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 次の日の朝。

 教室に着くと、多方面から鋭い視線が突き刺さってくる。主に男子諸君から。

 いや、もっと言うと、学校付近に到着したあたりから似たような視線をひしひしと感じていて、お陰で少し疲れている。

 気にしないふりをしながらなんとかここまでたどり着いたが、居心地の悪さは尋常じゃなかった……。

 もちろんその原因は、調べなくてもわかっている。俺も覚悟していたことだしな。

 だから、普段からこんな環境下にいる社のことを、すごいなと素直に思った。

 短く息を吐いて自分の席に座り、窓の外に視線を逃す。

 今日はあいにくの曇り模様。あと数週間もすれば梅雨の時期になって、雨の日が続くだろう。別に嫌いじゃないからいいんだけど。

 でもあれだな、さすがに昨日は堂々としすぎていたかな! 普通に社と一緒に帰っちゃったよ。学校の外で待ち合わせとかの方がよかったかもな……。

 教室後方から聞こえてくる女子たちの声は、俺が来てからさらにボリュームが上がった気がする。

 その中心にいるのは、きっと社だろう。


 高校生と切っても切り離せないものといえば、恋愛話、略して恋バナだ。俺も大好きだし、恋バナ。

 普通にしていても目立つ社に、その恋愛関係の話題が上がれば、大衆は間違いなく食いつく。

 今の時代便利なことに、情報の出回るスピードは尋常じゃないほど早い。きっと、俺と社が一緒に帰っているところを目撃した誰かがどこかで言いふらして、学校中に広がったのだろう。

 まぁ、隠すつもりも、隠し通せる気もしていなかったので、これはこれで想定内。ただ、思った以上に俺の耐性が低すぎた。目立つのは嫌いなんだよなぁ。


「おはよう、かーくん」

「お、おう。氷上、おはよう」


 弱っている俺の顔を覗き込むようにして挨拶をしてきたのは、テスト前、打倒社に燃えていた氷上雫だ。

 テスト前の氷上は、周りがビビるほど勉強に熱を注いでいて、挨拶すらまともにできなかった。

 社にちょろっと氷上のことを聞いてみると、どうやらテスト前の氷上はいつもあんな感じらしい。「負けないけどね」と最後に付け足していた社も、なんだかんだで氷上のことを意識しているようだ。


「今日からテストの返却。楽しみ」

「いや全然楽しみじゃないんだけど……」

「かーくんは自信ない?」

「まぁな。氷上の方は? 自信あるのか」

「今回は勝てる自信がある。勉強している合間に社奏の様子も観察していた」

「ほ、ほう。そのこころは?」

「社奏の授業中のよそ見の回数が平均より大幅に増えていた。これは集中力がない証拠。それに、学校に来る時間と帰る時間もやや遅めになっている。これは生活リズムが乱れているに違いない。つまり、社奏はいつもの調子が出せないはず。毎回全教科90点後半を取る社奏に勝つためには、彼女の不調も期待しなければならない」


 あれ、氷上さんちょっと危ない人? よそ見の回数の平均……? 怖いから聞かなかったことにしようと思いました。


「か、勝てるといいな」


 打倒社のため、休み時間の間もひたすら勉強していた氷上に本心で言うと、微かに目を見開いた氷上は、小さくこくりとうなずいた。


「あ、それでかーくん」

「うん?」

「社奏と付き合ってるってほんと?」


 何の脈絡もなく氷上に聞かれ、思わず吹き出してしまった。

 すると明らかに周りにも緊張が走り、近くにいた男子グループも聞き耳を立てている。

 隠すつもりはない……が、わざわざ公言するようなことでもない。あとでひっそり氷上にだけ教えてやればいい。

 それに、公言なんてすると、社が嫌がるかもしれない。社と付き合ってるなんて、簡単に言って欲しくないはずだ。

 ちらりと社の席に目をやると、さっきまでいたはずの社はそこにおらず、社を囲んでいた女子たちとバッチリ目が合った。その中の一人は横山で、なんかニヤニヤしてるんだけど。

