誤解
目的の駅に到着すると、電車の乗客が次々に降りていく。
「みんな遊園地のお客さんかな?」
「だと思うけど」
人波に流されないよう少し落ち着いたところで、俺と社は電車を降りた。
「交代だな」
「あ、うん……。ありがと」
笑顔の社からバックを受け取って改札を出ると、楽しそうにはしゃぐ子供や、スマホで自撮りをしているどっかの制服を着た女子高生、男女二人組のカップルたちがわんさか出没している。
そんな人たちを横目に駅構内から出れば、遊園地内のキャラクターのポスターやパネルなどがあちこちに並んでいて、園内に入る前からお客さんを歓迎してくれていた。
スマホで時間を確認すると、集合時間のちょうど十分前だ。途中で乗り換えをしなかったのは、どうやら正解だったらしい。
「ねぇあのカップル」
「うわ彼女可愛い」
「いいな私も彼氏欲しい」
駅前で足を止めていると、周りからそんな声と一緒にちらちらと視線を感じ始めた。
隣にいる社は、居心地悪そうに肩をすくませ目を泳がせている。
カップルじゃないし、彼女でもないし、彼氏でもない……。そう抗議したいところだが、まずはここから移動するのが先だろう。
「移動するか」
「ごめんね、私のせいで」
遊園地の入り口付近からいったん離れて、比較的人の少ないところに出る。すると、微かに頬を染めた社が、苦笑いを浮かべた。
どうやら社に自覚はあるようだ。まぁこんだけ可愛ければ、昔から似たようなことはたくさんあったに違いない。実際学校では、注目の的だしな。
「……俺も悪かった。その、誤解させて」
「誤解?」
正直、あまり自分で言いたくないんだけど……。ほら、その、彼氏とか彼女とか。
俺と社はそんな関係じゃないし、そうなる予定も全くない。たとえ短い時間とはいえ、周りにそう誤解されるのは社も嫌だろう。
こんなこと本人に言ったら気持ち悪がられるよな……。
それはそれで悪くないが、今から遊園地だし、無駄なトラブルは避けよう。社に嫌われたいわけじゃないしね。
そう決めて、短く息を吐き「なんでもない」と、苦笑いを返す。
「斗季と横山に連絡するか」
「だね。合流した方がいいかも」
二人でいるよりは、四人でいた方が社も周りの目は気にならないはずだ。
スマホを取り出しグループにメッセージを送ると、横山からすぐに返信があった。
『私たちも今着いた! どこ?』
ラブコメにありがちなドタキャンパターンではなかったか。よかった。
『駅からちょい離れたとこだから、俺と社がそっち行く』
『了解! 駅前にいるから』
スマホをしまって社に目をやると、そのやり取りを自分のスマホで見ていた社も顔を上げて、「行こっか」と微笑んだ。
踵を返し前を歩く社の歩調に合わせて、来た道を戻る。
人が増えればちらほらと視線は感じるが、あくまでここにいる人たちの目的は遊園地だ。俺と社もその人混みに紛れれば、誰も社のことは気にしない。
俺は社とはぐれないよう、いい感じの距離を保ちつつ、社から目を離さないようにしてるけどな!
