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次の日の昼休み。
今日こそ社と昼飯を……と思っていたが、昨日に引き続き、社はクラスメイトたちに囲まれている。
近づける気もしないので、今日は久しぶりに一人で飯を食べよう。
「……移動するか」
俺も、昨日に引き続き、男子からの視線が痛い。
ここだと、妹特製のおいしい弁当がまずくなっちまうぜ……。
ぶらりぶらりと弁当片手に食堂に向かってみるも、人が多いし、チラチラと視線も感じる。
俺の自意識過剰かもしれないが、ここもダメそうだ。
保健室は……、さすがに二日連続ってわけにもいかない。そもそも戸堀先輩には、あまり来るなと言われるし。
なら、どこで食うかね……。
悩みながら食堂近くの非常階段を上り、たどり着いたのは、社のお気に入りの場所。
もしかして、社もこの場所を見つけたときは、こんな感じだったのだろうか。
小窓から入る小さい日光が唯一の明かりで、全体的に暗い。
ここにくればいつも社が待ってくれているのだが、その姿は、当然ない。今頃、教室で質問攻めにあっているはずだ。
それにしても、ここってこんなに広かったのか。
いつも社と二人だし、並んで座るから、そこまで広くは感じなかった。
社といると緊張するからな。視野が狭まる。
「まだ、一ヶ月くらいしかたってないんだよな」
ここで初めて社と話したのは、ちょうどそれくらい前のはずだ。
たしかあのときは、社に連れてこられたんだっけ。まさか一年もの間、社がここで昼飯を食べてたなんて、思ってもみなかったけど。
「ふふーんふふーん、今日のおかずは昨日の残り〜……。こんなんだったっけ」
ここで社を見つけた日に聞いた、おそらく社先生作詞作曲の歌。
あの日以来聞いてないけど、きっと二曲目を作っているに違いない。
社先生の次回作に乞うご期待!
選択科目で音楽を選んでいる俺だが、特に歌が上手いわけでも、楽器ができるわけでもない。
選択肢が、音楽か書道の二つだったから前者を選んだだけである。
ちなみに音楽の成績も3だ。
って、何浸ってんだよ、俺。まだそこまで時間たってないだろうが。
自分を鼻で笑い、脇に置いた弁当を膝に乗せ、綺麗な結び目を丁寧に解く。
と、そこで、忘れ物に気づいた。お茶がない。
カバンから取り出したのは覚えてるのだが……、逃げるように教室を出たからな、机の上に置きっぱなしにしてきたか。
めんどくさいけど、取りに行くしかない。
「お茶っお茶っ──」
社先生の歌を口ずさみながら腰を上げたそのとき、ゴンッと、鈍い音が響いた。
音のした方に視線をやると、顔を真っ赤にして目を見開く美少女が、そこに立っているじゃありませんか。
「……うっす」
俺が軽く会釈をすると、その美少女は目を泳がせながら、落とし物である見慣れた水筒に手を伸ばし、それを拾い上げる。
ひょっとして、今の聞いてたのかな……。
だとしたら恥ずかしいよね、お互いに。
「い、今の……と、とっても、個性的で、ぱ、パーソナリティあ、溢れる……歌、だね」
「落ち着け社、悪気はなかったんだ。ごめんなさい」
先生ご本人の登場である。
今にも泣きそうで、か細い声に、俺は全力で頭を下げるのだった……。
「……悪いな、水筒持ってきてもらって」
数分後、なんとか落ち着いた社を隣に座らせて、持ってきてくれた水筒を受け取った。
目の端に涙を溜めて頬を膨らませる社は、俺に水筒を渡すと、ぷいっとそっぽを向く。
「社……?」
「……せっかく香西君とお昼ご飯食べれると思ったのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってませんでした」
「わざとじゃないんだって……。あのときのこと、思い出してただけなんです」
落ち着いたのはいいものの、社さん、完全にへそを曲げていらっしゃる。
まだ顔がほんのり赤いのを見ると、恥ずかしさの方が大きいのかもしれない。
「あのときも聞いてないって言って、私をからかったもん」
「それは……」
「香西君はやっぱりいじわる。……ふん」
