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ラブシスター

 バイトが終わり家に帰ると、薄ピンク色のパジャマに身を包んだ妹の緋奈が、今日の晩飯を用意してくれていた。

 今日はバイトが終わる時間を事前に伝えていたので、それに合わせて温め直してくれていたようだ。


「お兄ちゃんおかえり」

「ただいま。すまんな」

「ううんいいよこれくらい。美味しく食べてもらいたいし」

「みんなは?」

「お母さんとお父さんはもう寝たよ。姉さんはまだ帰ってきてない」


 お茶碗にお米をよそってくれている緋奈は、言いながら小さなあくびをしている。

 時間はもう夜の10時前だ。緋奈もいつもなら寝ている時間なので、眠さも限界だろう。


「あとは自分でやるから、緋奈ももう寝ていいぞ」

「まだ大丈夫だよ。お兄ちゃんと話したいこともあるから」

「……無理するなよ?」

「うん」


 緋奈の優しさに甘えて、自室で制服から着替えた俺は、急いでリビングに戻る。

 食事が並べられている席に着くと、その向かい側に緋奈も腰掛けた。目が合うとニコッと笑うので、俺も小さく笑みを返す。


「いただきます」

「召し上がれ」


 わずかに湯気がたった肉じゃがに箸を伸ばして、大きなじゃがいもを二つに割る。中にまで汁がしみているのでとても柔らかい。箸でも簡単に割ることができた。

 落とさないよう気をつけ口に運ぶと、旨味がじわっと口に広がって、ほろほろとじゃがいもが溶けていく。


「うん、美味しい」

「よかった」


 どの食材にも味は染み渡っていて、箸が止まらない。俺の好みを知り尽くしている緋奈は、好物の糸こんにゃくを多く残してくれていた。下の方に溜まった汁と絡めて食べると、幸せな気分になる。

 ご飯を一回お代わりして、ぺろりとたいらげた俺は、緋奈に「ごちそうさまでした」と、感謝の気持ちを込めて手を合わせた。


「お粗末さま。お兄ちゃんのお嫁さんになる人はきっと幸せだろうなぁ」


 緋奈が何の脈絡もなく言うので、飲んでいたお茶を思わず吹き出してしまった。

 ティッシュで溢れたお茶を拭き取って、「何言ってんだよ……」と、半目を向けると、緋奈はさっきと同じ笑顔を浮かべて両手に顎を乗せる。


「作った料理をちゃんと美味しいって言ってくれるのって、すごく嬉しいことなんだよ? お兄ちゃんはいっつも言ってくれるから、将来お兄ちゃんのご飯作る人は幸せなんだろうなーって」

「緋奈の料理は実際美味しいからな」

「でもお兄ちゃん、私が料理始めたての頃、失敗した料理も美味しいって言って食べてくれたよね」


 そんなこともあったな……。緋奈の上達が早くて、ずっと昔のことに思える。

 最初からなんでも上手くこなせる人なんていない。失敗して、挫けずに続けられる人のことを俺は、応援したい。だってそれは、俺にはできないことだから。

 少しでも緋奈のためになるのなら、それくらいのこと我慢できるしな。

 って、こんな時間にする話じゃない。緋奈も眠そうだし、早く話を聞いて寝かせてあげよう。


「それで緋奈、話したいことって?」

「あ、そうそう、お買い物の予定を決めようかなって」

「そうだな。ゴールデンウィークも来週だしな」


 照れを隠すため一度スマホに目をやって、今日の日付を確認する。今週が終われば、土曜日から連休が始まる。

 初日と最終日はバイトがあるので厳しいが、それ以外の日はいつでもいい……はず。

 あ、いや待てよ、遊園地っていつ行くんだ……?