「あ、奏、たっくん、こっちこっち」
「横山さん」
「うっす」
大きく手を振って俺と社を呼ぶ横山の元へ行くと、横山が社にぎゅっと抱きついて、お互いに服を褒めあっている。
横山の格好は、裾長の白のトップスの上に茶色よりも少し濃い色のスウェット合わせていて、下はレギンスだ。上のシャツが少しだぼっとしている分、細い足がさらに細く見える。
「奏、ワンピース似合う!」
「横山さんもおしゃれだね」
「たっくんはどう?」
二人の触れ合いを、心をぴょんぴょんさせながら見守っていると、社越しに横山が話を振ってくる。
「似合ってるな」
「ふふ、ありがとう」
言わせたかっただけかよ。実際似合ってるけども。
自信ありげに笑う横山の前では、ちらっと振り返った社が、何か言いたそうに口をもにょらせている。けど社はすぐ前を向いてしまったので、その意図を理解することはできなかった。
「そういや斗季は?」
「今トイレ……あ、帰ってきた」
横山が向いた方向に目をやると、俺と社に気づいた斗季が、小走りでこっちに近づいてくるのが見える。
「うっす拓人。社さんも来てくれてありがとう」
「こちらこそ、誘ってくれて嬉しい」
「……話してくれた」
「ちゃんと手洗ったんだろうな……」
社と話せたのがそんなに嬉しいのか、斗季は俺の肩を掴んで目を潤ませている。
そういえばこの前、社に相手にされないって言ってたな……。まぁでも、グループでは普通に話せてたし、社も、斗季だから相手にしなかったわけではないと思う。
「えーと、三野谷君……でいいのかな?」
「そうです! 二年四組の三野谷斗季です」
背筋を伸ばして敬礼をする斗季に、社は戸惑いながらも敬礼を返していた。
「……女神や」
「いちいち俺に報告しなくてもいいって」
面倒くさいな。社が女神なのは知ってるから。
「それでたっくん、ずっと手に持ってるそれは?」
斗季のうざさに頬を引きつらせていると、いつのまにか俺のすぐ隣にいた横山が、後ろで手を組んで、カバンの中を覗き込んでいた。ええい近い。
香水の香りから逃げるように半身を引いて、社にちらりと視線を送る。こくっと頷いた社は、小さく手を上げて恐る恐る口を開いた。
「あ、それ、私が作ってきたお弁当……」
「えっ⁉︎」
「一応みんなの分なんだけど……迷惑じゃなかったら」
「奏すごっ! 朝早いのにこんな量」
「早起きは慣れてるから」
「おいっ」
すると横山は、俺の手と一緒にカバンを開いて中を確認する。柔らかい手に触れられて、顔が熱くなるのがわかった。
「で、それをなんでたっくんが持ってるわけ?」
「……重いし、作ってもらってるからな」
ニヤついた表情の横山から目をそらして、控えめに手を振りほどく。
社ほどではないにしろ、横山もそこそこの美少女だ。姉さんや緋奈で慣れているとは言え、女子に触れられるとドキドキしてしまう。
逃した視線の先には社がいて、なぜか半目で俺を睨むと、口を尖らせてそっぽを向く。
「へぇ、たっくんも男らしいところがあるじゃん。ね、奏……、奏?」
「そうだね。香西君も男の子なんだね。お弁当持ってくれてありがとう私が持つよ」
「お、おう……」
ひしひしと感じる圧力に、思わず社にカバンを渡してしまった。そのとき少しだけ手が当たって、社と目が合ったのだが、さらにきつく睨まれて苦笑いを返すしかない。
「そろそろ開園時間だし、並ぼうか」
「そだね」
そんな社の変化に気づかない斗季と横山は、二人一緒に列ができている入り口の方へ歩いていく。
学校にいるときの社は大体こんな感じだ。むしろ今までの方が俺からしてみれば珍しい。
急な態度の変化に、何か怒らせるようなことでもしてしまったか……? と心配したが、斗季たちと合流してからだし、モードを切り替えただけのような気もする。
「だな」
「……うん」
斗季の提案に頷いて、俺も社も二人についていく。
ペアチケットでの入園になるため事前に決めた通り、斗季横山ペア、俺社ペアで列に並ぶ。
入園する際、受付のお姉さんに、「カップルで楽しんできてください」と言われてしまい、反応に困った。
しかし隣の社は、平然と園内に入っていくので、考えすぎていた自分が恥ずかしくなる。
「……あ、誤解って」
すると、斜め前を歩く社が不意に振り返った。
「ど、どうした」
「……私は気にしてない、から」
「お、おう」
わずかに頬を染めて、目をそらしながら言った社は、また前を向いて歩き出す。
え……何を? 突然すぎてちょっと驚いたんですど……。
こうして、楽しみにしていた一日が始まったのだった。
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