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唯一無二の先輩

 氷上との件から、まるまる一週間がたったある日の放課後。

 いつもならバイトまでの時間をどう潰すか悩むのだが、今日は寄らなければならない場所がある。


「かーくんばいばい」

「おう。またな」


 そんなことを考えながら席を立った俺に、わざわざ自分の席からこっちにやってきた氷上が、無表情のまま手を振ってくる。

 小さく手をあげ返すと、氷上はこくっとうなずいて、リュックを背負い、サイドテールを揺らしながら教室をあとにした。


 あの日から氷上とは、ちょくちょく話すようになった。

 氷上は別に、人見知りだとか、人と話すのが苦手なわけではないらしい。ただ自分から話しかけることもなければ、話しかけられることもなかったため、その辺を気にしないで生きてたらこうなったと自分で言っていた。


『兄弟もいないし、一人が嫌いなわけでもない。好きなことを好きなときにできるから』


 そんな考えを持っていた氷上が、初めて人と比べられた。悪い方に転がることもあるかもしれないが、氷上にとってそれは、いいことだったのだろう。

 社という存在は、氷上の人生に多大なる影響を与えたのだ。

 まぁちょっと変わったところもあるけど、悪いやつではない……と思う。


 氷上の背中を見送って、ちらりと教室後方を見やると、ほうきを両手で持った社が、ジト目でドアの方を睨みつけていた。……氷上が掃除でもさぼったのかしらん。

 俺の視線に気づいた社は、目を瞬かせ、前髪を整えてから、胸の前で小さく手を振ってくる。


「……社は迷惑そうだな」


 氷上からの勝手な憧れや対抗心を向けられている社からしてみれば、嬉しいものではないのかもしれない。社のあんな表情初めて見たぞ……。

 頬を引きつらせながら社にうなずき返して、教室から出ようとカバンを肩にかけたところで、近くにいた女子二人組と目が合ってしまう。

 たしか前髪ぱっつんが加古(かこ)で、前髪の一部を三つ編みにしているのが(たき)だったはず。いつも横山と三人でいるので印象に残っている。

 おそらくこの二人は、横山から話を聞いているはずなので警戒しなくてもいいはずだ。昼休みに、社と飯を食ってることもあるしな。


「じゃあ……」

「う、うん」

「ま、また」


 俺は全く喋ったことないけど、無視して悪口とか言われるのは嫌なので、二人に会釈をして早足に教室から出る。多分今頃悪口言われてるんだろうな……。


 廊下を進んで階段を降りると、目の前には昇降口がある。しかし今日は、職員室の方面の廊下をさらに進んでいく。

 職員室のドアには『テスト期間中につき生徒の出入り禁止』と、張り紙が貼ってある。ここで怪しい動きをしようものなら、一発で停学になるだろう。

 まぁ職員室なんぞに用はない。もう一生入りたくないまであるしな。一生嫁入りできないのは青倉先生とか間違っても言うんじゃないぞ?

 青倉先生に心の中で謝罪をしつつ廊下を進めば、目的地に到着した。


「斗季は先に来てんのかね」


 ドアを三回ノックすると、小さい声で返事が聞こえてくる。この感じ、久しぶりだ。


「失礼します」

「おー、後輩。久しぶり」

「久しぶりです。戸堀(とほり)先輩」


 保健室に足を踏み入れると、丸椅子に座って文庫本を片手に持つ女子生徒の姿があった。

 彼女の名前は戸堀(あい)。俺が唯一、先輩と呼んでいる人だ。

 年齢も学年もちゃんと上なのだが、その見た目はまるで小学生。

 胸はぺったんこだし、成長するからと買った制服の袖は余ってるし、顔立ちも、社以上に幼い。


「後輩、失礼なこと考えてない?」

「めっそうもない」

「……ならいいけど」


 白みがかった長い髪払って目を細めた戸堀先輩。やっぱりこの時間の先輩はエンジン全開だな。

 見た目に反して口調はちゃんと年上なので間違わないで済むぜ……。


「斗季はまだ来てないんですね」

「斗季君は今日掃除当番らしいよ。聞いてないの?」


 本にしおりを挟さんで、カバンにしまった戸堀先輩は、椅子から立つと、俺の元へやってくる。


「……先輩、足踏んでます」

「それより先に言うことがあるでしょ?」

「すいませんでした」

「君はいつも簡単にバレる嘘をつくね。わざとやってるんでしょそうでしょ」


 もちろんわざとである。足を踏まれるためにバレバレな嘘をつくのが、先輩とのコミュニケーションだ。

 でもこんな嘘つくの先輩だけだから! 他の人には嘘つかないから!

