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電車を降りた俺と社は、改札を抜け、駅から徒歩数分で着く大型ショッピングモールへと足を向けた。
隣を歩く社は、電車を降りたあたりからやけにご機嫌で、頻りにお団子ヘアーを触っている。よほどここに来るのが楽しみだったのだろう。
社の嬉しそうな横顔を見ると、遅刻のことは本当に気にしてないように見える。が、それでふぅーよかったー! と、納得するような俺じゃない。
失敗は失敗。迷惑をかけたのだからその埋め合わせ、謝罪を形にしないと気が済まないのだ。
まぁ、斗季のように長い付き合いで、お互いにしょっちゅう迷惑をかけ合っているのなら話は別だけど。
さて、社にどう償いをするべきか……。
「ご飯どうしよっか?」
なんて考えている俺の顔を覗き込むように、隣の社がこてっと首を傾げた。
「そ、そうだな……」
その無自覚な可愛い仕草に心揺さぶれつつ、ちらりと周りを見渡してみる。
ショッピングモールにはフードコートがあるし、その周辺にも飲食店は沢山あって、正直どこに行くべきなのか迷う。
「社は何が食べたいとかあるか?」
「どこでもいい……って言ったら困るよね。うーん……。どこで食べるか決めてくればよかったね」
「だな……。次からはそうするか」
「っ! う、うん次はそうしよう!」
今回の初デート反省点多すぎません? まだ始まったばかりですよ?
前髪を整えながら小さく微笑む社を横目に、俺は店探しを続行。
カフェは昼飯で行くような場所じゃないし、初デートで中華料理屋はハードルが高いし、ご飯おかわり自由の定食屋さんも初デートの初飯ということを考慮したら、なんとも味気ない。
かと言って、ビルの中にある豪華なレストランに行けるほどの金銭的余裕はないわけで……。というか高校生だけじゃ入れてもらえなさそう。いつかビッグになって絶対入ってやる!
と、売れないバンドマン風に固く決意して、さらに視線を巡らせる。
「ファミレスとか……どうかな?」
ファミレスか。俺も社もあまり行かないとはいえ、先週の勉強会のときに行ったしな。
「……いいのか?」
しかし、提案してきたのはその社だ。社の目線の先にはファミレスがある。
「うん。この前行ったとき美味しそうな料理いっぱいあったから、違うものも食べてみたいな。香西君は食べたいものとかあるの?」
「俺も特にないな。それなら、ファミレスにするか」
社の提案に乗らせてもらい、二人でファミレスに入店。時間帯もあり今回も数十分待つ必要がありそうだ。
すると、名前を書く紙の前でペンを持った社が数秒その動きを止めて、ちらりと俺に視線を送ってくる。
「か、香西君の名前でいい?」
「おう」
やっぱり結構待ちそうだな。上から下まで名前がびっしり埋まっている。
カタカナでカサイと名前を記入した社と空いていたベンチに並んで座って、名前が呼ばれるのを待つ。
「名前書くの嫌なのか?」
「え……いや、そういうわけじゃないけど……。練習というか……」
たまにいるんだよな、ここに自分の名前書きたがらないやつ。偽名ならまだしも、店員さんを困らせるような名前を書くやつは全員精神年齢が五歳以下らしい。知らんけど。
しかし社は、名前を書くのが嫌なわけではないようだ。それに練習とは……? 深く考えても仕方がない。あんまり来ないって言ってたし、慣れてないだけかもな。
「二名でお待ちの香西様」
それからしばらくして、名前を呼ばれた俺と社は席に案内された。
「香西様……」
「ん?」
「な、なんでもない!」
わずかに頬を染めて名前を復唱した社は、胸の前で小さく手を振ってあははと眉尻を下げる。
そんな様子に若干の違和感を覚えながら、俺は、メニューを広げるのだった。
「私ね、行きたいところがあるの……。昨日調べてどうしても行きたくて……ダメ、かな?」
ファミレスを出てすぐ、隣の社が遠慮気味にちょいちょいと俺のシャツの裾を引っ張った。
まるで幼い子供のようなその仕草に、表情が緩みそうなのを咳払いでごまかす。
「ダメじゃないぞ。社の行きたいところに連れて行ってくれ」
「うん! じゃあ行こっ」
人の流れに乗ってショッピングモールに到着し、他の店には目もくれず社に連れてこられたのは、見覚えのあるキャラクターの商品が所狭しと並べられた、見覚えのあるお店だ。
「ずっとここに来たかったんだ」
「お、おう」
今現在女子中高生を中心に人気を博している猫のキャラクター、その名もダル猫。
