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一触即発

 眠気と戦いながら授業を聞いていると、気づけば昼休みになっていた。今日は社に誘われて非常階段で昼食を取ることになっている。

 大きなあくびを一つして後ろを見やれば、社が弁当を持って席を立つところだった。

 視線に敏感な社は、俺のことに気づき胸の前で小さく手を振ってくる。無視するわけにもいかないので、周りを警戒しながら俺も小さく振り返す。

 うーん、社の警戒心がちょいと下がってるような……。

 実際、先日の休み中、電車の中で俺と社を目撃した氷上がいるからな。万が一にでも他の人に見られたら大ごとだ。まぁ社のことだしその辺のことはわきまえているだろう。

 教室を出て行く社を見送ってから、俺もカバンの中から妹の手作り弁当取り出して席を立つ。


「かーくん」

「……おう。どうした」

「放課後忘れないで」

「わかってるって。どこ行きゃいいの」

「図書室。今週は私が当番」


 廊下側一番前の席に座る氷上は、俺を呼び止めて、図書室と書いてある札がぶら下がった鍵を、顔の横で左右に揺らす。


「忙しいんじゃないのか」

「人は来ない。暇」


 図書室は、たしかに俺も数えるほどしか行ったことがない。一年のときに斗季とテスト勉強で数回使った程度か。

 てか、もうすぐテストだな……。近々、保健室に顔を出しに行かないとな。


「じゃあ」

「うん。放課後」


 鍵をポケットにしまう氷上に手を上げて、教室を出ようとしたそのときだった。


「……香西君?」


 ドアの前にいた社が、俺と氷上を交互に見て、俺にしか聞こえない声で呟いた。


「……社奏」


 ちらりと氷上を見れば、むすっとした表情で社を睨んでいる。

 もしかしてこれやばいんじゃないの?

 社の視線を察するに、「どうして氷上さんと?」と、俺に聞いている気がしなくもない。

 氷上も社の秘密を握っているのに加えて、社に対してなにやら因縁があるような感じだ。


「あれ社さんが氷上さんと揉めてる……?」

「なんで間に香西いんの?」

「珍しい組み合わせ」


 目立つ社に、普段は物静かな氷上とクラスでも孤立気味な俺が一緒にいれば、そりゃ目を引く。

 社と氷上がどんな関係かは後で聞くとして、今はこの状況をどうにかしたい。でも、ここで俺が仲裁なんかしたら、社との関わりや、氷上との件も公になってしまう。

 周りに目を配りながら、どうするかを全力で考える。

 ……ダメだな。何も思いつかない。


「あれ、どったのこんなところで」

「あ……横山さん」

「……横山木葉」


 諦めた俺の元に、菓子パンを片手に持った神が現れた。自称俺の友達、横山木葉さんである。

 それにしてもいいタイミングすぎるぞ。今度パンでも奢ってあげようかな!

 そう思いながら横山を崇めていると、横山もこの珍しい組み合わせに目を瞬かせている。


「……私、忘れ物を取りきただけだよ」

「そ、そう」


 横山にそう言った社は、俺の横をするりと抜けて自分の席に戻って水筒を手に持つと、後ろのドアから教室を出て行った。

 一番存在感がある社がそこからいなくなれば、周りも興味をなくしたようで、またいつもの教室の喧騒が聞こえてくる。

 氷上も、机に広げた弁当をつつき始め、こっちには目もくれない。

 いまいち氷上の考えていることが読めないな……。この子は一体何がしたいんだ?


