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「今日もアルバイトあるの?」

「おう。テストで休んでたからな」


 校門から出てすぐ、隣を歩く社が柔和な笑みを浮かべて聞いてくる。


「そっか、頑張って」


 さらに明るさの増した笑顔の激励に、バイト前の俺は未だかつてないほど心が満たされていた。

 いつも歩いている通学路も、社がいるだけでこうも違う景色になるのかと、全俺が感動している。

 今日はバイト頑張れそうです。


 まぁ、それはそれで嬉しいんですけど……社さんまた近くないですか?

 俺の左側を歩く社は、肩が触れてしまいそうなほど近くにいる。校門を出るまでは適度な距離を取っていたはずなんだが。

 さっきから前髪を触ったり、ちらちらこっちを見たりして落ち着きもないし、これは誰かに何か言われたな? 昨日の放課後も似たようなことあったし。

 社に入れ知恵をするとなれば、横山か戸堀先輩の二人だな。

 一体社に何をやらせたいのか……。


「なぁ社」

「なに?」

「横山か戸堀先輩に何か言われたか?」

「え、えぇ……。う、ううん、何もアドバイスなんてもらってないよ!」


 めっちゃ動揺してる。聞いてないことまで言っちゃってる。

 あの二人にはちゃんと文句言っとかないとダメだな。


「嫌ならあの二人に言われたこととかしなくていいからな」


 二人には助けられた部分ももちろんあるけど、社のこの行動は明らかにおかしい。

 言っておくが、決して社のこの行動が嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。

 俺だって健全な男子高校生。異性に触れてみたいとか、手を繋ぎたいとか普通に考える。

 しかし、だ。今の社は、言われたからやっているみたいな感じがして、見るからにキャパオーバー。確実に無理をしている。

 付き合いだして間もないのだ、急ぐ必要もない。それに、やっぱりそういうのは俺からした方が……。

 まぁ現状で満足してしまっているので、今のところこれ以上求めてないのが正直なところだ。

 すると社は、小さく頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く。


「ど、どうした」

「今日は、香西君と全然お話できなかった。わかってた……わかってたけど、寂しかったです」

「お、おう」

「そ、それに……また氷上さんとばっかり話してる」


 消え入るような声で言って、社はしゅんと肩を落とす。

 氷上とばっかりと言われても、話したのは朝と昼休みくらいだったし、何よりなぜ社がそれを知っているのか……。


「よく見てるな……」

「だって香西君目立つし」


 たまに社から聞く、俺の知らない俺情報。

 目立っているのは俺じゃなくて周りだろうな……。斗季とか横山とか。氷上も最近目立つようになってる。

 言わずもがな社も目立つし、俺って完全に影だな。幻のシックスマンの可能性が出てきた。


「私はもっと……香西君と……仲良く、なりたい。彼女、だし」


 耳を真っ赤にして俯いてしまった社の言葉に、俺も顔が熱くなる。

 さっき現状で満足と言ったが、もしかして、このままだとダメなのではないだろうか。

 社は、少なくとも今より上の関係になろうと思ってくれている。たとえそれが、横山や戸堀先輩の入れ知恵だとしても。

 対して俺は、付き合えたことで満足してしまって、これ以上のことを考えていない。

 こうやって二人で歩いて帰るだけで、昼休み一緒に弁当を食べるだけで、十二分に幸せなのだ。


「香西君は……嫌、なの?」

「お、俺は……」


 足を止めて上目遣いになる社。口をつぐんで、ちらちらと俺の目を見てくる。


「嫌じゃ……ないです」

「……そっか」


 前髪を触りながら社は小さく微笑む。

 俺はこれ以上幸せになっていいのだろうか。社と手を繋いだり、くっついたりしていいのだろうか。浮かれてしまっていいのだろうか。

 恋愛物の漫画やラノベを多く嗜んでいる俺だが、男女交際は恥ずかしながらこれが初めて。

 どのくらいの期間で、どこまで行けばいいのか全くもって見当がつかない。

 漫画とかラノベってさ、恋仲になる前からあれやからやするからさ、実際に彼女ができた今だから実感するんだよ、あれはフィクションなんだなって。

 だから、それはそれで楽しませてもらうのが一番いい。

 俺は……自分なりに、努力をしようと思う。苦手な、努力を。


「社っ!」

「は、はひっ」

「あ、すまん、驚かせた……」

「お、驚きました……」


 ある決意を固めて名前を呼ぶと、思っているよりも大きな声が出た。

 ビクッと肩を震わせた社からは、可愛い返事が返ってくる。


「その、今度の土曜日は、暇か?」


 さっき横山から言われたことがずっと頭の中にいて、変に緊張してしまっていた。

