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「……まさか後輩君ごときにバレるなんて、油断した」


 落とした箸を拾い上げた戸堀先輩は、洗面所で箸を洗い席に戻ると、引きつった笑みを浮かべて弁当の蓋を閉めた。どうやら残りは家で食べるらしい。


「ごときって……俺だってそれくらい気づきますよ」

「……ふん」


 鼻で笑われた。小癪な顔がちょっと可愛いじゃないか……。まるで小学生が無理して大人ぶってる感じがする。


「ふんっ」

「痛い」


 足を踏まれた。俺の考えは先輩に筒抜けのようだ……。何それ怖い。

 まぁこれくらいのスキンシップは普通だし、俺も踏まれたいまであるしな。二人とも得してる!

 しかし、今の先輩にいつもの余裕はなく、すぐに足を退けると深くため息をついた。


「後輩君の言う通り、私は斗季君が好きなんだよ」

「……いつからなんですか?」

「後輩君と斗季君の二人と出会ってすぐくらいかな」

「ちょうど一年前くらいですね」

「ほんとはさ、何もするつもりはなかったんだよね。でもさ、社ちゃん見てたらさ……感化されちゃって。単純だよね」


 言って、ぐでーっと机に倒れ込むと、先輩は自嘲気味に笑った。その表情がいつになく幼く見えて、この人も、たった一つ年上の先輩なんだなと思い知る。


 先輩は見た目と反して、中身が俺たちよりもはるかに大人だ。

 一つ年上と言っても、高校二年と三年の精神年齢なんて言うほど変わらない。

 でも、先輩は違う。明らかに俺や斗季とは違うのだ。

 同じ場所にいれば同じように笑うし、俺や斗季のつまらない話にも耳を傾けては、興味もないのに最後まで聞いてくれる。

 先輩のそんな姿を見るたびに思うのだ、この人は大人なんだって。

 きっと、経験してきたことが違うのだろう。きっと、大人にならなければいけなかったのだろう。

 嫌なことを嫌だと、辛いことを辛いと言えない大人に。


「……いいんじゃないですか単純でも何でも。この前先輩も言ってたじゃないですか、女の子が変わる理由なんて単純だって」

「へぇ……覚えてたんだ」

「まぁ、先輩は女の子っいうより幼女──」

「表出な、私は出ないけど」

「いやだからそれただ締め出してるだけだから」


 もはや俺と先輩のお決まりの茶番になりつつあるな、これ……。

 短い沈黙が流れて、ふふっと先輩が笑う。


「全く後輩君は」

「……先輩、足踏んでます」

「踏んでほしいんでしょ?」


 バレちゃってたか……。こんなことしてくれるの戸堀先輩だけ! どこの通販番組だよ。

 にこにこしながら足を踏んでいた先輩は、時計を確認して「そろそろだよー」と、マグカップを棚にしまう。

 昼休みも気づけば残り数分。この時間だと予鈴には間に合わないか。

 急いで弁当を片して、丸椅子を元あった場所に戻す。

 どうせ遅れるなら、もうちょっとだけ先輩と話していこう。


「戸堀先輩」

「うん?」

「俺も協力しますよ。力になれるかわかりませんけど」

「おー、ありがと。でもまずは社ちゃんでしょ?」

「……うっす」


 そうだ、俺には人の恋路を助ける余裕なんてなかった。


 先輩の意外な恋心を知った昼休み。

 きっと俺の助けなんて先輩には必要ない。だから俺は、この恋を陰ながら応援しようと決めた。

 大人のような先輩が恋をするその表情は、初めて見る本当の先輩のような気がした。




 予鈴が鳴って教室に戻ると、社を囲んでいた人だかりはなくなっていて、俺に気づいた社が胸の前で小さく手を振ってくる。

 それに小さく手をあげ返せば、社は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 もちろんクラスメイトたちの視線はひしひしと感じるが、社を無視することなんてできない。今日はあんまり社と話せてないしな……。

