早めの集合
「お兄ちゃん早く帰ってきてね」
「おう、行ってくる」
ゴールデンウィーク二日目の朝。
今日は、社たちと遊園地に行く日だ。
天気は晴れ。気温も春らしい陽気で、絶好のお出かけ日和だろう。
朝早い集合時間なので割と早めに起きたというのに、妹の緋奈は俺よりも早くリビングにいて、ココアを飲んでいた。
そんな緋奈の視線がやたら気になったが、準備を終えていざ家を出ようとすると、緋奈は笑顔で見送ってくれる。ほんといい妹だ。
「早く帰ってきてね?」
「お、おう」
なんで二回言ったんだろう……。
その笑顔に後ろ髪を引かれたが、緋奈ばかりを気にしてもいられない。
昨日の夜。
バイトから帰宅してスマホを見てみると、斗季と横山がグループで何やら会話をしていた。
『明日は現地集合だけど、たっくんと奏は大丈夫そう?』
『拓人はともかく、社さんは大丈夫だろう』
おい。ともかくってなんだよ。行けるに決まってんだろ。こっちにはスマホがあるんだぞ。威張ることじゃないけども。
そもそも遊園地自体も駅の目の前にあるし、電車に乗って揺られれば勝手に着く。気をつけるべきは、時間と乗り換えくらいのものだ。
好き勝手言ってる二人の会話をスクロールしていると、社も少しだけ会話に参加しているのが見受けられた。
『横山さんは大丈夫なの?』
『うん。何回も行ってるし、それにとっきーと一緒に行くから』
『最寄駅が一緒だからどうせなら一緒に行こうってね』
『へぇー』
『奏は最寄駅どこなの?』
『私は、学校の近くの駅』
『じゃあ拓人と一緒じゃん』
……ちょっと待て。
『奏、明日は、たっくんと一緒に行けば?』
『……迷惑じゃない?』
『たっくんはそんなこと思わないよ』
と言った感じのやり取りが繰り広げられており、時間も夜遅かったので、既読だけつけて朝に返信をすると、社から個人でメッセージが届いた。
『おはよう。昨日の夜は、勝手にごめんなさい』
『おはよう。いや全然。むしろあれは横山のせいだろ。社がいいなら俺はいいけど』
『じゃあ……一緒に行ってくれる?』
今日の朝はドキドキして、それで目が覚めた。
そして今も、そのドキドキは収まっていない。
手にはじんわりと汗が滲んでるし、家を出る時間もだいぶ早くなってしまった。社を待たせるよりはいいんだろうけど……、早く着きすぎて気持ち悪がられないかが心配だ。
などとうだうだ考えていると、目の前にはもう駅が見える。
さっき決めた集合時間まではまだあるし、社は多分、まだ来てないだろう。
駅で待ち合わせにしているが、どの辺にいるのかは、わからない。
「先にチャージしとくか」
時間の五分前にメッセージを送ればいいかと思いながら、電子マネーをチャージするため切符売り場に移動する。
斗季と横山から事前に教えてもらっているので、値段は知っているが、一応確認しておく。
往復分をチャージして、改札前にちらりと目をやると、そこには周りをきょろきょろと気にしている社の姿があった。
「もう来てたのか……」
集合時間まであと三十分もある。連絡ミス……とかじゃないよな?