「どうしたのお兄ちゃん?」


 ソファから手帳を持ってきた緋奈が、俺の顔を覗き込んで首を傾げる。


「一日だけ無理な日があるんだけど……その日がいつかわからなくてな」

「ん? どゆこと?」

「遊びに行くのは確定してるんだけど、予定が全然決まってないんだよ」

「お兄ちゃんが遊びに行くなんて珍しいね。私はいつでもいいから、そっちが決まったらにする?」

「……悪いな緋奈、こんな時間まで起きてもらったのに。明日までには決めるから」

「うんわかった」


 今年に入って買ってあげたダル猫の手帳をパタンと閉じて頷いた緋奈は、グッと前のめりになると、上目遣いで俺の目を見つめてくる。


「……お兄ちゃん、その遊びに行くのって女の子と?」

「あ、いや、違う……とも言い切れないな。予定では男女二人ずつの四人だけど……なんで?」

「ううん、別になんでもないよー」


 聞いてきた割には、さほど興味はなさそう。まぁ兄の友人関係なんて妹には関係ないしな。

 背もたれにもたれかかった緋奈は、目をそらしてぷくっと頬を膨らませている。

 これは緋奈の癖だ。何か納得がいかなかったときこの癖が出るのだが、今までの経験上これが出たときは、無視せず話を聞いてあげた方がいい。


「どうした」

「……お兄ちゃんも女の子と遊びに行くんだなーって」

「そりゃまぁ機会があればな」

「お兄ちゃんが女の子誘ったの?」

「いや俺も誘われたんだ。この前、違うことで誘われたとき行けなかったからその代わり」


 これから社は俺が誘うことになってるが、横山の希望なので、言ってしまえば俺はただの仲介役だ。なので社を誘うのは実質横山で、俺じゃない。


「……ふーん。言っとくけどお兄ちゃん、お嫁さん探しはまだ早いからね」

「おう。俺も簡単に見つかるって思ってないから気長にやるよ」

「うん、それがいいと思う」


 納得したように頷いた緋奈は、テーブルの上の食器を片付け始める。


「これくらい自分でやるって」

「お兄ちゃんは座ってていいから。私がやりたいの」

「……そうですか」


 どうして機嫌が悪くなったんだろう……。いやまぁこんな時間まで待ってて、決めたいことが決まらなかったら怒るか……。

 明日までに決めてくるって言ったし、どんな結果であれ社には声をかけないとな。

 短く息を吐いてスマホに目をやると、時刻は10時を過ぎていた。

 ものの数分で食器を洗い終えた緋奈に、「すまんな」と、頭を下げる。


「うん……。じゃあ寝るね」

「おう。おやすみ」


 テーブルの上のダル猫手帳を手渡すと、緋奈はそれを大事そうに胸に抱いて、リビングのドアに手をかける。でも、そのまま足を止めて動かなくなってしまった。


「……緋奈?」


 その背中に声をかけると、振り返った緋奈がわずかに頬を染め、上目遣いでボソッと呟く。


「お兄ちゃん……その、久しぶりに、あれしてほしい」

「おう、いいぞ」


 小さい頃からあの癖が出たあとは、こうして頭を撫でてやっていた。最近は出ることがほとんどないので、頭を撫でるのは本当に久しぶりだ。

 お風呂に入ったばかりでの緋奈からはシャンプーの匂いがした。


「大きくなったな」

「お兄ちゃんの手も大きくなったよ。でも、温かさはそのままだね」


 くすぐったそうに肩をすくめる緋奈から手を離すと、満足したのか、嬉しそうに笑っている。

 たしかに緋奈は成長した。身長もそうだけど、内面は小さい頃とは全く違う。

 でも、こうして昔と変わらない部分を見つけると、やっぱり緋奈は俺の妹なんだなと、嬉しくなる。


「じゃあ寝るね」

「おう、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 今度こそリビングを出て行った緋奈を見送って、俺も風呂に入る準備をしようと、スマホを持って自室に戻った。

 すると、こんな時間にスマホが一件のメッセージを受信する。


『夜遅くにごめんね。よかったら明日も……お弁当一緒に食べてほしいな』


「社……?」


 予想外の人物からのメッセージに俺は、驚きも、慌てふためくこともせず、ただその場に立ち尽くすだけだった。

読んでいただきありがとうございます!


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