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 場所は、駅近くにあるコンビニのイートインスペース。

 飲み物を二本買って、カウンター席に夢前川と並んで座っている。

 妹の緋奈には、バイト先の人と話があるからご飯の準備は自分でやるとメッセージを送った。これで、俺を待つことはないだろう。

 さて……、夢前川の話を聞こうか。


「まずはごめんなさい。さっき失礼なことを言ってしまって……。それと、いきなり変なことを言ってしまって」


 失礼なことは普段から言ってるよ? さっきだけじゃないのわかってる?

 まぁ今はいいや。気になるのは、変なことの方だ。

 夢前川の口から合コンという単語が出てきただけで十分驚いたのに、まさか、続けてその合コンに誘われるなんて、誰が予測できるのか。


「それはいいけど……。それより、今日はどうした? 元気がなかったように見えたんだが」

「き、気付いてたんですね。……実は、その相談をしたくて先輩を待ってたんです。バイトが始まる前も待ってたんですけど、今日は遅かったですし」

「あぁ……すまん」


 放課後は社と一緒に帰ってたからな。

 社を家の近くまで送ったら、休憩所で時間を潰そうと思ってたんだが、社に『もうちょっとだけ一緒にいたいな……ダメ?』なんて言われてしまったからな。時間ギリギリまでひたすら歩いてたよ。

 どうやら、夢前川の元気がない理由は、その相談ごととやらに直結しているらしい。


「いや責めてるわけじゃないんです。こっちの都合なので」


 両手を小さく振って苦笑いを浮かべる夢前川は、またため息をつく。


「……無理やり元気を出そうとしてもダメでしたし」


 元気を出す方法について異議を唱えたい。

 この子、俺をカラオケで使うマイクだと勘違いしているのかい?

 ……それも今は置いといて、夢前川が俺に相談したいなんてよっぽどのことだ。

 バイトに入りたての頃に比べれば、そこそこ会話できるようにはなってきたが、別に仲がいいわけではない。

 私的なことを聞けば嫌な顔はされるし、バイト中は目が合うだけで睨まれるし、休憩が一緒になっても喋らない日だってある。

 そんな夢前川が俺に相談……。喜んでいいのか微妙なラインだな。


「とりあえず、これ」


 そんなことを考えながら、買ってきた飲み物を夢前川に差し出す。


「え、いいですよ。話聞いてもらうのは私なんですから」

「遠慮するな。待たせたお詫びだ。それに、俺は二本も飲めない」


 俺はいちごオレで、夢前川にはお茶を買ってきた。

 素直に受け取らないのは想定済みだったので、適当に理由をつけ夢前川の前に置き、自分のいちごオレにストローをぶっ刺し口をつける。

 置いたお茶を申し訳なさそうに受け取った夢前川は、カバンの中から小銭入れを取り出した。


「お金は返します」

「いやいいって。勝手に買ってきたの俺だし。それより話あるんだろ? そっちの方が気になるんだけど」


 無理やり話をそらしたのを不服に思ったのか、夢前川は眉を寄せて俺を睨んでくる。

 取り出した小銭入れは、緋奈と色違いのダル猫グッズだ。


「……先輩ってお金にルーズですよね」

「そ、そうか?」

「無駄遣いは控えた方がいいと思いますよ」

「気をつけます……」


 後輩からお叱りを受ける先輩が、そこにはいた。

 というか、俺だった。

 夢前川から先輩扱いされるのはだいぶ先になりそうだな……。


「何で先輩は、そこで素直になるのかな……。これじゃ私が悪いみたい」


 消え入るようなトーンで言った夢前川は、そっぽを向いて口をつぐむ。


「まぁ、今日のは気にせず受け取ってくれ。今後は控えるから」


 俺の長所はすぐに謝るところと、すぐに反省をするところだ。

 父親から受け継いだこの腰の低さと、言われたことを忠実に守るこの扱いやすさ。

 将来スーパー社会人になれるのは確定だな。エリートすぎる自分が恐ろしいぜ……。


「そ、それじゃあ、大事にします……」


 小銭入れと一緒に、お茶もカバンにしまう夢前川。

 いや飲んでくれると嬉しい。大事にしないで。


 仕切り直すように咳払いをした夢前川は、「では、さっきの続きなんですけど」と、いつもの様子で話しを始めた。うん、元気も出たようで何より。


「実は今度、友達が合コンをするらしくて」

「この前駅にいた子たちか?」

「はい。って、よく覚えてますね。もしかして誰か狙ってるんですか? やめといた方がいいですよ。あの子たちみんな可愛くてお金持ちで育ちもいいですし、先輩なんか相手にされませんよ。身の程を知ってください。というか私の友達をそういう目で見ないでくれますか? 最低です」

「俺はまだ何も言ってないぞ……」


 たしかに夢前川の友達は、みんな華やかで育ちのよさがにじみ出ていた。そのおかげで、なんとなくだがその子たちのことを覚えている。

 もちろん、その子たちをそういう目で見てないし、自分の身の程は、十分わきまえているつもりだ。

 ……しかし夢前川よ、よくそれで俺を合コンに誘おうと思ったな。それはもう来るなってことだぞ? 