自分の弁当を膝に乗せて、テキパキと昼食の準備を始める社。どうやら、一緒には食べてくれるようだ。
全然こっちを見てくれないのに軽くショックを受けつつ、俺も両手を合わせて、弁当に箸をつけた。
黙々と箸を進め、弁当を食べ終えたところで、どんよりとしたムードに耐えられなくなった俺は、咳払いを一つして、社の横顔に声をかける。
「や、社……その、ごめんな。ほんと、わざとじゃないんだ」
「も、もういいよ。わ、私も、その、恥ずかしくて。あと、水筒……落としちゃってごめんなさい。壊れてない?」
さっきまでの態度が嘘のように、肩をしゅんとさせた社は、弱々しい視線で俺の目を覗き込んでくる。
「大丈夫だ。それにしても、よく気づいたな」
「今日は絶対香西君とお昼ご飯食べようと思ってて……でも、香西君もういなくて、机の上に水筒だけ置いてあったから、持ってきたの」
「あー、なら、待っとけばよかったな。俺も社と食べたかったし」
「香西君もなんだ。嬉しい」
よかった。いつもの社だ。あの歌は封印だな。次作も期待しないでおこう。
言葉通りの嬉しそうな笑みを浮かべた社に、俺も小さく笑みを返す。
「昨日は一緒に食べれなかったからな」
「ごめんね、私のせいで……」
「いや、せめてるわけじゃないぞ。みんな、社のこと気になってたみたいだし、今はこの波が収まるのを待とう」
社と自由に話せないのは残念だけど、社がクラスメイトと楽しそうに話しているのを見るのは、嫌いじゃない。
社がこの状況になった原因は、今まで男を寄せつけなかった社に、彼氏ができたからである。
ただそれは引き金に過ぎず、元々社に興味を持っていた人は少なからず……いや、ほとんどの人が持っていたはずだ。
文武両道、容姿端麗で、クラスの委員長まで務めてくれる優等生にもかかわらず、友達も恋人もいない孤高の存在。こんなの、興味を持たない方がおかしい。
教室でちらちら聞こえてくる話の内容も、ほとんどが、社への質問だったりする。
「うん……。でも、香西君と話せないのは、寂しいな」
今日はまぁ……なんというか、軽い事故があったせいでほとんど話せなかったが、明日は、ほら……昨日約束したあれがある。
「……今日の分は、明日、だな」
「うん、デートだもんね」
「っ……。だ、だな」
言って、肩が触れるほどの距離まで社が寄ってきたのには驚いたが、それよりも、嬉しそうに笑う社の笑顔に、心臓が飛び出しそうになる。
ほんとよく笑うよな、社って。
弁当を食べ終えた社は、両手を合わせたのち、丁寧に弁当箱を片していく。
その様子を横目にスマホで時間を確認してみると、そろそろ教室に戻った方がいい時間になっていた。
前までは別々で教室に戻っていたけど……、今はどうするべきなんだろうか。
付き合ってることが公になっているとはいえ、あからさますぎるのもな……。
「あ、あのね、香西君」
「ん、どうした」
「今日ね、横……、クラスの子に言われたんだけど……、その、お互いの呼び方について」
なんて考えてたら、あからさますぎる問題がきちゃったよ……。
誰だよ、社にそんなこと言っちゃったやつ。いやもう答えは出てたけど。展開が早すぎるよ!
「よ、呼び方か……」
呼び方といえば、高校二年になってすぐ、社のことをフルネームで呼んでたら、やめろと注意されたっけな。あれもまだ一ヶ月前か。
「どう、しよっか」
前髪を触りながら、ちらちらと視線を送ってくる社の目には、どこか期待も込められているような気がした。
まぁ……普通に考えて名前呼びだよな。ニックネームとか考えるの苦手だし。
でも……急に変えるのは、ちょっとな……。
「……無理に変えなくても、いいんじゃないか?」
決心ができず、逃げの回答をしてしまった。
「そ、そっか……。うん、だね」
社のために努力とすると決めたばかりなのに、この体たらく。
期待を裏切られた社は、ぎこちない笑みを浮かべている。
「……すまん」
今日は、社に謝ってばかりだ。
読んでいただきありがとうございます!
誤字報告感謝です。
更新遅くて申し訳ないです。




