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考えても

 俺は今まで、異性から好意を寄せられたことがない。

 客観的に自分を評価してみても、外見はかっこいいとは言いがたいし、自慢できるような能力や特技だって持ち合わせていない。

 女子が男子に求めるものがなんなのか知らないけど、モテないということは、求められているものを持っていないということだろう。

 最近の出来事で色恋に一番近かったのは、氷上のことか。

 突然で、なんの脈略も、深い理由もない、一方的な、甘い感情すらもない告白もどきだったが、あのときのことは多分忘れられないと思う。

 偽物とはいえ、初めて告白されたからな。まぁ今はノーカンってことになってるけど。


「なんでなんだ……?」


 バイト前の俺は、いつもの休憩スペースでスティックパンをもぐもぐしながら、そんなことを考えていた。

 今更モテないことを嘆いたりしないが、いざ好意を寄せられるとなると、その理由が気になってしまう。

 大してかっこよくない見た目だし、他人より秀でているものもない俺を、社が好きになる理由……。

 というか、本当に社は俺のことが好きなのか……?

 戸堀先輩から聞いただけでまだ確証はないし、これまでの社との態度や距離感を考慮してみても、惚れられるようなことはしてないような。

 でも、さっき先輩が言っていたように、俺が気にしないような単純なことが理由だったり、些細なきっかけが社の中であったのかもしれない。


「わかんねぇな……」


 短く息を吐いて、いちごオレで喉を潤す。

 いくら考えたところで、社の気持ちなんて俺にわかるはずがない。

 直接聞いてみるか……? いや無理だろ。なんて聞くんだよ。


『社って俺のこと好きなの?』


 ……ありえないな。キモすぎるしナルシストすぎるあたりがもう吐き気をもよおしちゃうな。

 ストローをがじがじと強く噛んで、大きなため息をつく。

 これ以上考えても無駄だな。テストが終わってから考えよう。


「先輩お疲れ様です」

「おぉ、お疲れ」


 そう自分に言い聞かせ、カバンから教科書を取り出したタイミングで、夢前川が軽く頭を下げながら休憩所に入ってきた。

 小さく手をあげ返して、手元の教科書に視線を落とす。

 えーと、今回の範囲ってどっからだっけ。

 とりあえず暗記系は自分でやって、社には数学を教えてもらおう。来年は文系に進むことが決定しているどうも俺です。

 社は多分理系だよな……。ってことは、同じクラスにはなれないってことか。二年連続で同じクラスになれたことだけでも奇跡に近いけどな。

 と、社のことで頭がいっぱいな俺は、全く勉強に身が入らず、開いたばかりの教科書をすぐに閉じる。

 まだ数のあるスティックパンを一本頬張って、いちごオレで流し込む。

 いつもの椅子に座っている夢前川をちらりと見やれば、夢前川もどうやら勉強をしているようだ。


「……なんですか」

「あ、いや」


 不意に振り返った夢前川とばっちり目があって、怪訝な表情を向けられる。美少女はみんな視線に敏感なのかしらん。

 そんな夢前川に苦笑いを返して、すまんと謝っておく。

 勉強の邪魔をしちゃ悪いので、バイトの時間までその辺をぶらぶらしておこう。

 教科書をカバンに入れ、なるべく静かに立ち上がると、またしても夢前川が振り向いた。


「あれ、もう時間ですか?」

「いや、邪魔しちゃ悪いしその辺散歩してくるわ」

「別に邪魔とは思ってませんけど……。てっきりどこか教えてほしいところでも、と」

「あぁ……社交辞令じゃなかったのか」


 昨日の別れ際に言ったことを覚えていたようだ。

 夢前川の優しさはありがたいが、今はどうにも勉強に集中できそうにない。

 どうやら勉強する気がないことが夢前川にバレたようで、夢前川は目を細めると、そのまま短く息を吐いて、パタンとノートを閉じた。


「集中力が切れました。先輩のせいです」

「……すまん」

「バイトの時間が来るまで休むことにします。なので、先輩もそこにいてもらっていいですよ」

「……はい」


 口調は穏やかだが、そこにいろと命令されたようにも聞こえる。

 ゆっくり腰を下ろして座りなおすと、夢前川は椅子を半回転させて、体ごとこっちを向いた。

 足を組んで、鋭い視線で俺を見下ろしてくる。

 ……嫌じゃない自分がいるんですけど!