 短く息を吐いて席に座りスマホを確認してみると、社からメッセージが届いていた。


『どこでお弁当食べてるの?』


 送られてきた時間は昼休み中で、どうやらこの時間帯にはあの人だかりからは解放されていたみたいだ。

 しかし、今日に限って俺はスマホを教室に置いてきてしまった。社には悪いことをしたな……。


「授業始めるぞ、席につけー」


 この謝罪は放課後にしよう。まぁ、一緒に帰れるかわからないけど……。


 なんて俺の心配は杞憂に終わり、ホームルームが終わってすぐ、俺の席に社がやってきた。


「香西君、今日も一緒に帰りたいな……ダメ?」

「お、おう。帰るか」


 不安そうに首をかしげる社にそう言うと、ぱあっと明るい笑顔に変わる。

 あんな可愛い頼まれ方したら断れないよね。

 そんな様子を羨ましそうに睨んでくる男子と見守る女子。……残念ながら俺はまだまだこの環境に慣れそうにない。


「ちょっと待ってて、すぐ戸締りするから」

「あー、手伝うぞ。俺も一応委員だしな」

「ほんと? ありがと」


 社はもう気にならないのかね。俺も見習わないとな……。

 そんなことを思いながら席を立ち、窓の鍵がちゃんと閉まっているか確認していると、まだ教室に残っていた横山がニヤニヤしながら近づいてきた。朝からずっとニヤニヤしてて怪しいですよ? と言ってやりたい……。


「まだ言ってなかったね、おめでとさん」

「……ども。社から相談受けてたらしいな」

「まぁね。助けてあげないと可哀想だったし」

「可哀想……?」

「うん、正解だった」


 そういえば、戸堀先輩も可哀想とか言ってたような気がする。社に何かあったのかしらん……。

 腕組みをして壁にもたれかかる横山の視線の先には、黒板の日付を書き換える社がいる。

 その背中にまたねと挨拶をするのは、クラスの女子たちだ。


「たっくんのおかげで、みんな奏と話せるようになったよ。ほら、奏って近寄りがたい雰囲気あったじゃん? みんなほんとは、奏と話ししてみたかったみたいだし」

「俺のおかげじゃない。社自身の頑張りだ」


 遊園地のことがあってから、社は横山とだけじゃなく、他のクラスメイトとも話していることが多くなった。

 俺はただそれを見守っているだけで、何の手助けもしていない。


「たっくんさ、なんで奏がたっくんのこと好きになった知ってる?」

「……そういや、聞いてないな」


 昨日の放課後、社にどこが好きかと聞かれて即答したけど、社には聞き返さなかった。そんな雰囲気じゃなかったし。

 でもね俺思うんですよ。社から好きになってもらえるだけで十分だろうよ、と。これ以上望んだらバチが当たりそう。それに、どこを好きになってくれたかなんて聞くの恥ずかしいし。

 まぁ……気にならないわけじゃないが、無理して聞くようなことでもない。何言われても照れる自信があるし。そんなきもい姿見せたくないよ……。


「何恥ずかしがってんの? きも」

「……いや、恥ずかしいだろ。わざわざ理由聞くとか。あと無闇に人を傷つけるのはやめようね?」

「ほんとのことだし」

「それが一番傷つくんだよなぁ」


 俺は自覚してるからいいけども……。


「あ、私そろそろ部活行かないと。まぁいきなり聞いても驚くと思うし、デートでもして雰囲気作れば、奏も自然に答えてくれるんじゃない?」


 そう言い残して、リュックを背負った横山は社に「また明日ねー」と手を振り、教室を出て行った。

 最後にドアから顔だけ出して「頑張れ」と、俺に口パクで言って去っていく。

 何をだよ……。いやまぁ、いろいろだよな……。

 短く息を吐けば、窓が白く濁る。それがだんだん薄れると、自分の席から見る景色とは、少しだけ違う景色が広がっていた。


「デート……か」


「香西君」

「うおっ!」

「あ、ご、ごめんなさい。驚かすつもりはなくて……」


 社の反応からして今の恥ずかしい呟きは聞かれてないよな……? 

 いやそれより、しゅんとしている社を慰めるのが先だ。


「す、すまん。ぼーっとしてた、気にするな」

「そ、そう?」

「おう。こっちはオッケーだ、社は?」

「私も終わったよ。じゃあ……帰ろっか」


 日誌を胸に抱いて微笑む社の可愛さに、顔が熱くなる。

 教室には、俺と社以外もう誰もいない。

 いつもは狭く騒がしい教室も、二人きりになれば持て余すほど広く、不自然なほど静かだ。


「……おう」


 社に小さくうなずき返して、自分の席に置いてあるカバンを肩にかける。

 離れた席で同じようにカバンを肩にかけた社が、小走りで俺の横にやって来る。


「なぁ社」

「うん?」


 俺のどこが好きなんだ?

 二人きりとはいえ、聞くのはやっぱり恥ずかしい。


「……何もない」


 結果、またやってしまった。


「そ、そっか。香西君、それ好きだね」

「好きってわけじゃないんだけど……」

「じゃあ……香西君」

「うん?」


 すると社は上目遣いで俺の名前を呼んで、にこっと笑って言うのだ。


「……呼んでみただけ」


 ……さっきの言葉撤回します。大好きでした。

読んでいただきありがとうございます!

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