任務
今日の授業がすべて終わり、さてバイトの時間まで何しようかなと考えながらカバンを掴んだ俺の背中に、声がかけられた。
肩越しに振り向くと、橙色が混ざった茶髪のショートツインテールを揺らす横山が、リュックを背負って立っている。
「木葉ばいばーい」
「また明日ねー」
教室を出て行く友人に手を振ってそれを見送った横山は、俺の方に向き直り「ちょっといい?」と、廊下を指差す。
最近忘れがちだが、横山はクラスの中心人物で、学校内でもトップクラスの美人さんである。社がいなければ、このクラスで一番可愛いと言っても過言ではないだろう。
目鼻立ちははっきりしてるし、運動部に所属しているだけあって、スタイルもすらっとしている。女子にしては身長もある方だ。
それに、誰にでも壁を作らず接してくるこのコミュニケーション能力は、十分モテる要素だと俺は思う。
まぁ何が言いたいのかというと、そんな存在感のある横山に放課後呼び出されるというのは、一部の男子からしてみれば大変名誉なことであり、彼らから浴びせられる嫉妬の眼差しが痛い……。
本当は昼休みとかもじろじろ見られてるなーと感じていたのだが、当の本人横山は全く気にしないので、俺もそのふりをしているのだ。
学校が終わってすぐ教室で名前を呼ばれるなんて目立つことしやがって……と、恨めしく睨むも、横山は意に介さない。むしろ睨み返してくるんだけど……。もう! ありがとうございます!
「……なんでしょう」
「話あるんだけど」
聞き耳を立てている男子が少しだけざわついた。
「ここじゃダメなのか?」
「ダメだから誘ってんだけど」
「そ、そうですか……」
ちらっと周りを確認して短く息を吐く。すると、日誌を持って席を立った社も、周りと同じようにこっちを見ていることに気づいた。その表情は、教室にいるときの、嫌悪感丸出しモードだ。
「早くっ」
「は、はい」
横山に急かされ、社から目をそらして廊下に出ると、これまた目立つ存在の三野谷斗季が知らない女子と喋っていた。
俺と横山に気づいた斗季は、その女子に手を振って会話を切り上げる。
「よう拓人」
「うっす。斗季いるなら先に言えよ」
「言うよりも連れてきた方が早いでしょ」
横山はあの視線に気づいてないのか? いや、横山のことだから気づいてないなんてことはまずありえない。
だとしたら気にしなさすぎじゃない? 俺が被害こうむってるんですけど?
そう言えば、社の連絡先聞くとき、男全員は相手にしない、無視するみたいなことを言ってたな……。
この見た目だ、社ほどではないにしろ、横山も告られることは多いのかもしれない。
深く息を吐いて横山に「それで、なんか用か?」と、視線を送る。すると、目を見合わせた斗季と横山が、それぞれカバンとリュックの中から、何か紙みたいなものを取り出した。
「実はさ、この前とっきーとクラス会のことでうちの近くの商店街ぶらぶらしてたらさ、福引きやってて」
「俺と横山さん一回づつ引いたらさ、同じ景品が当たったんだよ」
「へぇ。じゃあな」
この二人ほんとに付き合ってないの? 二人で商店街ぶらぶらしてたらそれはもうデートだからね?
