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店近くのベンチに座って社を待つことしばらく、頭に瑠璃色のお団子を携えた社が、店からひょっこりと姿を現した。
きょろきょろと辺りを見回す社に、腰を上げて小さく手を振ると小走りでこちらにやって来る。
「待たせちゃってごめ……。えーと……待った?」
社さん、自分が作ったルールに苦しめられてるなぁ。俺は全く気にしてないけど、真面目な社のことだ、一度決めたことは突き通さなければ気が済まないのだろう。ファミレスの会計のときもきっちりしてたし。
「全然。むしろ俺の方が待たせてるからな」
俺の自虐に、社はむっと眉根を寄せてジト目になる。半分冗談ですよ?
「……それより何買ったんだ?」
気を取り直して、社が持っている紙袋に目をやって聞くと、それを胸の前で掲げ、嬉しそうに中身を見せてくれる。
「モバイルバッテリーだよ。スマホ忘れたって言ったでしょ? 実は今日の朝充電できてなくて電池切れてたんだ……。だから、これがあれば安心かなって」
「そうだったのか。あれば便利だもんな」
俺もだいぶ前に安物を買った覚えがある。
まぁ買ってから数回程度しか使ってない。しかも家の中で。
外ではあまりスマホ触らないし、外出するときは基本バイトだからな。スマホの電池なんて切れたことがない。
「うん! それに可愛いんだよ。見て見て」
モバイルバッテリーの形にも色々あるだろうが、今回社が購入したのは円筒形の物のようだ。
色は社の髪の色とほぼ同じで、猫の肉球の模様と小さいダル猫のシルエットが白色であしらわれている。
そんな説明を嬉しそうにしている社。あぁこれはたしかに可愛い。この笑顔はずっと見てられるな……。
「香西君? 聞いてる?」
ダル猫よりも社の方が可愛くて見惚れてしまっていた。
もしも社が訪問販売に来たら、俺は全商品買ってしまう自信がある。
「お、おう。可愛いな」
社が、とはもちろん言えるはずもないけど。
俺の真意なんて伝わるはずもなく、社はえへへと笑って紙袋を下ろした。
「あ、あのね、香西君。実は、お願いがあって」
「な、なんだ?」
そんな社が、紙袋を持った手をもじもじさせながら上目遣いになる。
「さっき店の中見てたら大きいダル猫のぬいぐるみがあって、写真撮れるみたいだったから、その……」
「……撮りたいのか?」
そう聞き返すと社は、ちょっと間を置いて、口をつぐみ小さく首を縦に一回振った。
もしかしたら社のダル猫愛は、緋奈に負けず劣らず相当なものなのかもしれない。好きなものには積極的になるようだ。
美少女二人にモテモテのダル猫を軽く尊敬しながら、ポケットのスマホを取り出す。
「好きなだけ使っていいぞ。写真はあとで送るから」
楽しそうな社の姿をそのスマホに収めたいぜ! なんてきもいことを考えながら社にスマホを手渡す。
それにしてもダル猫のでかいぬいぐるみってどれくらいのサイズなのだろうか。この前緋奈と来たときは、そんな目立つようなものはなかったような気がする。
「か、香西君」
「ん? あぁ、カメラの使い方か。俺パスワードつけてないから自由に使えるぞ。社のスマホと同じ使い方だと思うけど」
「そ、そうじゃなくて! えーと、い、一緒に撮りたい……ダメ、かな?」
「お、俺と一緒に? 邪魔じゃないか?」
「そ、そんなことないよ! 私は香西君と撮りたいな。その、今日って初デートだから、思い出とか……残したい……なんて」
尻すぼみになっていく社の声。前髪を整えながらちらちらと俺の目をのぞいてくる。
「……そうだな。せっかくだし二人で撮るか」
「う、うんっ」
社からスマホを受け取って、ダル猫のお店に二人で戻ると、店の奥にダル猫の大きなぬいぐるみが置いてあるのが確認できた。
どうやらあれは売り物ではないらしく、触るのも撮影するのも自由にしていいようだ。今は、他のお客さんが女の店員さんに写真を撮ってもらっている。
それにしても社の誘いをよく冷静に対処したな、俺。本当は心臓バクバクの顔アツアツですよ。
多分俺は、社の仕草に慣れるなんてことはない。社と会うたび、向かい合うたび、話すたびに緊張するだろう。
だから、これはそういう病気だと思って対処するしかない。慣れるのはもう……やめた!
