トラウマ
遊園地で一番時間を使うのは、アトラクションの待ち時間である。
風の噂だと、遊園地やテーマパークに行ったカップルはよく別れるらしい。その理由が、待ち時間での過ごし方だ。
普段のデートなら、必ず何かしらの行動をしているはずなので、退屈な時間はないはずだ。まぁしたことないからわかんないんだけど。
しかし、この待ち時間はそんな時間と比べてさぞかし退屈だろう。つまりこの時間の埋め方で、パートナーの良し悪しがわかるってことだ。まぁパートナーがいないんで、良し悪しとかの次元にいないんだけど……。
「……」
「……」
そんな待ち時間に、パートナーでもない女の子と二人きりで気まずい時間を過ごしているのが、俺である。
さすがは連休中の遊園地、どのアトラクションも待ち時間は二時間を超えていて、今日一日で全てのアトラクションを楽しむには時間が足りない。
早々に結論づけた俺たちは、各々が乗りたいアトラクションを出し合い優先順位をつけて、回ることになった。
一個目のアトラクションは、四人とも同じものだったので一緒に並んで乗ったのだが、二つ目は意見が分かれてしまいどうするかと悩んでいた。そして、結果がこれだ。
「……社は、絶叫系とか苦手じゃないのか?」
「う、うん。でも、おばけ屋敷とかは苦手かな」
四人で来たのに、二手に分かれるという意味のわからない采配。監督は横山です。こんな代表監督すぐ降ろされるぞ。ペアを組むにしても、俺と社じゃなくて、横山と社の方がよかったんじゃないの?
今更すぎる文句を胸の中で呟いて、絞り出した話題を社に振ってみる。無視はされないものの、俺も社も活発に喋る方ではないので、会話は途切れとぎれだ。
多分俺は、彼女ができても遊園地には来ないだろう。喋れないから。
しかし、二人になってよくなったこともある。それは、社の態度だ。
どうやらまだ横山と喋るのは緊張するようで、遊園地に入ってからあまり笑わなくなった。斗季に話しかけられても、無視はしないがぎこちなさが目立つ。
学校のときの態度比べれば全然マシだし、どうにかしようと頑張っているので手助けをしてやりたいのだが……、まさか二人きりにさせられるとは思わなかったです。
「社、進んだぞ」
「あ、うん」
列で言えば社は俺の前に並んでいて、前に背中を向けている形になっている。少しだけ進んだ社は、また振り向いて俺と向かい合う。
……社も頑張ってるんだし、俺もちょい手助けするか。
「社はさ、横山と仲良くなりたいんだよな?」
「う、うん」
「じゃあ俺は、社に協力するぞ」
「協力?」
「横山と仲良くなるためにな。さっきから……いや、学校でも頑張ってるし、俺でも手助け程度ならできる」
勝手に協力するよりも、俺が社の味方だと知っていた方が気楽にできるだろう。すると社は、頬を染めて上目遣いで呟いた。
「……見てくれてたんだ」
「お、おう。一応、相談っぽいことされたしな。乗りかかった船だし、最後まで付き合う」
詳しくは見てたではなく、目に入るだけど。事実だし訂正はいらないかな。頑張ってる社に水差すのも悪いし。
「ありがと」
左ひじを抱いた社は、目を伏せてまた呟く。
でも、その表情は、何度か見たことのある苦しそうな表情だ。
「余計なお世話なら言ってくれよ?」
「ち、違うの! 香西君が協力してくれるのはすごく嬉しい。でも……ね、私、友達出来たことがなくて」
不安に満ちたその表情と、諦めが滲んだ眼差し。
そんな顔されると俺なんかでも、社の身に何かがあったんだなとわかる。
人には、触れられたくないことがある。
地雷、トラウマ、古傷。言葉なんてなんでもいい。でも、たしかにそこにあるものだ。
いつか笑い飛ばせるようになることじゃない。綺麗さっぱり忘れられるようなものじゃない。
いつになってもそこにあって、ふとした瞬間に思い出して、永遠に自分を蝕んでいくものだ。
多分、社にもそれがある。
もし、横山との仲を取り持つ際に、社の『それ』に触れなければならないとしたら……。
社の目を見返す。相変わらず綺麗な濃紺だ。でも、今の表情と掛け合わせると、遠い宇宙をさまよっているようにも見えた。
俺は頑張ってる人が好きだ。だってそれは、自分にはできないから。
もし、もしも社が、『それ』をさらけ出してでも、横山と仲良くなれるのなら、俺も──。
「……何かあったのか?」
俺は知っている。『それ』には、触れない方がいい。
触れてしまったら、俺も『それ』を背負わなければならなくなるから。
自分のことでも精一杯なのに、人のことを考える余裕なんてない。
一度犯した失敗からそう学んだはずなのに、俺は聞いてしまった。今まで気づかないフリをしていた『それ』を。
「……本当は言いたくない。でも、協力してくれるって、手助けをしてくれるって、香西君は言ってくれたから。それに、香西君だから」
そう言って無理やり笑顔を作る社に、俺も小さく笑みを返した。
「まずはあれに乗ろっか」
「だな」
列が進んで、目の前に見えてきたアトラクションに社が指をさす。
そのアトラクションは、ジェットコースターの動きと映像がリンクして、まるでその世界に入り込んだような体験ができるアトラクションだ。
一つ目に乗ったシンプルなジェットコースターよりも、上下に揺れたり、左右に振られたりするため、乗り物酔いする斗季と横山にはきついらしい。軟弱なやつらめ……。
「終わったらちゃんと話すね。だから乗ってるときは、今の話は忘れよう」
「おう」
それから少しして、俺と社の番がやって来た。
社に言われた通り俺は、そのことをちゃんと忘れてアトラクションを楽しもうとしていたのだが、隣でアトラクションを楽しむ社の可愛らしいリアクションのせいで、それどころではなかった。……ずるいわこの子。
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