「で、何があったの」

「俺にもよくわからん」

「うーん? まぁいいや。いってらっしゃい」

「いちごオレ買いに行くだけだけどな」

「それもういいから」


 横山に半目で睨まれて早足に教室を出る。うん、いいね。

 最後に氷上の横顔を盗み見たが、やっぱり何を考えているのかわからなかった。



「氷上さんと、知り合いなの?」


 非常階段に着いた俺に、少し横にずれてスペースを空けてくれた社が、開口一番に聞いてきた。

 話す気は無かったが、聞かれたら話すしかない。俺は嘘をつかないと決めている。


「実はな……」


 電車の中で社といるところを見られたところから、今朝のことまでを簡単に説明して、社の様子を伺う。もちろん壁ドンのくだりは割愛させていただきました。

 すると社は、眉根を寄せて小さく頬を膨らませると、膝の上の弁当箱をぎゅっと胸に抱き寄せた。


「……香西君は、好きでもない人と簡単にお付き合いするの?」

「いやそういうわけじゃないけど……。というか、重要なのはそこじゃなくて」

「重要だよ……。お付き合いするってそんな簡単なことじゃない……と思う」


 社は、顔を真っ赤に染めながら上目遣いで言った。


「……ごめんなさい」


 ドキドキしているのが悟られないよう、いつもより深めに頭を下げる。

 まさかこのことで怒られるとは思ってもみなかった。社の恋愛観に反することだったのだろうか。

 ……あー、そうだ。社は何度も告白されていて、それに対する返事もちゃんと伝えているんだったな。こんな生半可な気持ちだとそりゃ怒るか。

 でもなぁ……あの時はそうするしか選択肢がなかったし、それが一番簡単だったんだよ……。と、言い訳しても火に油を注ぐだけなので、言わない方がいいな。

 短く息を吐いて、胸を落ち着かせた俺は、ゆっくりと顔を上げる。


「……そういうの、もうなしにしてね」

「あ、あぁ約束する」

「よし、じゃあお弁当食べよっか」


 気を取り直したように微笑んだ社は、弁当の包みを丁寧に解いている。

 丸く収まった感じを醸し出しているが、問題は何も解決していない。むしろ悪化したまである。


「社、それで氷上が握っている秘密の件はどうする」

「そのことなら大丈夫だよ」

「……そうなのか?」


 俺の予想に反して、社は自信満々に言いながら弁当のふたを開けた。


「私もね、きっかけがほしかったから」


 何の、とは聞かなかった。多分この件は、社に任せてしまって大丈夫だろう。……余計なことをした。俺は何もできないのに。


「あ、香西君これ見て」

「うん?」


 楽しそうに笑っている社が、自分の弁当を胸の前にまで持ち上げている。

 その弁当に目を落とすと、そこには社が好きと言っていたダル猫の顔があった。どうやらキャラ弁を作ってきたようだ。


「おぉすげーな」

「ほんとは遊園地の日までに完成させたかったんだけど……満足できなくて」

「こだわってんだな。美味そう」

「嬉しいけど、ちょっと複雑だよその感想……」


 妹のダル猫愛も相当だが、社も負けず劣らずって感じだな。二人が出会ったらどうなっちゃうのー⁉︎

 社に続いて俺も弁当を開ける。すると、こちらの弁当からもダル猫の顔が現れた。

 不定期開催今月のキャラ弁。今日の朝、起こされるのが早かったのは、これのせいか。


「香西君の弁当もダル猫だね」

「たまたまだな」

「心苦しいけど……食べよう」


 涙目になりながら鼻をすんっと鳴らした社は、胸の前で弁当をじっくりと眺めて、箸を持った。

 食べにくそうだな……。あと、胸の前に持ってくるのやめてね。違うところに目がいっちゃうから!


 そんな社を横目に、美味しい弁当を食べきって、二人一緒に手を合わせる。スマホで時間を確認すると、まだ時間には余裕があった。

 そういえば、氷上と社ってどんな関係なんだろう。さっきの氷上の様子からして、知らないなかではなさそうなんだけど……。


「社って、氷上のこと知ってるのか?」


 お茶を一口飲んで横目で社に聞くと、社は手に持ったお茶に目を落として、ぽつりと言った。


「氷上さんはね、私のライバル……らしい」

「……はい?」


 これまた予想外な言葉に、俺は、お茶をこぼしてしまった。

読んでいただきありがとうございます!



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