 しかし、社の気持ちを聞いた以上、何もしないわけにはいかない。

 俺には……自覚がなかったのだ。

 本当に情けない。

 もう、社とは今のままじゃいられないんだという自覚が。


「っ! う、うん! 暇! 暇です!」


 首を大きく縦に振って目を輝かせる社は、俺がこれから何を言うのか見当がついているのだろう。

 こんな初歩的なことでこんな緊張するなんて、俺は恋愛に向いていないのかもしれない。


「なら、その……デートしませんか?」

「します! デート!」


 間髪入れずに答えた社は、今日一番の笑顔を見せる。

 この前の勉強会のときに、次は俺が誘うと言ったからな……。もしかして社は、それを待っていたのだろうか?


「お、おう。じゃあ詳しい予定は、今日の夜決めるってことでいいか?」

「うん!」


 ずっと前から思っていたけど、社は表情が豊かだ。

 こんな嬉しそうな笑顔を見せられると、照れで社を直視できなくなる。


「よ、よし、帰るか」


 頬をかきながら止めた足を動かし始めると、社も距離を保って隣を歩く。


「デートか……楽しみだなぁ。ふふ」


 独り言のつもりだろうが、すぐ隣にいるので、社のそんな呟きもしっかりと耳に届いている。

 ……誘ってよかった。

 今日は早く家に帰ろうと思います。



 バイトが終わり、他部門の社員さんに挨拶をして事務所から出ると、先に帰ったはずの可愛くない後輩こと夢前川ソフィアが、そこに立っていた。

 普段は、電車の時間があるからと、閉店作業をてきぱきとこなして、さっさと帰ってしまう夢前川なのだが……。まだこんなところにいるなんて珍しい。


「おぉ、お疲れ」

「お疲れ様です」

「どうした、電車間に合わなかったか」

「……まぁそんなところです。はぁー……」


 今日のバイト中、社とデートの約束をして、テンションが爆上がりしていた俺と違い、夢前川は明らかテンションが低かった。

 今みたいなため息を何度もついていて、店長の奥さんに「早退する?」と心配されていたが、頑なに帰ろうとしなかった。

 体調が悪いわけでもないらしいし、俺なんかが心配するほどのことじゃないんだろうなと気にしないようにしていたのだが、この様子だと話を聞いてあげた方がいいのかもしれない。


「何かあったのか?」

「……聞いてくれます?」

「お、おう……。とりあえず歩きながら」

「……はい」


 こんな元気のない夢前川は初めて見る。やけに素直で可愛げがあるじゃないか……。

 数分歩いて、駅に続く地下道に差し掛かったところで、少し後ろを歩く夢前川に声をかける。


「で、どうした」

「あの、先輩って……合コンとかって、行ったことありますか?」


 夢前川の口から思わぬ単語が出てきてかなり驚いた。

 本人も口に出すのが恥ずかしかったのか、目をそらしてこっちを見ようとしない。


「お、おう。あるけど……」


 斗季に誘われて、数回合コンに参加したことがある。

 と言っても、高校生ができることなんてカラオケに行ったり、ボーリングをしたりするだけで、いつもやっていることとほとんど変わらない。

 大学生や社会人ほど金銭的余裕がないのがその理由だ。

 それにしても、夢前川も合コンとかに興味があるのか。ちょっと、いや、かなり意外だ。

 おかげで声が微妙に上ずってしまった。


「そうなんですね。ちょっと近づかないでもらっていいですか」


 聞かれたことに答えたら嫌われたんですけど……。

 可愛げがあると言ったな? あれは嘘だ。全然可愛くない。ちっ、心配して損したぜ……。

 汚物を見るような目に苦笑いを見せつけ、可愛くない後輩をその場に置いてそそくさと駅に向かう。

 今日は、早く家に帰って社とデートの予定を決めなければならないのだ。夢前川からご褒美を貰う時間はない。

 全く、今日じゃなければ全力で相手をしていたところだ。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 謝るので、話を聞いて下さい!」

「……真面目に話すか?」

「は、はい」


 じゃあいちいち傷つくことを言うのはやめようか? そろそろ俺を先輩扱いしてもいい時期じゃない?


「で、本当はどうした」


 本当はの部分を強調し改めて聞き返すと、夢前川はカバンを持っている指をもじもじさせながら、遠慮がちに口を開く。


「せ、先輩にお願いがあるんです」

「お願い?」


「その、私と、合コンに行きませんか?」


「……は?」


 これまた夢前川からの意外な誘いに、俺はただただ間抜けな返事をするしかなかった。


読んでいただきありがとうございます!

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[一言] 行けるわけないでしょ
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