二人に対しての疑念を再び抱いて、悪い予感がした俺は、カバンを肩にかけ直して踵を返した。
もちろん横山が逃してくれるわけもなく、俺の肩を潰す勢いで掴んでくる。
「……痛い」
「まだ一割も出してないけど?」
なんかチート持ちの異世界転生者みたいなこと言ってる……。もしくはラスボス。いや、拾った子供に修行をつける剣の達人ってのもある。俺はファンタジーも好き! 恋愛要素あればなおよしだな。
元の場所に戻り、仕方ないので何が当たったのかを聞いてやると、先ほど取り出したものを俺の目の前に持ってくる。
「「遊園地のペアチケット」」
「ほーん、で」
「ペアチケットが二枚ってことは四人いけるってことだろ? で、俺と拓人と横山さんは行くの確定として」
「待て待て。俺は確定じゃないだろ、当たり前みたい言ってんじゃないよ」
「えー、行こうぜー。遊園地だぞ?」
少年のようなキラキラした瞳で言われてもな……。俺そんな遊園地大好きキャラだった? いやまぁ嫌いではないし、誘ってくれるなら全然行くけどさ……。
気になるのは、この誘いが本題ではないことだ。だって確定してたんだもん。
短く息を吐いて、二人に「本題は?」と聞くと、横山が俺にペアチケットを差し出してとんでもないことを口にする。
「たっくんに奏を誘ってほしいの」
「……無理だろ」
驚くとか、慌てふためくとか、そんなこともできない。逆に冷静になれるくらい無理なことだった。俺が今から甲子園目指すくらい無理だぞ、それ。
「えー、お願い」
「お願いも何も俺にはどうにも出来ないだろ。来る来ないは社次第なわけだし。てか、誘うだけなら横山もできんじゃねーの?」
「できるけどさー……。私が誘うのと、たっくんが誘うのとじゃ全然違うじゃん?」
「何がだよ……」
「いろいろ」
意味ありげに笑った横山は、押し付けるようにして俺にチケットを手渡してくる。そこそこ強い力なので、受け取らざる得ない。さすが運動部だぜ……。
力比べで負けたことに軽くショックを受けながら、別の案を考えてみる。
社を誘うのは最終手段として、そうだな……例えば。
「斗季と横山が二回行くとかは?」
「無理だって。ほらこのチケット、ゴールデンウィーク期間中しか使えないって書いてあるでしょ。短期間に二回行くのは金銭的にも無理かな」
「だね」
なるほど。入園料は無料だが、隣の県だし交通費や園内での費用を考えれば、高校生にはちょいと厳しいか。ゴールデンウィーク中しか使えないってのもきついな。
てかこの二人、二回行くことに対して嫌とは言わなかったな……。お金さえあれば二人で二回行くのもありなんですね。
「……何?」
「なんでも」
二人を交互に見やっていっそ疑念を抱く……。
「……俺外して違うペアを誘うのは?」
気を取り直して二つ目の提案を出してみる。
「あのねたっくん、この企画はたっくんありきの企画なの」
「そうだぞ拓人。これはクラス会の代わりだ。人数は少ないけどさ」
……それは先に言わないと。俺が行きたくないって駄々こねてるみたいになってるから。
だとすると、俺の参加は絶対条件か。斗季も横山もいいやつすぎるな。全俺が感動した。
「これって絶対一枚二人で入らないといけないのか?」
「そんなことないと思うけど、勿体ないじゃん」
「うんうん。滅多に行く場所じゃないし、四人行けるなら四人で行きたい」
まぁ当てたのは斗季と横山だしな。二人の意見は尊重したい。
でもな……社は無理だと思うな……。しかもこれゴールデンウィーク中だろ? 余計ハードルが高い。
けど、クラス会に行けなかった罪悪感もある。横山は別に、絶対連れて来いって言ってるわけじゃないし、誘うだけ誘ってみるか……。断られる気しかしないが……。
「……わかった。誘ってみるわ」
「さすがたっくん! よろしく!」
「社さんと遊園地か……」
「まだ決まったわけじゃないぞ。まぁ期待せず待っててくれ」
「じゃあ連絡よろしくね!」
そうして横山は部活に、斗季は同じクラスのやつと帰っていった。
バイトまでまだ時間はある。最後に教室の中を覗いて、社がいるか確認してみる。
「帰ってるか」
いたところで、こんな人がいるところじゃ声なんてかけれないけど。
「来てくれるかね」
昇降口へ続く廊下を進みながら、ちょっと期待を込めて呟いた。
この期待は、何に対する期待なのか、俺にもよくわからなかった。
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