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昼休みになると、社の周りには人だかりができていた。
授業間の休憩中にも似たような光景はあって、予想通り社は、朝から女子からの質問責めにあっている。
俺も社ほどではないにしろ、クラスの男子からちょくちょく話しかけられては、事実をありのまま伝えている。
今日は社とお昼を食べたかったのだが、あの様子だと社を連れ出すのは困難だろう。
数日もすれば落ち着くと思うし、少しの間は我慢だな。
そんなことを思いながら弁当を片手に席を立つ。久しぶりに斗季の教室にでも出向くか。
「……氷上大丈夫か?」
「……私はまた負けた。今は立ち直れない」
そのついでに、机に突っ伏しピクリとも動かない氷上に声をかけてみる。
どうやら氷上は朝に引き続き、テストの点数でも社に負けているようだ。まだ全教科返ってきていないが、今の時点で割と差がついているらしい。
もちろん、俺なんかと比べれば氷上も点数はかなり高いはず。
一年間ずっと首席の社と、次席の氷上。この二人の戦いは次元が違う。二人とも生まれてくる次元が違ったまである。
しかし張り合う氷上もたいがいだけど、社もしっかり点数は教えてあげてるのね……。まぁ成績上位者は掲示板に張り出されるから、先か後かの問題なのかもしれないけど。
「ま、まぁ、次頑張れ」
だいぶ落ち込んでいる氷上をうまく慰めることもできないし、俺は社の味方だ。だからこれくらいのことしか言えない……。
隣の教室に顔を出せば、そこに斗季の姿はなく、代わりに多数の視線が俺を刺してくる。
朝の出来事は瞬く間に広がり、他のクラスでも俺と社が付き合っていることは、完全に周知されているはずだ。
社奏の彼氏がどんなやつなのか査定されている気がして、なんとも居心地が悪い。
「すぐには慣れないな……」
思わず出たため息を飲み込んで、おそらく斗季がいるであろう場所に向かう。そこにいるもう一人の先輩にも言いたいこともあるしな。
職員室前の廊下を進み、保健室のドアを三回ノックすれば、戸堀先輩の間延びした返事が聞こえてくる。
「失礼します」
「おー後輩君」
「よー有名人」
「やっぱりここにいたか」
保健室で俺を出迎えたのは、いつになく顔色がいい戸堀藍先輩と、面白そうに笑う友人の三野谷斗季だ。
後ろ手でドアを閉め、脇に積んである丸椅子を一つ持って、二人の向かい側に座る。
当たり前のように並んで座っている二人の手元には、弁当箱と、今日返されたばかりのテストが広げられていた。
「すごい騒ぎだな」
「全くだ。俺より社の方が大変そうだけど」
一応斗季には、社と付き合うことになったと事前に伝えている。
最初は疑っていた斗季だが、遊園地のときに作ったメッセージアプリのグループで社に直接聞いて、事実確認をしたのち、なんだかんだで祝福してくれた。
なんで俺のことは信じないで社のことは信じるんですかね……。いやまぁ気持ちはわからんでもないから文句は言えなかったけど。
社も、横山と加古と滝の三人に加えて、戸堀先輩にも俺とのことを報告したようだ。
どうやらこの四人が、社の背中を押していたらしい。
「彼女と一緒にご飯食べれないからここに来た、と」
「……そんな感じだ」
「照れやがって……。彼女ができるとそうなるのかね」
「なんたって初めての彼女だし」
「まぁ俺も鼻が高い。親友の彼女があの社さんだからな」
俺と斗季は中学時代から仲がよく、二人で彼女ができたらなんて話をよくしたものだ。
理想の彼女像やら、デートのシチュエーション、なんなら二人でそれを実際にやってみたまである。……いやまじでこれは墓まで持っていくしかない。
俺と違って斗季は恋愛に積極的で、女子と遊びに行くことも多い。
コミュ力もあって、外見もいい斗季は、まぁモテる。が、俺の知る限り斗季は、今まで特定の誰かと付き合っているなんてことはなかった。
なぜなら斗季の理想のタイプは……不明だからだ。
優しい、明るい、おしとやか、可愛い、綺麗。理想を上げればきりがないけど、斗季にはどれもしっくりこないらしい。
