近づく距離
社が作ってきてくれた弁当は、俺はもちろんのこと、横山と斗季にも好評だった。
定番のおかずに加えて、昨日から味付けをしていた唐揚げに、この前食べさせてもらった煮物や、様々な具が入ったおにぎりなど、見るだけで食欲をそそられた。
「四人分なんて大変だったんじゃないか?」
「普段作る量よりは多いけど、私料理好きだから」
笑顔で答えてくれた社だったが、横山や斗季と話しているのを聞いていると、どうやらこの弁当は朝の4時から作り始めたらしい。唐揚げのことを考えれば、昨日からと言っても過言ではない。
「……材料分のお金は払う」
「いいよ、そんなつもりで作ってきたんじゃないから。みんなに喜んでもらえて、それで十分」
「これはじゃん負けでデザートを奏に奢ろう」
「いいねやろう」
弁当を米粒一つ残すことなく美味しくいただいて、じゃんけんで負けた俺が人数分のソフトクリームを買いに行った。なぜ横山と斗季の分も奢らさせれたのか納得できないが、まぁ気にしないでおこう。
そのあとの遊園地はちゃんと四人で回って、閉園間際までアトラクションに乗り続けた。と言っても、ほとんど待ち時間だったけど。
「お土産どうする?」
「俺はこの前家族で来たしいいかな」
「私は買おうかな」
「俺も」
「おっけー」
斗季以外の三人でお土産屋さんを物色して、各々友人や家族の分のお土産を買い遊園地をあとにする。
帰りの電車は遊園地帰りの人が多く、朝よりも人口密度が高い。電車通学の横山と斗季は平然としていたが、俺と社は人の多さにビビるばかりだ。
けれど、一駅止まるごとに人の数は徐々に減っていき、空いた四人席をすかさず確保した横山のおかげで、俺たちは座ることができた。
心地よい揺れと、適度な疲れのせいか、眠気がすごいことになっている。
しかし、寝るわけにはいかない。もし俺が寝てしまったら、みんな仲良く終点まで運ばれることになるかもしれないからね。
あくびを我慢しながら、窓際に肘をついてぼーっとしていると、窓に反射して、社と横山の寝顔がちらちらと目に入る。ちなみに席は、向かい側に社と横山、俺の隣に斗季が座っている。
「よかったな」
寄り添うようにして寝ている社と横山に、ぽつりと呟く。
後半の方の社は、横山と話しているときも笑顔が増え、朝よりだいぶマシになっていた。それはもちろん社自身の頑張りで、俺が何かしたわけじゃない。協力するとか、手助けするとか言ってたのが恥ずかしいぜ……。
結局俺は、何もできないのだ。……まぁ俺のことはどうでもいいか。
スマホで時間を確認すると、もうすぐ夜の9時を迎えようとしていた。
妹からのメッセージに返信しつつ車内のアナウンスに耳を傾けると、次の停車駅が、横山と斗季の降りる駅だった。
俺の肩に頭を乗せて寝ている斗季を軽く揺さぶって起こし、「次の駅だぞ」と伝える。
「おぉ……寝てた」
「おはようさん。斗季だけじゃないけどな」
「社さんと横山さんもか。拓人は?」
「俺は普段寝まくってるからな」
「違いない。けどさんきゅー」
「気にすんなよ。それより横山も起こした方がいいんじゃないか?」
「だなー」
軽く伸びをした斗季が横山に声をかければ、横山もすぐに目を覚ました。
「あぁ……寝てた」
「俺もさっきまで寝てたんだけど、拓人が起こしてくれた」
二人はまだ寝ている社を起こさないよう席を立ち、ドアの前に移動する。
「たっくん今日はありがとね」
「ソフトクリームのことなら気にしなくていい」
「いやそれもだけど。奏呼んでくれたり、奏と私のこと気にかけてくれてたでしょ」
「気にしてただけで何もしてないけどな」
「そんなことない。奏と友達になれたのは、たっくんおかげ。たっくんも奏と友達になったみたいだし?」
「俺はついでだからな。つまり横山のおかげだ」