「話がそれました。その友達が行く合コンに、私も行くことになったんです。本当は、全然興味なんてないんですけど……」


 そこで一旦言葉を区切った夢前川は、恥ずかしそうにちらちらと俺の方を見てくる。


 そう、俺が驚いたのはそこなのだ。

 本人が言うように、夢前川は、まるで恋愛ごとに興味がない。

 バイトの休憩中、わざわざあの休憩所に足を運んでいるのは、他部門の人たちから、それ関連の話を振られるのが嫌だかららしい。


『私の学校女子校ですし、話し合わせられなくて空気を壊すのも申し訳ないですから。……それに、ここの方が居心地はいいので』


 テスト前のバイトの休憩中に、唯一話したのがこれだった。

 たしかにあの休憩所は、人が来ないし、いい場所だ。夢前川と意見が合うのはそこだけだな。

 それより、恋愛ごとに興味のない夢前川が、なぜ合コンに赴こうとしてるのか。

 いくら興味がないとはいえ、合コンがどういった目的で開催されるのかくらいは、夢前川もさすがに知っているはずだ。


「その……みんなで集まるのが、久しぶりなんですよ。私はバイトがありますし、他の子も習い事や部活があって、なかなか時間が合わないんです。合コンとはいえ、久しぶりにみんなと遊べるので……私も、行くんです。ほ、ほんとに合コンには興味ないですから!」

「お、おう、合コンに興味がないのはわかった」


 後半、前のめりになりながらすごい睨まれた。怖かったよぉ……。

 短く息を吐きながら元の位置に戻った夢前川は、カバンから飲みかけのお茶を取り出し、一口あおる。

 自分のお茶あったんだね……。

 どうやら夢前川の目的は、合コンよりも、久しぶりに友達と遊ぶことのようだ。


「知らない男の人がいるのは、ちょっと嫌なんですけど……」

「だから、あのため息だったのか」

「はい。……というか、それも見てたんですか、仕事してくださいよ」

「そりゃ、あれだけやられたら気になるし、嫌でも目に入るからな。仕事はしてました」

「そ、そんなに目立ってましたか……」

「で、なんでその合コンに俺を誘うんだよ」


 過ぎたことはどうでもいいのだ。普段は俺よりも働いてくれてるしな。

 まぁ、夢前川が合コンに行く理由は理解できた。

 しかし、その合コンに俺が誘われる理由がわからない。


「せ、先輩は、知らない男の人じゃないので……」

「……つまり、ただの付き添いか」


 夢前川は、こくりと首を縦に振った。


「みんながいるとはいえ、知らない男の人と遊ぶのはちょっと怖くて……」


 夢前川なら、なんの心配もないように思うんだけど。

 高校生の合コンなんてたかが知れてるし。

 ……いや待てよ。もしかして、相手は高校生じゃないのか? それだとちょっと心配だな。


「相手は高校生だよな?」

「え、はい。そうですよ。先輩と同じ学校の人のはずです」


 衝撃の事実発覚で、俺は安心した。

 その合コンの主催者はおそらく、いや、間違いなく斗季だ。最近合コンのことで張り切ってるしな。

 俺は断ったので詳しい内容は知らないが、斗季がいれば問題はないだろう。


「それが聞けてよかった。すまんけど、俺は行けない」


 答えは、最初から決まっていた。

 スパッと断ればよかったんだけど、元気がないにもかかわらず、わざわざ俺を待ってくれていた夢前川を、放って帰ることはできなかった。


「え……」

「多分、その相手の中に俺の友人がいる。信頼できるやつだから、夢前川が心配してることは起きないはずだ」

「で、でも」

「それに、夢前川が遊ぶってことはバイトには誰が入るんだ?」

「そ、それは」

「友人には言っとくから、夢前川は友達と楽しんでこいよ。あと、バイトは任せろ」

「……はい」


 渋々納得した様子の夢前川は、小さくうなずく。


「うし、帰るか」


 残りのいちごオレを一気に飲み干して、俺と夢前川は、コンビニをあとにした。

 話していた時間はそれほど長くなかったが、夜遅いし、一応改札までは送って行こう。


「じゃあ、気をつけてな」

「あ、あの先輩」


 改札の前に着くと、それまで喋ってなかった夢前川が、カバンからスマホを取り出した。


「前からずっとしたかったんですけど、その、連絡先の交換しませんか? バイトのシフト確認とか、したいので」

「夢前川がいいなら」


 そういえばしてなかったな、連絡先の交換。

 今日も連絡していれば、夢前川を待たせることはなかったし、今後のために交換しておいた方がいいだろう。

 さくっと連絡先の交換を済ませ、改札を通った夢前川は、振り返って「お疲れさまでした」と、頭を下げた。


「何もないと思うけど、合コンで何かあったら連絡してこいよー」


 すると、夢前川はスマホを操作して、また、ぺこりと頭を下げ、ホームに消えていった。

 手元のスマホには、『ありがとうございます』と、メッセージが届いていた。

読んでいただきありがとうございます!

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