『好きになった人が……好きなんだよ、多分。好きになるのに理由や理屈はいらない。一目見て、この人だって人を見つけたい』
いつか斗季がこんなことを言ってたな……。
つまり一目惚れってことだと俺は認識している。そんな運命的な出会いはまだ、斗季の中ではないようだ。
「おめでとさん、後輩君。社ちゃんから聞いたよ」
「どうもです。社にいろいろ仕込んだの先輩らしいですね……」
「仕込んだなんて人聞きの悪い。アドバイスだよ、アドバイス」
ミートボールを口に運んでふふんと鼻を鳴らす先輩はどこか誇らしげで、顔に私が恋のキューピットだと書いてあるような気がした。
「……でも、社に気持ちを伝えられたのは、先輩のおかげだと思ってます。ありがとうございます」
実際先輩がいなければ、俺は社への気持ちを隠し続けていたはずだ。
「いいよいいよ。手助けしないと社ちゃんが可哀想だったからね」
「可哀想……?」
「うん、そういうとこ」
にこっと笑ってお茶をすする先輩に、俺と斗季は目を見合わせて、うん? と首を傾げた。
「そんで、後輩君はテストどうだったの?」
「あー、社のおかげでいつもより数学の点数がちょっと上がってました」
「愛のパワーだね。斗季君も問題なさそうだし、二人とも100位以内は入れたかな」
「斗季も大丈夫そうなのか」
「おう。俺も藍先輩に出張勉強会してもらったからな」
「へぇ。二人で勉強してたんですね」
「ま、まぁね。アドバイスするだけして、自分は何もしないわけにはいかないし……」
俺がそう聞くと、咳払いをした先輩はぼそぼそと言って、最後に「社ちゃん見習わないと」と、さらに小さな声で付け足した。
弁当をつつく斗季の横顔を見て、先輩はため息をつく。
「これで小遣いの減給は免れた」
「俺もバイト辞めないで済む」
テストを無事乗り切った俺と斗季は、毎回恒例の握手を交わした。特に意味はない。
各々に課せられた地味にきつい条件を満たすためには、助け合いと支え合いが必要なのだ……。これからもよろしく頼むぜ。
それから、弁当を食べ終えた斗季は、テストの答案用紙をまとめてさっさと教室に帰っていった。
どうやら近々、他校の子と合コンがあるらしい。その作戦会議を、今日からクラスの男子とやるようだ。
俺も誘うつもりだったらしいが、残念ながら俺には、とびきり可愛い彼女ができてしまった。付き合い始めてまだ一週間もたってないけど。
「……先輩」
「ん?」
「全然箸が進んでないみたいですけど」
「あ、あぁ、箸、箸ね……」
斗季の話を聞いた戸堀先輩は、途中から口数が減り、さっきから完全に手が止まっている。
やっと動かしたと思えば、何もつかんでいない箸を口に運ぶだけで、弁当の中身はまるで減っていない。
そのせいで、先輩より食べ始めるのが遅かった俺の方が、先に食べ終えてしまった。
多分、体調が悪いわけじゃない。ここに来たときはすこぶる元気そうだったし、先輩は自分の体調管理には人一倍気を配っている。
なら、先輩がこんな状態になってしまった理由はなんなのか。
これは、あくまで憶測で、何の根拠も自信もないんだけど……先輩ってもしかして、斗季のこと好きなのかな。
先輩も立派な高校生。恋の一つや二つくらいするだろうし、さっきも斗季の横顔を意味ありげに見つめてたような気がしなくもない。
「……戸堀先輩」
「ん?」
しかし、こういうのって聞いてしまっていいのだろうか。
もし先輩が斗季に好意を抱いているのなら、力になってあげたい。でも、もしそうじゃなかったら……ただ単に俺が恥ずかしい。って、実質デメリットないじゃん!
「先輩って、斗季のこと好きなんですか?」
「なっ……!」
その瞬間、カランと音を立てたのは、さっきまで先輩が握っていた箸だ。
わなわなと口を震わせる先輩の顔は、みるみるうちに赤くなっていく。
……これはどうやら、俺の憶測が当たってしまったらしい。
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