「何それ」
呆れたように笑った横山は、減速を始めた電車の揺れに負けないよう手すりにつかまった。そして、寝ている社にちらっと目をやり、また俺に視線を戻す。
「次は私が頑張るからさ、期待しててよね」
「何にだよ……」
むしろちょっと怖いから何もしなくていいんですけど……。
「あ、それと」
「ん?」
「私とたっくんも友達だからね? 今度奏に仲良くないとか言ったら絞るから」
何をだよ……。
電車が停車し、去り際にそう言った横山に、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
それから三駅進み、次が俺と社の降りる駅だ。
まだ社は寝ているので起こさなければいけないのだが……。よほど疲れているのか、声をかけても社が起きる気配はない。
まぁ社は弁当を作るために朝早く起きてるし、横山や斗季と話すのに神経を使っていたわけだしな。俺より疲れるのは当たり前か。
しかし……どうやって起こせばいいんだ? 自然に起きるのは期待できないし、電車の中だから大きい声も出せない。
「社、起きてくれー……」
何度か試みてみるも、社はぐっすり眠っている。さっき横山に起こしてもらえばよかったな……。
そろそろ電車も駅に着く。……仕方ないか。
小さく息を吐いて、社に申し訳ないと思いながら、軽く肩を揺さぶる。
すると、社がうっすら目を開け、左右に小さく首を振って、「……おばあちゃん?」と呟いた。
「すまん、俺だ」
「……。っ! か、香西君……。ごめんなさい、私寝ちゃってた」
「気にするな、今日は疲れてるだろうからな」
完全に目を覚ました社は、俯いて髪型を気にしている。ちらっと俺の目を見ると、恥ずかしそうに口をつぐんで、微かに頬を染めた。
減速を始めた電車に気づいた社は、数回瞬きをして窓の外を見やる。
「もしかして……ここ?」
「おう。とりあえず降りるか」
「う、うん」
忘れ物がないよう気をつけて社と電車を降り、改札を抜ける。
一応、同じ学校の生徒らしき人がいないかを警戒しつつ、社の家の方面へ一緒に歩く。クラス会の夜に、俺の家もこっちだと嘘をついたので、駅で別れることはできない。元々途中まで送るつもりだったからいいんだけど。
それから一言も喋ることなく、あの夜の日と同じ信号前にたどり着いた。今、信号は赤だ。
「ここまででいいか?」
「あ、うん……」
隣の社にそう言って、俺が持っている空の弁当箱が入ったカバンを社に手渡す。
「弁当美味かった。ありがとな、朝早くから」
「ううん、ほんと気にしないで。それに……私こそ今日は、ありがとう。その、一人にしないって言ってくれて、私、嬉しかった」
「……そうか」
社のいつになく真剣な眼差しに、俺は小さく笑みを返した。
俺も、少しでも、ほんの少しでも、社の力になれたなら、嬉しい。
「横山と仲良くな」
「……うん。香西君ともだよ」
「おう」
信号が青に変わった。今日はもうお別れだ。次会うのは、学校になるだろう。
一度横断歩道を渡ろうと前を向いた社が、立ち止まってまたこちらを向く。
そして、最後にはにかんで言うのだ。
「また学校でお弁当食べようね。……二人で」
その日、一番のドキドキだった。
点滅する信号の下を早足で歩く社の背中から目が離せない。
小さくなって、遠くにいるはずなのに、一年前より社奏は、ずっと近くにいる。
「ラブコメは……始まらないよな?」
こうして高校二年のゴールデンウィーク二日目は終わった。
空を仰げば、半分かけた月が街を照らしている。
半分は闇で、半分は光。
ゴールデンウィーク明けの学校で俺を待ち受けていたのは、そんな究極の選択だった。
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