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屋上と立ち入り禁止

 社に連れてこられたのは、屋上へと続く非常用階段の踊り場だった。

 小さな窓から外の光がわずかに差し込んでいる。薄暗くて、心なしかここだけ気温が低い気がした。

 残念ながらこの学校は、アニメのように屋上は解放されていないので、空から美少女が降ってきたり、風でなびいた先輩のスカートから覗くパンツを見ることはできない。屋上には夢が詰まってるとあれほど言っているのに……。

 そんなことを考えている俺の目の前では、ラッキースケベな先輩も顔負けするほどの美少女が、瑠璃色の髪を耳にかけながら、短く息を吐いていた。

 そんな仕草に目が奪われそうなのをグッとこらえて、俺は平静を装いながら口を開く。


「こんなところあったのか、よく知ってるな」

「ま、まぁね」

「それで、なんか用か?」

「……香西君、寝る時間遅いよ?」

「その話続いてるのか……。普通だろ、多分」

「私、10時には寝てるから」

「早っ、マジ?」

「マジ。昔からそうだったから、夜更かしとか、徹夜とかできないだけかもしれないけどね。あんまり夜更かしはよくないよ?」

「ご忠告どうもです……」


 柔和な笑みを浮かべ、うんと頷いた社を直視できず、目をそらしてしまった。

 社ってこんなやつだっけ……。いや、よく知らないんだけどね。


「社も、あんな人がいるときに話しかけることないと思うんだけど」

「あれは香西君が悪いよ。席についたとたん寝るんだもん。それに、香西君も結構目立つから」

「そんなことないと思うが……。なんかすまん。まさか社に話しかけられるとは思ってなかったから」

「……昨日、また明日って言ってたから、挨拶くらいしようかなって」

「それは律儀にどうも……。ん? え、じゃあなに、挨拶のためだけにここに連れてきたの?」

「ち、違うよ、ちゃんと話したいことあるから」


 小さく首を振った社は、佇まいを正すと、大きく綺麗な双眸でじっと俺を見つめてくる。そして、離れていた距離を一歩ずつ詰めると、一枚のプリントを差し出してきた。


「委員名簿?」

「うん、さっき青倉先生に渡されて。これ、香西君に書かせて届けさせればいいって」

「あの人俺のことなんだと思ってんだ……」


 一番上に太文字で書かれた文を読むと、社はコクリと頷いて、さっと一歩後ろに下がった。

 それにしても、近くで見れば見るほど、社がいかに美少女であるか実感する。

 マシュマロみたいに柔らかそうで白い肌、紺色の綺麗で大きな瞳、ぷくっとした艶のある唇。顔のパーツはどれも無駄がなくてまとまっている。

 それはどこか人形のような作り物感があるが、表情豊かな社と相まって、まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のようだ。

 今も、口を押さえてクスリと笑っている。こんな社は初めて見た。


「香西君、青倉先生と仲良いよね」

「これを仲良いとは言わないんだよな……」

「そうかな? 一年の最初の頃から親しげだったから、仲良いのかと思ってた」


 そうあれは、一年になって間もない頃。

 高校生になったらバイトをすると決めていた俺は、入学式の一週間前からバイトの面接を受けまくって、家から近いスーパーの品出しバイトに受かっていた。

 しかし、うちの高校、風紀や校則は比較的緩いのに、なぜかバイトだけが禁止だったのだ。

 決めたバイトをバックレるなんて選択肢はなく、学校に黙ってやっていたら、たまたまそのスーパーに青倉先生が買い物に来た。

 よりによって担任の先生が来るなんて……。まだ他の先生ならバレずに済んだかもしれないのに。その時の俺は、自分の運の無さを呪った。

 が、青倉先生は、俺を責めることなく頑張れと激励をくれただけでなく、なんと学校にバイト許可の申請までしてくれていたのだ。

 俺は運がいい。こんな美人で、優しい先生に巡り会えたのだから。

 危うく惚れそうになったのをギリギリ耐えたのを覚えている……。そこは惚れとけよ……。

 こんな経緯もあり、俺は先生に弱い。年上の女性ということも要因の一つなのだが。


「社も先生とは話すだろ。俺もそれと同じ」

「うーん、違う気がするけどな……」

「やめろ。それ以上俺と先生のラブコメを進展させるような発言はやめろ」


 大事なことすぎて二回言ってしまった。そんなことしたら先生が結婚できなくなるだろ! もっと先生に気を使え!

 真顔って言ったからか、社の柔和な笑顔が、苦笑いへと変わっていた。先生の話題は気まずさと悲しみしか生まない……。


 とりあえず差し出されたプリントを受け取って、続きに目を通すと、委員長、副委員長の他にもいくつか決めなければいけない委員があるようだ。

 おそらく今日のホームルームは、これを決めるのがメインになるのだろう。その司会と進行が、俺と社の最初の仕事ってことか。


「これは推薦じゃないんだな」

「みたいだね。すぐ決まるといいけど」

「去年は大変だったみたいだしな」

「香西君も同じクラスだったはずだけど……」


 明らかにどんよりとした表情になった社は、その時のことを思い出しているのか、肩を落としてため息をついていた。

 俺のように、委員に無関心なやつが進行の妨げになるのは言わずもがなだが、それ以上にやっかいなのは、下心があるやつだ。

 去年も社は委員長を務めていた。それゆえに副委員長の座を争う戦いは熾烈を極めたという。かっこよく言ったが、ただ社とお近づきになりたい連中が喧嘩してただけなんだよな……。

 表面的なことはあとで先生に怒られながら聞いたけど、詳しい内容までは聞いてない。興味ないし。

 けれど、渦中の社自身はそうもいかなかったみたいで、相当苦労したようだ。

 それを踏まえての推薦方式。青倉先生の名采配ぶりに全俺が感動した。


「まぁ去年とはメンツが違うからな、大丈夫だろ」

「そうだといいけど」


 肩をすくめて呟いた社に、俺は苦笑いを返すのが精一杯だった。

 と、話の区切りがついたタイミングで、予鈴が鳴った。そろそろ教室に戻らないと遅刻扱いになる。


「じゃあ、先戻るから」

「え、なんで、一緒に……あ」

「徹底するならちゃんとやれよ?」


 プリントをひらひらさせながら俺は階段を降りる。もう、社には背を向けているので、彼女がどんな反応をしているのかは、わからない。


 社奏は、男を寄せ付けない。

 それは、この一年で俺が社に抱いたイメージだ。きっと、社自身もそうなるよう意識はしていたのだろう。

 ただ、少なくとも、俺が抱く社のイメージは変わった。

 美少女には変わりないが、普通に話せるし、律儀なやつだということはわかった。

 それはこの学校で、俺しか知らない彼女の素顔。だからなんだと言われればそれで終わるってしまうが、この優越感はなんだろう。


 まぁこれ以上社と親しくなることはないんだろうけど。

読んでいただきありがとうございます!

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