言って場所を譲ってもらい百円玉を投入する。
こんな短いスパンでまたお前と対峙することになるとはな。今回もさくっと取らせてもらおう。
「あれでいいんだよな」
「う、うん」
狙うぬいぐるみを確認すると、社は困惑しながらも小さくうなずく。
ボタンを押しアームを動かし、ぬいぐるみの中心よりややずらしたところで降下させる。「あ……」と、後ろの社が微かに声を漏らしたがこれは狙い通りだ。
あのぬいぐるみには、頭の部分に紐がついている。本体を持ち上げるよりもあの紐の輪っかにアームを通すことができれば──。
「え! 凄い!」
こんな風に簡単に持ち上げることができる。引っ掛かりが甘いと途中で落ちてしまうこともあるが、今回はしっかり出口まで運んできてくれた。しかも二つ。……これは偶然です。
取れたぬいぐるみを社に差し出す。
「いいの?」
「おう。家に同じのあるからな」
持ってるのは妹の緋奈だけど。
「あ、ありがと……。香西君UFOキャッチャー得意なの?」
「どうだろうな……。人に誇れるような腕前ではないことは確かだ」
「でも、二つも取れた。私絶対取れないって思ったもん」
「取り方さえ覚えれば社もできるようになるぞ」
多いとは言えないが何度かUFOキャッチャーで遊んでる俺に対して、社は今回が初めてだった。
つまり俺の方ができるのは当たり前。社ならちょっと練習すれば俺よりもはるかに上手くなるだろう。
それにUFOキャッチャーが上手いからといって役に立つことなんて滅多にない。飛び抜けて上手いならその限りではないだろうけど、俺は中途半端だからな……。
自嘲気味に笑って社の視線から目を逸らす。
と、隣台の影から女の子が顔を覗かせているのに気付いた。俺と社の前にこの台で遊んでいた女の子だ。
「どうしたの?」
「あ……いや」
俺の視線を追うように社は後ろを振り向く。
すると自分よりも大きい二人と目が合って、女の子は怯えるように身を隠してしまった。
「……香西君、ちょっと待ってて」
そう言って女の子の方に近づいていく社。膝を曲げて女の子と同じ目線になると、柔らかい笑みを浮かべてさっき取ったぬいぐるみを女の子の前に差し出す。
「驚かせてごめんね。お詫びに好きな方のぬいぐるみあげる」
「い、いいの……?」
「もちろん。あのお兄さんもごめんねって言ってるから」
恐る恐る顔を覗く女の子に、俺も小さく頭を下げた。
「でもお姉ちゃん……これ欲しそうだった」
どうやらあの女の子は、社がプレイしていたのを見ていたようだ。
「うん。でもお姉ちゃんとお兄さん一つだけでよかったんだ。もしかしたらこの子、あなたに会いたくてついて来ちゃったのかも」
「そうなの!?」
「きっとそうだよ。大切にしてくれる?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
社からぬいぐるみを受け取った女の子は大事そうに抱きしめると笑顔で手を振って去っていく。
その背中を見送った俺と社は、ゲーセンから離れることにした。
「せっかく取ってくれたのに……勝手なことしちゃった」
「いやいいけど……、社は大丈夫だったのか? 女の子にあげた方が欲しかったんだろ?」
「まぁ、本音を言えば、ね。香西君も私に合わせてくれてありがとう」
眉尻を下げて笑った社。でもその表情に未練や後悔はなく、むしろ清々しさを感じる。まるでああするのが普通だったと言わんばかりに。
妹がいる俺は、たとえ自分が欲しい物でも妹が欲しいと言えば譲ることをためらわない。が、それはあくまで身内で、俺が兄だからだ。
さっきの社のように、小さな女の子とは言え見ず知らずの子のために我慢するなんてことは多分できない。
どうして社は、自分が我慢してまでぬいぐるみを譲ったのだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、社は前を向いて話を始めた。
「実はね、私のおじいちゃん近所の子供達に柔道を教えてて、それのお手伝いをすることがあるんだ」
「へぇ。偉いな」
「全然だよ。昔は私も教えてもらってたけど、教えたりできないし。今は休憩中の給水だったり、大会の付き添いだったり、裏方のお手伝いが多いかな」
「それでも簡単なことじゃないと思うけどな」
俺にはスポーツの経験はないが、そういう役割を担う人も必要なはずだ。いわば光を目立たすための影の存在。もしかして社も幻のシックスマンなのか……? まぁ社は何をやってても輝くだろうけどな。
それにしても社の運動神経の秘密はここだったか。
「ふふ、ありがとう。そのお手伝いのおかげで自分よりも年下の子達の面倒を見る機会があるの。私一人っ子だから、妹とか弟がいたらこんな感じなのかなーって思ったりしてるんだ。勝手に、だけどね」
だから、見知らぬあの子にもあんなに優しくできたのか。
もしも社に本当の妹や弟がいれば、その子はきっと幸せ者だろう。
「あ、それと、別にこっちのぬいぐるみが嫌ってわけじゃないよ」
「ダル猫好きだからか?」
「それもあるけど……。これ、香西君が取ってくれたから」
そう言って社は、両手で大事そうにぬいぐるみを抱きしめる。
「絶対、大切にするね」
こんな彼女を持った俺は、架空の妹や弟の何倍も、幸せ者なのかもしれない。
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