「好きなんですか?」

「は、え、な、何がですか」


 控えめに言って最高です! ……なんて言ったら間違いなく口を聞いてもらえなくなるので、紙一重で耐えた。


「どうして敬語に? 私が聞いたのはそのパンのことですよ」

「あ、あぁ、パンな。好きだぞ」


 咳払いをして気持ちを切り替えたあと、夢前川にお気に入りのスティックパンを揺らしてみせる。


「実は私もこの前先輩にもらって以来、たまに買うようになってしまって」

「安いし、多いし、味も普通だからな。いいよなこれ」

「そこは美味しいでいいじゃないですか……」


 まずくはないけど、普段妹の美味しい料理を食べているせいで、容易に美味しいとは言えない体になってしまっている……。まだまだ俺の胃袋を掴むのには程遠い。

 何回も買ってる時点でがっつり掴まれちゃってますね……。


「よかったら食うか? まだ二本しか食ってないから四本残ってるけど」

「いや先輩が触ったのはちょっと」

「触ってないし、そこまで汚くないと思うんだけど急に傷つけるのやめてくれる?」

「半分冗談ですよ」


 半分はガチじゃねーかよ。真顔なのがやけに怖い。


「いらないならいいです」

「べ、別にいらないとは言ってませんよ。ちょっと仕返しのつもりだったんです……」

「……さいですか」


 基本攻撃的な言動の夢前川だが、ちょっとずつ俺に対するあたりが柔らかくなってきたような気がする。


「なんですかその顔。くれるんですか、くれないんですか」

「食い切れなくて困ってたんだ、もらってくれ」

「は、はい」


 袋ごと手渡すと、夢前川は一本を美味しそうに口に運ぶ。

 俺が作ったわけじゃないが、目の前で美味しそうに食べてもらえると嬉しいものがある。

 実際に自分で作った料理をおいしいと言われたら、どんなに嬉しいんだろうか。緋奈も美味しいって言ってくれるの嬉しいって言ってたし、これからも感想はちゃんと伝えよう。

 そういえばここ最近、社と昼飯を食べていない。

 だからなんだという話だけど……、社の料理も美味しいからなぁ。


「夢前川は料理とかするのか?」

「はい。たまにですけど」

「するのか……」


 なんで俺の周りの美少女たちは、勉強も運動も料理もできちゃうんだろう。一人くらいできない人がいてもいいんじゃないの? ラノベでは定番のシチュエーションなのに。

 どうやら料理できない枠も横山のようだな……。俺の中で横山の株が勝手に上がっていってる。


「なんで残念そうにするんですか」

「そんなつもりはない。勉強も運動もできて、料理もできるとか、完璧な美少女だよな、夢前川も」

「なっ……!」


 普通は手が届かない高嶺の花のはずなのに、戸堀先輩に言われて、社のことをより意識してしまう俺は、やっぱりずるいのではないか?

 正々堂々、社の気持ちを知るためにはどうすればいい。


 結局、この日のバイトも社のことばかりを考えていて、あっという間に時間は過ぎていった。

 バイトも、勉強も、手につかない。この感情をなんて呼ぶのか俺はもう知っている。

 そしてその日の夜、俺は決意したのだ。

 確証のない社の気持ちを知るよりも、もうすでにここにある気持ちを、社に伝えてしまおうと。


「……告白、か」


 テストが終わってから。

 そう心に誓って俺は、社との勉強会の日まで、勉強とバイトをなんとかこなしたのだった。


読んでいただきありがとうございます!


ブクマありがとうございます!

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