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更新遅くなってしまい申し訳ないです。
チャイムが鳴って、後ろからテストの答案用紙が裏向きで送られてくる。その一番上に自分の答案用紙を重ねて前の人に手渡す。
答案用紙の束を受け取った監視の先生は、枚数を確認して、「お疲れ」と一言残し教室を出て行くと、教室は一気に騒がしくなった。
「終わった……」
誰にも聞こえないよう呟いて俺は机に突っ伏す。
机の匂いと、ひんやりとしたこの感じは嫌いじゃない。むしろ好き。
二日間行われたテストが終わり、騒がしい教室の中で、そんな風に一人机に突っ伏しながら窓の外を眺めていると、ポケットのスマホがメッセージを受信した。
『一緒に帰りたいな……ダメ?』
画面に表示されたそんな短い文に、俺はむくりと体を起こす。
ちらりと後方を見やれば、スマホを両手で大事そうに抱いている美少女が、こっちを心配そうに見つめていた。
遠くからでもわかる綺麗な瞳は、まるで星空のごとく輝いている。
学校一と名高いその美少女の名前は、社奏。
成績優秀、容姿端麗、それに加えて運動もできる、我がクラスの委員長だ。
そんな、雲の上の存在たる社が、どうして人より少しラブコメが好きな普通の男子高校生に、そんなメッセージを送ってくるのか。
これは、夢でも、幻でも、幻想でも、妄想でもない。
俺、香西拓人と社奏は、付き合っている。
まぁ俺はまだ夢だと思ってるんだけどな……。
──遡ること四日前。
「俺も、社のこと好きだ」
俺の言葉に目を瞬かせて口をつぐんだ社は、目を伏せて前髪を触る。そして、上目遣いで俺の目を見つめ返すと、また口を開いた。
「……ほんと?」
「あ、あぁ」
「そう、なんだ」
カラスの鳴き声がだんだん小さくなって、代わりに自分の脈打つ音がうるさくなってくる。
今、社は俺に告白してくれたんだよな……? 予想外すぎて、俺も社に思わず好きとか言っちゃんたんだけど、気持ち悪くなかった?
そんな心配をしている俺の目の前では、少し俯きながら前髪を触る社が、嬉しそうに微笑んでいる。
それは夕日のオレンジと相まって、一枚の絵画のように、とても綺麗に見えた。
恋する女の子は、やっぱり可愛い。
しかし情けないことに、社から好きと言われ、それに便乗したような形になってしまった。
だから続きは、俺からの方がいいだろう。
「社」
「……はい」
「俺と、付き合ってください」
氷上との件があったとき、社は付き合うことについて、軽い考えを持っていなかった。
だから社には、ちゃんと言葉で伝えたい。それが誠意だと思うから。
「……うん。よろしくお願いします」
俺の告白に、社は小さくうなずいて、照れを含んだ笑顔を浮かべた。
こうして、俺に初めて彼女ができた。
俺には無縁だと思っていたラブコメが、始まった瞬間だ。
「香西君お疲れ様」
「社もお疲れ」
テストが終わるといつも早々に家に帰っている俺だが、今日は彼女である社に誘われて一緒に帰ることになった。
てっきりすぐ帰るものだと思っていたけど、社に連れられて来たのは、いつも俺と社が昼食を食べている非常階段だ。
定位置に座った社は、隣をぽんぽんと叩き、座ってと、目で訴えてくる。
「……どうした」
「二人きりになるの久しぶりだから……すぐ帰りたくないなーと思って」
実はここ数日、社との連絡のやり取りを控えていた。
テスト期間中で勉強の邪魔をしたくなかったのと、シンプルにどう連絡すればいいのかわからなかったからだ。
もちろん教室で顔を合わせれば挨拶はしていたし、休み時間も少なからず口を交わすことはあった。
しかし社が言うように、付き合い始めてから二人きりになる機会は、なかったように思う。
そのことに対して何か不満でもあるのかなと心配した俺の隣では、両膝を抱えて、にっとはにかむ彼女がいた。
え、なに、可愛いんですけど……。
「ここに来るのも久しぶりだね」
「あ、おう、だな」
「テストはどうだった?」
「いつも通りだったな。社は?」
「私も」
つまるところ学年首席ってことですね。こんなやり取り体力測定のときもした覚えがある。いつも通りの意味が、俺と社とじゃあ全然違うんだよな……。
でも安心した。もし社の成績が落ちたりしたら、少なからず俺にも責任があるからな。ずっとそれが心配だった。
それにしても社さん、さっきからずっと近くないですか? 少し動くと肩が当たってしまいそうなんだけど。
……しかし、俺と社は今彼氏彼女なわけで、別にこのくらいの距離感は普通……なわけないよな! 浮かれて冷静さを欠いてしまうところだったぜ。
咳払いをして社の名前を呼ぶと、社は可愛い笑顔のままこてんと首を傾げる。
はらりと瑠璃色の髪が揺れれば、シャンプーの匂いが鼻孔をくすぐって、ここに来るまでの間ドキドキしっぱなしの胸に、さらに拍車がかかる。
「……何もない」
結果、ただ彼女の名前を呼んだだけの、バカップルの彼氏みたいなことをしてしまった。
でも社は、ぱちぱちと目を瞬かせただけで、またにこっと笑顔を浮かべる。……何でそんな嬉しそうなのん?
恥ずかしさのあまり目をそらして頬をかくと、社の肩に腕が当たってしまう。
「す、すまん」
「う、ううん! だ、大丈夫……」
……どうやら社は、無理をしていたらしい。
あれだけ近くにいたのに、肩が触れただけで、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
「あれだぞ……無理とかしなくていいからな」
その横顔に声をかけると、社はちらっと俺を見ただけでうんともすんとも言わず、また俺のすぐ隣に近づいてくる。
うん……? 一体どうしたのだろう。社の様子がいつもと違うぞ。
「か、香西君は、私のどこを好きになってくれたの?」
そんなことを思っていると、社が両膝を抱えながらこっちを見ないでそう聞いてくる。
突然のことで少し反応が遅れたが、この答えはテストが終わったらちゃんと伝えようと思っていた。
「全部だけど、強いて言うなら、努力家で、笑顔が可愛いところだな」
「え、え……?」
声が上ずらないよう答えると、社は目を白黒させて驚いている。
なんかおかしなことでも言ってしまったのだろうか……。
膝に顔を埋めた社は、ピクリとも動かなくなってしまった。
こういうときはちょっと考えた方がいいのか? 即答だと準備してた感じがするしな。もしかしたら社は、それが気に食わなかったのかもしれない。
「いきなりは……ずるいと思います」
「社が聞いてきたんだけど……。なんか、すまん」
膝から少しだけ顔を上げた社は、上目遣いで俺の顔を覗き込む。
いちいち可愛い仕草に心打たれつつも、なんとか平静を保つ。
「あ、謝らなくていいよ。う、嬉しい、から」
「そ、そうか」
「うん……」
それから二人の間には、沈黙と少しだけふわふわした空気が流れていた。
友達から恋人になるだけで、いつもの時間が幸せな時間に変わって、心が満たされていく。
でも、このときの俺はまだ、社と付き合うってことの重大さと、その意味を全く理解できていなかったんだ。
読んでいただきありがとうございます。




