相談するんじゃなかった
バイト先のスーパーの近くには、小さな商店街がある。
地元感あるれる装飾品を扱うお店や小さなドラッグストア、精肉店、コンビニ、いつもシャッターが閉まっている靴屋などが立ち並ぶ、そこそこ栄えている商店街だ。
その入り口付近にある建屋の中には誰でも使える休憩スペースがあり、俺はそこで、バイトまでの時間を潰していた。
壁に備え付けられた長椅子と、丸テーブルが三つ置かれたなんとも味気ない場所だが、俺はここを結構気に入っている。
人は来ないし、エアコンはついてるし、バイト先からも近い。バイト中の休憩も事務所ではなく、ここを使っているくらいだ。ほら、事務所って他の部門の人も使うからさ……。
ここに来る前に立ち寄ったコンビニで買った、いちごオレとスティックパンで小腹を満たしていると、ガラス張りの壁の向こう側に、可愛くない後輩の姿が見えた。俺が夢前川に気づいたと同時、どうやらあちらも俺に気づいたようだ。
一瞬立ち止まった夢前川は、あからさまに嫌な表情を浮かべ、休憩スペースへ足を踏み入れる。
「う……お疲れ」
「……お疲れ様です」
いつもの癖でうっすと言いそうになったが、今朝注意されたことを思い出しなんとか耐えた。バイトの挨拶はお疲れで統一されているので、夢前川と会ったときはこれでいいかもしれない。
とりあえず無視されなかったことに一安心したものの……その態度は、心なしかよそよそしい。
長椅子の端の方に座っている俺と距離を置き、丸テーブルの椅子に座った夢前川は、カバンから取り出したスマホを触りだす。
今朝のことを謝りたい気もするけど、無理に蒸し返さない方がいいのだろうか。あの場で謝っておきたかったが、走って逃げていったからな……。余程ショックだったに違いない。
不可抗力とは言え、見てしまったことは事実だ。ここは謝っておくのが筋だろう。
二人しかいない空間で咳払いをすると、自分が思っているよりも大きな音が出た気がした。
「ゆ、夢前川」
「……何ですか」
「その、今朝のことだけど」
「っ……」
名前を呼んで、顔だけをこっちに向けた夢前川にそう切り出すと、カァーっと顔を染めていく。スマホを持っている手も、小刻みに震えている。
夢前川も、これだけでなんのことかわかったようだ。
「悪かったな。わざとじゃないんだけど、まぁ見たのは事実だし……謝らせてほしい」
頭を下げて夢前川の反応を待つ。
代わりに俺の下着を見せてやるよとか言える仲だったらいいんだけど、所詮はバイトの先輩後輩って関係だからな……。どんだけ仲良くてもしないけど。
俺に対するわだかまりがあったままじゃ、バイトもやりにくいかもしれない。やっと見つけたバイトだと言ってたし、こんな理由でやめさせるわけにもいかないしな。
「……そのことはもういいですよ」
「ほんとか?」
顔を上げると、夢前川は頬を染めたまま視線をそらして、小さく息を吐いた。そして体ごとこちらを向き、眉尻を下げて微笑んだ。
「もしかしてずっと気にしてたんですか?」
「まぁ……そうだな。悪いことしたな、と」
「あれは仕方ないと思います。私も……あんなこと言って悪いなと思ってましたし……」
「それは気にしてないから大丈夫だ」
むしろドキドキしてたまである。
「ならよかったです。じゃあこれで、この件は終わりでいいですね?」
「あぁ夢前川がいいなら」
これにて一件落着。やっぱり素直に頭は下げるべきだな。この長所を伸ばし続けることをここに宣言する!
もちろんこんなことで夢前川との仲が急激によくなることはなく、俺も夢前川も席を変えず、バイトの時間まで各々時間を潰すことにした。
スティックパンを口にくわえてネットサーフィンしていると、メッセージが一件送られてきた。差出人は、妹の緋奈だ。
『今日もバイト?』
『おう。弁当美味かった』
『お粗末さま。今日の晩ご飯何がいい?』
『俺じゃなくて、父さんか姉さんに聞いてやってくれ』
『たまにはお兄ちゃんの希望もいいかなって」
『緋奈の料理はなんでも美味しいからな……迷う』
『もう。じゃあ姉さんに聞くね。バイト頑張って』
『おう』
父さんか姉さんの二択で姉さんを取るあたりが緋奈らしいなぁ。多分父さんも、俺と似たような返事しかしないからだろう。まぁでも、緋奈の料理が美味しいのは嘘じゃないからな。今日の晩飯も楽しみだ。
緋奈とのやり取りを終えて、軽く伸びをする。くわえていたパンを食べ、いちごオレでそれを流し込む。
いつもこの六本入り入りのスティックパンを買ってるけど、三本くらいで満足するんだよな。今日も持って帰るか。
袋を閉じようとするとカサカサと音が鳴って、静かなこの場所だと割と響く。
そのせいで、スマホとにらめっこしてた夢前川がこっちに振り向いた。
文句を言われると思ったのだが、「もうそんな時間ですか?」と聞いてきただけで、怒ってはないようだ。
「まだだけど、これが食い切れなくてな。カバンに入れるだけ」
袋を揺らして、脇に置いてあるカバンに入れようとチャックを開けると、さっき横山から受け取った遊園地のチケットがひらりと足元に落ちた。
「何ですかそれ」
「これな。遊園地のペアチケット」
「遊園地とか行くんですね。妹さんとですか?」
「行けたらいいんだけど……」
「やっぱりシスコンだったんですね。朝も一緒に登校してましたし」
「ちちちげーし!」
覚えていたか……。あとシスコンじゃないから。
眉根を寄せ半身を引く夢前川に俺は、咳払いをして、そのことを他言しないようお願いする。
「言いませんよ。言う必要もありませんし、私もバイトのこと黙ってもらってますから」
「すまんな」
「……いいですよ。それで、遊園地は誰と行くんですか?」
珍しく夢前川が話を広げてくる。あっちから話しかけてくることがまずないからちょっと意外だ。
「友人」
「いたんですね」
「……いるだろ」
「てっきりいつも一人でいるのかと。今も一人でいるのは似合ってますし」
笑顔だけど言ってる内容と全然合ってねぇ……。君後輩だよね? もしかしてそれ言うために話広げたの?
ちなみに友人というのは斗季のことで、横山は含まれていない。断じて仲良くないのだ。
と言うか、ここに来るまで夢前川のことばっかり考えてたから社誘うこと忘れてた。
早めに誘っとかないと、来てくれる可能性が低くなる。元々ゼロに近いけど。
「夢前川」
「なんですか」
「夢前川はさ、そんなに仲良くない男子に遊園地誘われたらどうする?」
「そんなの断るに決まってるじゃないですか」
「だよな」
「そのあと二度と口利きませんよ」
「……だよな」
「え、女の子誘うんですか?」
「頼まれてんだよ。どうやって誘ったらいいと思う?」
「わ、私に聞かないでくださいよ」
「すまん。はぁー……」
今日一番の深いため息して、拾い上げたチケットに目を落とす。
なんで横山は、俺にこんなことを頼んだのだろうか。いろいろ違うって、何が違うのん?
親しくもないバイト先の後輩に相談してしまうほど俺は、社を誘う勇気を持てないでいた。
それにしても、相談する相手を完全に間違えたぜ……。
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