そのダル猫グッズ専門店が、このショッピングモールに期間限定でオープンしているのだ。
実は、俺がここに来るのは初めてではない。ほら、うちにもいるじゃない? ダル猫大好きな可愛い妹が。ゴールデンウィークに緋奈とここに来たんですよね……。
「い、嫌じゃない?」
「全然大丈夫だ。妹もダル猫が好きでな、一緒に来たことあるぞ」
「そうだったね。えーと、その……見てもいい?」
「おう、存分に。俺は店の前で待ってるから」
店に入るのが我慢しきれない様子の社に小さく笑みを返すと、その何倍もの明るい笑顔で応えてくれた。
店内に入っていく社を見送って、その動向を遠くから見守る。社のキラキラした眼差しは、離れているこの場所からでも十分に確認できた。
社もダル猫好きって言ってたもんな。緋奈に合わせてやったらどうなることやら……。
「こんなもんもあるのか」
奥に消えていってしまった社を目で追うを諦めて、ふと店前のガラスのショーケースに目をやると、他のグッズとは違うオーラを放った物が飾られていた。
「三万て……」
ただの飾りかと思ったが、どうやらこれも売り物らしい。値段を見て絶句したけど。
数量限定のダル猫ネックレスや指輪、ピアスと言ったアクセサリー類がこのショーケースには並べられている。
買えないことはないんだよな。それが怖い。こんなもん緋奈にねだられたらお兄ちゃん破産しちゃうよぉー……。
上から順にショーケースを眺めていると、一番下の段に、上のアクセサリー類とはまた別のものが飾られていた。値段もそこまで高くない。
「あれ、お兄ちゃん?」
すると、後方から声が聞こえてきた。俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは、妹の緋奈しかいない。
振り返るとそこには、制服姿の緋奈と、育ちの良さそうな同じ格好をした少女が立っていた。
前髪をおでこのちょうど真ん中で分けていて、長く伸びた髪の先は、軽いウェーブがかかっている。
「緋奈と……」
「友達の和坂おとちゃん。生徒会の副会長さんで、入学したときから仲良いんだよー」
「こんにちは、和坂おとです。緋奈ちゃんにはいつも仲良くしていただいています」
「こ、こんにちは、緋奈の兄の香西拓人です。こちらこそ緋奈と仲良くしてくれてありがとうございます」
紹介された和坂さんの綺麗なお辞儀に、俺も頭を下げて挨拶を返す。なんて礼儀正しい子なのだろう。雰囲気も上品で、猫で言うとペルシャのような感じだ。
それに比べて俺は、猫に追われているネズミのごとく動揺している。
しかしここでヘマをするわけにはいかない。中学校で生徒会長を務めている緋奈の兄がとんだ愚兄だとバレてしまったら、緋奈の顔に泥を塗ってしまうことになる。もしそんなことしてみろ? 緋奈が今まで積み上げてきたものが全て崩れ落ちるぞ。それだけはなんとか死守しなければ……!
「お兄ちゃんとこんなところで会うなんてすごい偶然だね」
「そ、そうだな。緋奈はなんでここに?」
「生徒会の用事がさっき終わって、おとちゃんと一緒に息抜きに来たんだー」
「はい。緋奈ちゃんにお誘いをいただいて」
「そ、そうですか」
「お兄ちゃんはどうしてここにいるの?」
「あ、えーとだな……」
なんとか毅然に振る舞ってみるも、緋奈の質問に一瞬たじろいでしまう。
そういえばまだ、緋奈には彼女ができたと言ってない。別に隠してるわけじゃなかったんだけど、わざわざ自分から言うのもあれだし。というか、言わなくても緋奈以外の方々にはバレてましたし……。緋奈だけ知らないってのも可哀想だから教えておくか。
「実は──」
「緋奈ちゃん、先に写真を撮りに行きましょう」
「え、ここに来たかったんじゃ……」
「今、無性に写真を撮りたくなりました」
「それに写真じゃなくて、プリクラだよ?」
「ぷりくら? まぁなんでもいいです。早く行きましょう」
「うん……。じゃあお兄ちゃん、晩ご飯までには帰ってこないとダメだよ!」
「お、おう」
俺と緋奈の話を遮るように、間に割って入ってきた和坂さん。そのまま緋奈の背中を押してこの場から離れていく。
「っ……」
その間際、まるでライオンのような眼光を向けられ背筋が寒くなった。
なんだあの子……? 何か不愉快な思いでもさせてしまったのだろうか。緋奈に被害が及ばなければいいけど……。
そんな心配を胸に、俺は店内にいる社を外から探すのだった。
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