「次の方、よろしければ撮りますよ」
しかしこの段階でこんな状態じゃ先が思いやられるよな。買い物する社を待ってたのも、緊張を鎮めるためだったし。
社はこんな俺をどう思ってるんだ? やっぱりいい印象ではないよな……。でも、積極的すぎたら社が嫌がるかもしれない。そもそもそんな甲斐性俺にはない……。
「香西君……?」
「……ん?」
「店員さんが撮ってくれるって」
「あ、す、すいません、お願いします!」
「いえいえ」
努力するって決めたのに何も変わってないな……。まぁ昨日の今日で変わるわけもないか。
そんな反省をしながら、笑顔の店員さんにスマホを渡して、ドデカダル猫を挟むように俺と社は位置につく。
「では撮りますねー!」
パシャリとシャッター音が鳴って、店員さんは撮れた写真を確認し「これで大丈夫ですか?」と、俺と社にも写真を見せてくれる。
俺はいつもの眠なそうな顔で、社は女神のような天使の笑顔だ。むしろ超えてるまである。
社も満足しているのか、微笑みながら小さく頷いた。
「はい、ありがとうございます。あ、彼女一人で撮ってもいいですか?」
「っ……!」
「いいですよー。ではごゆっくり」
待っている人はいないし、社とダル猫のツーショットをこのスマホに収めよう。社も多分欲しいだろうし。
いや勘違いするなよ? 社のためであって決して俺のためじゃない。断じて俺のためじゃない!
「よし社、ダル猫の隣に……、どうした?」
カメラを構える俺の隣では、なぜかそわそわしている社がいた。
「い、嫌だったか?」
「ううん撮りたい! 私が終わったら次は香西君の番ね」
「いや俺は別に……」
「わ、私ばっかりずるいと思うから!」
「お、おう」
社の気迫のおかげで俺とダル猫のツーショットも決まり、手短に撮影を済ませた俺たちは、店をあとにした。
「社、俺ちょっとトイレ行きたい」
「うん。じゃあ……あそこのベンチに座ってるね」
「あ、これさっきの写真。まだ見てないだろ? 帰ってくるまで見といていいぞ」
スマホを社に渡して、俺は来た道を戻る。
トイレに行きたいのは半分本当で、半分は別の目的のためだ。
男一人でこの店に入るのは、ちょっとした勇気が必要だな。社を待たせてるし、さっさと用事を済ませてしまおう。
「あの、すいません。表のショーケースに入ってるものが欲しいんですけど」
この考えは安直すぎるだろうか。いや、これが今の俺にできる最大の償いだろう。それに、初デートの思い出にもなるはずだ。
「はい。こちらでよろしいですか?」
「はい。えーと……プレゼント用に包装とかできますか?」
「もちろん可能ですよ」
対応してくれているのは写真を撮ってくれた女の店員さんで、このプレゼントを誰に送るのか見透かされているような気がしてならない。さっきと同じ笑顔のはずなのに、どこか生暖かさを感じる。きっと俺の考えすぎだな。うん。
包装してもらっている間に会計を済ませ、買った物を受け取る。
この案を思いついたのはこの店に来てすぐだ。きっと遅刻していなければ思いつかなかっただろう。
しかしこれを渡すだけが社へのプレゼントではない。今日、友達から恋人になるために心に誓っていることがある。むしろそっちの方が大事だ。
「喜んでくれるだろうか……」
ちょっと不安になってきちゃったな。このプレゼントで大丈夫だったかな。もっと色々あったんじゃ……。
慣れないことをするもんじゃないな。こんなことするのは最初で最後だ。
その相手が社で……よかったかもしれない。
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