※56
ベンチに座って香西君のスマホを開くと、さっき撮った写真が画面に表示された。
大きなダル猫だけを撮った写真、私とダル猫のツーショット写真、香西君とダル猫のツーショット写真、そして、ダル猫を挟んで私と香西君が写っている写真。
「よかった……」
一通り写真に目を通した私は、ほっと息を吐く。
普段私は写真を撮ったり撮られたりしないから、ブレていたり変な顔になってないか心配だった。
本当はすぐ確認したかったんだけど、このスマホは香西君のだから、私がずっと持ってるのも変だしね。
でも、香西君ってあんまりそういうこと気にしないのかな……? パスワードもつけてないみたいだし、簡単に私に渡してくれるし……。無用心なのか、信頼してくれているのかちょっとわかんないなぁ。
知らない香西君の一面を知れたことを嬉しく思いながら、今一度写真に目を通してみる。
そこで私は、あることに気づいてしまった。
「……似てる?」
ダル猫と香西君のツーショット写真。この眠たそうな香西君の表情とダル猫の可愛らしい垂れ目がどことなく似ている。
もしかして高一の頃から香西君のことが気になってたのってこのせいなのかな……。いやでも、私がダル猫のファンになったのは高一の終盤で、その頃にはもう香西君のこと……。
と、ということは、逆ってこと? 香西君がダル猫に似てるんじゃなくて、ダル猫が香西君に似てるのかな? それで私はダル猫のファンに……。
「言ったら香西君怒るかも」
怒った香西君か……あんまり想像できないなぁ。
学校にいるときの香西君はなんかふわーってしてて、いつも眠たそうにしてるし。授業中にぼーっとしたり、寝たりするのはあんまり感心しないけどね。
まぁそんな香西君だから気になっちゃったわけで……。
「もっと香西君のこと知りたいなぁ」
画面の香西君に指で触れてみる。
せっかくのデートなのに、香西君はあんまり楽しくなさそう。まだ遅刻したこと気にしてるのかな? 私も遅刻すればよかった。初めてのデートだから香西君にも楽しんでほしいな。
「緋奈ちゃん次はどこにいきますか?」
「ちょ、ちょっと休憩しようよ……」
そんなことを思いながら香西君の写真を見つめていると、隣のベンチに制服姿の女の子が二人でそこに腰掛けた。
白色のブレザーに紺色を基調としたチェック柄のスカート。あれは桜井女子学園中等部の制服かな。通学のときよくすれ違うから見覚えがある。
「おとちゃんは疲れてないの?」
「はい、緋奈ちゃんと遊ぶの久しぶりですし、楽しくて」
「それは嬉しいけど……、ちょっと飛ばしすぎだと思うな」
「そうですか? 私は全然平気です。時間は有限ですし、次いつ緋奈ちゃんと遊べるかわからないので、緋奈ちゃん成分をしっかり補給しとかないと!」
「鼻息があらいし目が怖いよ……」
あの二人仲良さそうだなぁ。私はあんな風に話せる友達がいないからちょっとだけ羨ましい。
「あ、これさっきのぷりくら? の写真です」
「うんありがとう」
「なんか目が変じゃないですか?」
「多少加工されてるのがプリクラだからね。スマホでもこの写真ダウンロードしたから今から送るね。……あ、間違えてお兄ちゃんに送っちゃった」
手に持っていたスマホにメッセージが送られてきたとの通知が届く。どうやら香西君の妹さんかららしい。もちろん内容は見ていない。
妹さんはたしか、料理が上手でダル猫が好きって香西君が言ってたような。
「緋奈ちゃんって名前なんだ」
続けて届けられた通知には『妹緋奈さんからのメッセージ』と書かれている。
間違って見ちゃうかもしれないからもうスマホはしまっておこう。
画面を暗くしてカバンの中に入れ、ちらりと横を見てみると、女の子の一人がじっーと私のことを凝視していた。おでこの真ん中で髪を左右にわけた上品な女の子だ。