そんな心配をしていると、こっちを向いた社とバッチリ目が合った。すると社は、小走りでこっちにやってくる。
社の格好は、花柄があしらわれた白色のワンピースに灰色のカーディガン合わせて、ショルダーバッグを肩からぶら下げている。それに、両手で持った大きめのカゴバックはとても重そうだ。
「ごめん。待たせちゃった?」
「いや俺も今来たし、集合時間はまだ先だぞ」
「そ、そっか。よかった。でも、香西君も早いよ?」
「……俺は時間を間違えてだな」
「そっか。なら、早く来てよかった」
そう言ってはにかむ社を直視できず、頬をかきながら目をそらす。
私服の社を見るのは初めてじゃないが、制服を着てない社はやっぱり新鮮で、魅力的だ。それに加えてこの笑顔……よし、一回落ち着こう。
小さく息を吐いて周りを見やれば、やはり社は注目の的になっている。
いつまでもここにいるのは、社も嫌だろう。
「ちょっと早いけど、電車乗るか」
「あ、うん。乗ろう」
こくりと頷いた社の斜め後ろについて、改札へ向かう。社は改札の前で立ち止まって、ショルダーバッグからパスケースを取り出そうとしているが、手に持ったカゴバックが邪魔になっているようだ。
「持っとくぞ」
「え、あ、ありがと……」
わずかに頬を染めてバックを差し出す社から、それを受け取る。
おぉ、思ったより重い。持てないほどじゃないが、これを社は一人で運んできたのか……。何が入ってるのか気になるぜ……。
俺もバックを持ったまま社に続いて改札を通る。
「香西君、ありがと」
「俺が持っとくわ」
「え、悪いよ。重いから」
「気にするな」
手を前に出して社がバックを持とうとするので、俺は先にエスカレータに乗ってホームへ出る。
渡す気がないのが伝わったのか、俺の後ろについていた社が、「ありがと」と、微笑んだ。
「これ何が入ってんだ?」
「えーと……お弁当。みんなの分作ってきてたんだけど……」
「おー、ならなおさら持っとかないとな。社の弁当か……楽しみだ」
社の料理を食べるのは、あの煮物が最初で最後だと思っていたが、まさかまた食えるとは思わなかった。
これまで何度かお昼を一緒に食べてきたけど、煮物を貰いすぎた罪悪感があって、おかずを貰うのは控えていた。お返しができればいいんだけど、何も返すものとかないしな……。
「っ……」
「ん? どうした」
「……なんでも、ない」
口をつぐんで頬を赤くした社は、目を泳がせながら髪を耳にかけている。
「もしかして……内緒だったとか?」
「遊園地に着いたら、みんなに伝えようかなって」
「あぁ、すまん」
「ううんいいの。私が勝手にやってることだし、それに……香西君が楽しみって言ってくれて、嬉しい」
左肘を抱いて、上目遣いで微笑む社に顔が熱くなる。
気にもしてない電車の時間を確認するふりをして、適当な場所に並べば、社も俺の隣に並ぶ。
思えば、社と二人になるのは久しぶりだ。先週は月曜以外、社は教室で横山と飯食ってたし、俺も斗季と飯を食っていた。
社と横山が一緒にいると嫌でも目立つ。クラスのやつらは、珍しそうにその様子を見守っていた。まぁその視線のおかげで社は食いにくそうだったけど。
ちらりと横を見れば、思ったよりも近くに社がいる。
長いまつ毛に柔らかそうな唇、きめ細かい肌は健康的でツヤツヤしていた。
「……どうしたの?」
「あ、いや、社だなって……」
「うん……。私だよ?」
俺の視線を敏感に感じ取った社が、不思議そうに小さく首傾げる。さっきから動揺しっぱなしで、変なことを口走ってしまった。
「だよな」
そう言って苦笑いを返した俺は、前を向いて小さく息を吐く。
一年前の社と今の社は、本当に同一人物なのか疑ってしまうほどの差がある。去年同じクラスだったときは、一緒に何かをするなんて思ってもみなかった。
多分、今の動揺も、今までのドキドキもそれが前提にあるからだ。俺はまだ、この社に慣れていない。
気持ちを落ち着かせるため、なるべく社を見ないよう心がけ電車が来るのを待っていると、ホームにアナウンスが流れて、電車の到着を知らせてくれる。時計を見やれば、時間ぴったりだ。
「この電車だ……どうした?」
一応社にも、この電車であってるか確認しようと横を見れば、さっきよりも少しだけ距離を詰めていた社と目が合った。
半身を引いて聞くと、社はクスッと笑って口を開く。
「ううん。香西君だなって」
「……まぁ俺だな」
「だよね」
ホームに入ってきた電車の風で、楽しそうに笑う社の髪が揺れる。片手で髪を抑える社に、俺は見惚れてしまった。
「電車来たね。乗ろっか」
「お、おう」
電車に乗って、振り返った社が微笑んでいる。
俺はきっと、社に慣れることはない。
彼女が見せる一面は、どれも新しくて、どれも可愛くて、どれも魅力的だから。
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