 ほら、社も恥ずかしくて教室から離脱している。ここは適当にはぐらかして──。


「付き合ってるよ」

「「え?」」


「私と香西君は付き合ってるよ」


 俺の代わりにそう答えたのは、いつのまにか氷上の後ろで笑顔をたたえている社だった。

 シュバッとファイティングポーズをとる氷上は、徐々に後ずさる。それもそのはず、社が少しずつ俺と氷上の間に割って入ってくるのだから。

 そんな二人よりも気になるのは、周りの反応だ。男子の視線は鋭さを増し、横山をはじめとする女子諸君は、黄色い歓声を上げた。


「おはよう、香西君」

「お、おはよう社」

「それで氷上さん、私の彼氏に何か御用でした?」

「ぐっ……私は、また負けた……」


 そういえばそんな勝負もしてましたね……。社も、氷上のこととなると負けず嫌いなのかな?

 しかし、それだけのために教室で堂々と宣言するとはこれまた予想外だった。

 とぼとぼと自分の席に戻る氷上もちょっとかわいそうだが、今は気にしている余裕がない。


「香西君と社さんが付き合ってるってほんとだったんだ!」

「香西か、香西なのか……」

「ビッグカップルの誕生だねー」


 クラスメイトたちが騒ぎ立て、俺と社に注目が集まる。

 こんな状況に慣れていない俺はもちろん、この状況を生み出してしまった社も耳を赤くして口をつぐむ。


「社……」


「うわ、香西が名前呼んだ」


 いや呼ぶだろ。


「さすがは社さんの彼氏さん、一味違う」


 いや名前呼んだだけなんだけど。


「二人を見てるだけでご利益ありそう」


 いや名前呼んだだけだからね?

 と、社の名前を呼ぶだけでこの騒ぎよう。

 まだ疑惑止まりだった俺と社の関係性が、社本人の発言によって確信に変わり、教室は軽いパニック状態に陥る。


「社ちょっといいか」

「え、う、うん……」


 この騒ぎを静めるため社と一緒に教室を出ると、また黄色い歓声が上がっていた。


 やって来たのはいつもの非常階段。

 まだわずかに頬を染めている社は、左ひじを抱いて肩をしゅんとさせている。


「社?」

「……ごめんなさい」

「うん?」

「その、話の邪魔をしてしまって」

「あー、別に気にしてない。というか、代わりに答えさせてすまん。俺が言うべきだったな」


 またうだうだと考えて社に言わせてしまった。

 なんで俺はいつもこうなんだろう。


「それよりよかったのか? あんな大勢の前で」

「言うつもりはなかった……なかった、けど」

「けど?」


 ちらっと俺の目を見た社は、そっぽを向いてボソッと呟く。


「氷上さんと話してるのがなんか嫌だった」


 もしかして社って……思った以上に氷上のこと嫌いなのかな。

 他の人に向ける態度と、氷上に対する態度が全然違うし、なんだかんだで氷上との勝負は全勝してるって勝ち誇ってるし。

 いやでもそれって半分好きだよな。ラブコメだと王道のパターン。

 だとすると、まだ気づいてない段階か……。今後の二人に期待だな。うんうん。二人の関係が進展するにはまだまだ時間がかかりそうだけどな……。


「そ、そうか」

「香西君は、隠したかった? 私と、その、付き合ってるって」

「い、いや、隠すつもりはなかった。でも、わざわざ言うのも違う気がしてな。社に……迷惑だし」

「……迷惑じゃないよ。迷惑をかけてるのは私の方。こんな騒ぎになるなんて」

「社可愛いからな。これは仕方ない」


 言ってしまったものはしょうがない。

 とりあえず朝のホームルームが始まるまではここで時間を潰して、ギリギリになったら教室に戻ろう。

 多分社は忙しくなるだろうが、数日もすれば収まるはずだ。

 できるだけ助けになりたいけど、横山とかの方が適任かもな。


「どうした」

「香西君は、急にそんなこと言うから……心臓に悪い」

「え、俺なんか言ったか?」

「……何となくわかった気がするよ。香西君がモテる理由」

「いや俺の初めての彼女は社なんですけど……」


 それから俺と顔を真っ赤に染めた社は、昨日と同じように並んで座って、ただ時間が過ぎるのを待つのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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