「……?」
普段から人の視線は感じるけど、ここまで堂々としたのは意外と初めてだったりする。
大体の人は、目を合わせるとすぐそらしたりごまかしたりするはずなのに、この子は真っ直ぐに私の目を見つめ返してくる。
「……可愛い人。舞鶴高等学校の社奏さんにとても似ています」
「っ!」
その子がこぼした独り言に私は息をつまらせる。
この子今、間違いなく私の名前を口にした。でも私はこの子のことを絶対に知らない。
同じ学校の人ですらほとんど知らないのに、他の学校のしかも年下の子の知り合いなんて私にいるはずがない。
「ど、どうして私の──」
「おおおおとちゃん!」
真意を確かめたかったけど、もう一人の女の子が慌てた様子で立ち上がると、私を凝視していた女の子はそっちを向いてしまう。
「ダル猫の部屋でドデカぬいぐるみの写真が撮れるんだって! 行こう!」
「おぉ元気になりましたね。でもあそこにはお兄さんが……」
「おとちゃんは私のお兄ちゃんのこと嫌い?」
「き、嫌いではないですよ? でも今日は私と遊ぶ日だから……」
「よかった! 多分お兄ちゃんは同じとこに長居しない人だからもういないと思うよ。おとちゃん一緒に写真撮ろうね!」
「は、はいっ! 私は幸せ者です!」
「あ……」
そして風の如く去っていってしまった……。
ダル猫の部屋というのは、さっきまで香西君と私がいたダル猫グッズ専門店の名前だ。どうやらもう一人の黒髪の子は私と同じでダル猫のファンだったみたい。
「え……?」
二人の背中を目で追っていると、おとちゃんと呼ばれていたあの子が振り返って、口元に人差し指を当て微笑を浮かべた。まるで何かを見透かしたように。
「なんだろうあの子……」
「すまん社、待たせた」
「ひゃっ……!」
あの子に気を取られていたせいで逆方向から帰ってきた香西君に全く気づかなかった。おかげで変な声が出ちゃったよぅ……。
「す、すまん……」
「い、いいよ。これで三回香西君の方が多い」
ここで二回と、写真を撮るとき店員さんに言ってたすいませんの分。
「……だな」
少し間を開けて返事をした香西君。どうやら、一瞬何のことを言ってるのかわからなかったみたい。朝のあの勝負はまだ終わってないよ?
こう見えても私は負けず嫌いだ。
誰かと競い合う機会は少ないけど、勝ち負けがつくことなら極力負けたくない。だから、氷上さんとの勝負は手を抜かないようにしている。これはおじいちゃんの教えだ。
「他に行きたいとこあったりするか?」
「次は香西君の行きたいところでいいよ。あ、スマホありがとう。写真あとで送ってね」
「おう、任せろ。俺の行きたいところか……。っ!」
香西君からの提案に小さく首を振り、ベンチから腰を上げてスマホを返す。そしてそれとなく香西君との距離を詰める。
実は、電車の中でのことを思い出しちゃって今日はあまり香西君に近づけていない。あのとき思わずギュッと香西君の胸に顔を押し当てちゃったけど、私と同じくらい香西君もドキドキしているのがわかった。
でも、デートの約束をした放課後の帰り道。香西君は……嫌じゃないって言ってた。だから、あのドキドキは、私と同じで、嬉しいドキドキだと……思う。
「とりあえず……歩こ?」
「お、おう」
これなら香西君も楽しくなるかな?
そんな言い訳を心の中でする私。本当は、ただ私が香西君と近づきたいだけ。
ちらりと盗み見る横顔。……やっぱりちょっとだけ似てるかも。
「ふふっ」
「どうした?」
「ううん、何でもないっ」
これを伝えるのはもうちょっとだけ先にしよう。
今は、私だけの楽しみだ。
読んでいただきありがとうございます!
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