 鼻で笑った先輩は、踏んでいた足をどかして「準備して」と、踵を返す。

 先輩からのお仕置き、もといご褒美を堪能して、部屋の隅に積まれている丸椅子を、先輩がいつも使っている机の前に二つ並べる。もう一つは、斗季の分だ。


「君は変わらないよね。もう一年もたつのに」

「この年になったら簡単には変わらないですよ。先輩も全然変わらないじゃないですか!」

「……私がしているのは内面の話だけど?」


 俺と斗季が戸堀先輩と出会ったのは、俺たちが入学してすぐの頃だった。

 バイトが本格的に始まるまでの放課後は、斗季と入りもしない部活見学に顔を出し、適当に時間を潰していた。どうやら斗季は、そこで部活の人たちと知り合い仲良くなったらしい。あいつのコミュ力どうなってんの?

 しかしある日、運動ができない斗季は、バスケ部の見学中に、ボールをキャッチし損ねて突き指をしてしまった。

 練習の邪魔をしても悪いので、見学を切り上げて俺が付き添い保健室に連れて行った。

 そこにいたのが戸堀先輩だ。


『幼女だ』

『誰が幼女だっ!』


 俺の失礼な発言に怒りながらも、席を外していた先生の代わりに手際よく斗季の処置をしてくれたのだ。


 どうやら先輩は生まれつき血圧が低いらしく、朝がとても弱いらしい。

 これだけ聞くと軽い症状に思えるが、保健室登校しなければいけないほどの支障はきたしている。

 一時期、斗季と二人でよく保健室に足を運んでいたのだが、戸堀先輩に止められてから、俺は保健室に来るの控えるようにしている。多分、先輩なりの気遣いだと思うから。


「先に始めるのも斗季君に悪いし、後輩の近況でも聞こうかな」


 俺の足を踏みながら笑顔をたたえる戸堀先輩に、ごめんなさいと謝っておく。朝は弱い先輩も、この時間になると、俺や斗季よりはるかに元気だ。

 最後に先輩と話したのはたしか春休み前のはず。……ここ一ヶ月いろいろあったからな、話題はたくさんある。


「先輩、社奏って覚えてますか?」

「あぁ、学校一の美少女の子でしょ。あと、一年のとき後輩と同じクラスだった。なにその社奏って子と何かあったの?」


 あまり学校の噂を知らない先輩でも、社の名前は知っている。というか、俺と斗季が先輩に教えたんだけどね。同学年に可愛い子がいるって。


「実は、この前の連休中一緒に遊園地に行ったんですよ」

「へぇ。話すのも難しいって言ってたのに。もしかしてそれきっかけで好きになったとか?」

「まさか。そんなの社に迷惑ですよ。それにその遊園地もついて行っただけなんで」

「なんだー、ついに後輩にも彼女ができたのかと期待したんだけどなー」

「できたとしても社はありえませんよ。社と付き合えるとしたら……まぁ斗季とかじゃないですか?」


 友達になったとは言え、それ以上になろうとは思わない。

 もちろん恋愛感情が全くないか、と聞かれたら嘘になる。社は可愛いし、スタイルもいいし、勉強も運動も料理もできる。

 こんな子が彼女なら幸せだろうな……と、普通は思うだろう。でも、思うだけでいい。社と俺じゃあ釣り合わないからな。

 笑いながら言うと、先輩が急に頬を引きつらせた。


「……後輩は、ついて行っただけと言ったよね? 誰について行ったの?」

「同じクラスの横山って子と、斗季です」

「っ! 斗季君も行ったの⁉︎ もしかして横山って子も女の子?」

「そうですよ」

「……終わった」


 心なしか、先輩の白い肌がさらに白くなったような。

 俺なんかまずいこと言ったかな……。

読んでいただきありがとうございます!


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