当たってはいけないもの
階段を上りきると、社がいつもの場所でちょこんと座っている。俺に気づいて少し横にずれた社は、胸の前で手を握って「うっす」と、笑顔で迎えてくれた。
「うっす。今日も邪魔してすまん」
「ううん邪魔なんて思ってないよ。その、私も迷惑だったかなって」
「迷惑じゃないけど、本当にいいのか? 俺なんかと一緒で」
「……うん。あの日も言ったけど、私は、香西君と食べるお弁当が好きだから」
笑顔のまま、薄っすらと頬を染めて見上げてくる社に、一度断ってしまったことに対しての罪悪感が込み上げてくる。
これが好意ではないのはたしかなのだが、どうして社は俺を誘ってくれるのだろう。
もちろん社とお昼を食べれるというのは嬉しいことだけど、クラス会も終わって、委員間で連絡し合うことも特にはないのに、俺を誘う理由がわからない。
多分社は、一人で食べるのが好きだったんじゃなくて、一人で食べることしかできなかったのかもしれない。
俺と食べるお弁当が好きとは言ってくれているが、多分それは、人と食べるのが好きだという意味で、俺だから、ではないと思う。
見ての通り社は、美少女と呼ばれるにふさわしい外見をしている。瑠璃色の綺麗な髪と、幼さを残す整った顔立ち、それにスタイルもいい。それだけで男子から人気があるのはうなずける。
その上に勉強も運動もできるとなれば、好意を持つのは何も変なことじゃない。
誰々が告白して、誰々が振られたなんて話は、一年の初めの頃はよく聞いたものだ。最近それが少ないのは、社自身がそれを事前に防ぎ始めたからだ。
男子を敬遠し、近寄らせない。そうすれば、女子からの印象も悪くなる。女子と積極的にコミュニケーションを取らないのも、何か理由があるんだろうけど。
その結果の孤立。望んで作った環境じゃなくて、そうしなければいけなかったのだろう。
……結局俺は、社のことを何も知らなかったってことだ。
人一人分の距離をあけて、社の隣に腰を下ろす。社の手元には小さな弁当箱と、買ってもらったばかりのスマホがある。
「スマホは慣れたか」
「うーん、まだ使いこなせてないかな」
「あれだぞ、別に名乗らなくていいからな。メッセージ送るとき」
「え、ほんと? 書かなくても私ってわかるのかな?」
「おう。名前は横に書いてあるし」
社とのトーク画面を開いて見せると、必然的にその距離は縮まって、社の柔らかい感触が俺の腕に当たってしまう。
反射的に半身をそらすと、社は「あ……ごめん、なさい」と呟いて、口をつぐみ視線を落とした。
気づいてなかったのか……? まぁたしかに一瞬だけだったし、この避け方は大げさだったかもしれない。
「……俺も驚かせて悪い」
いやあれですよ? 俺も嫌なわけじゃないんだけど、相手が社だと素直に喜べないというか、罪悪感の方が強いというか……。いやまぁ誰がいいとかもないんだけどさ。
胸が当たってたなんて言えるはずもなく、眉尻を下げて困ったように小さく笑う社に謝ることしかできない。
咳払いをして、重くなった空気を少しでも軽くしようと、なるべく明るく「食うか」と、弁当の包みを解きながら言った。
「そうだね……食べよう」
そう呟いて、さっきよりも距離を取った社の横顔は、どこか落ち込んでいるようにも見える。
あれは傷つくよな……。でも、あのままってわけにもいかなかったし……。
思わず吐いてしまった深いため息に、視界の端にいた社がピクリと肩を動かした。そして何か言いたそうに口を小さく開いたが、何も言わないまま肩を落とす。
「……そういえば、横山が社とお昼食べたいって言ってたぞ」
「……そっか」
「横山とは連絡先交換したのか?」
「うん。やり方教えてくれたの横山さんだし」
質問には答えてくれるも、声が小さいし、どこか素っ気ない。美味しそうな弁当なのに、全然箸も進んでない。
ここは正直に言うべきだろうか。でもなぁ……意識してたみたいでキモくないかな……。
別に社に好かれたいわけじゃないけど、嫌われたいわけでもない。……解くべき誤解は、解いとかないとな。
「社、さっきのことだけども」
「ごめんね、私、迷惑だったよね」
「それは違うくてだな……その、近づきすぎると、当たってはいけないものが当たったりすることがあってだな」
「……それって?」
小さく首を傾げた社の瞳から目をそらして、頬をかきながら覚悟を決める。
「…………胸、とか」
「っ!」
それを聞いた社は、息を止めるとピクリとも動かなくなって、顔も耳も真っ赤に染めていく。目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「でもほらあれだぞ社って可愛いしいい匂いするし髪だってサラサラだし肌も白くて柔らかそうだからもしかしたら違うかったかもしれない」
そうまくし立ててフォローしたつもりだったのが、ばっと下を向いた社は、肩をぷるぷる震わせると、ゆっくりとその場に立ち上がった。
これはもう手に負えないかもしれない。完全に怒らせてしまったよぅ……。
「…………て」
「は、はい?」
「ちょっと待ってて!」
「は、はい!」
早足で階段を下りていく社を見送って、あれでよかったのだろうかと深く息を吐く。てか俺なんて言ってた? 余計なこと言ってなかったか心配なんだけど。
数分して戻ってきた社の顔色は、心なしかさっきよりもツヤツヤしているように思えた。
「その……すまん」
「香西君が謝ることじゃないよ。その……私の不注意だから」
俺も立って社に頭を下げる。顔の赤さはましになっているものの、社はまだ薄っすらと頬を染めている。
これ以上この件について触れるべきではないだろう。
「とりあえず……食うか」
「う、うん! 食べよう!」
先に座った俺に続いて社も隣に座ったのだが……。さっきよりも距離が近くなっている。
ちらりと横顔を見てみると、社は頬を染めたまま嬉しそうに微笑をたたえていた。
今は気にしないのが吉だ。下手なことを言って機嫌を損ねてもいけないしな。で、俺は社になんて言ってしまったんだろう……。
社のペースに合わせて弁当を食べ進め、ほぼ同時にふたを閉めると、ぱちぱちと瞬きをした社が、「……ありがとう」と、微笑んだ。
直視することが出来ず、目をそらして、頬をかく。
「……今日は量が多かったからな」
「ふふ、そっか。でも、ありがと」
「なんのありがとうだよ……」
「一緒に食べてくれてだよ」
「さいですか」
「さいです」
何がそんなに楽しいのか、社はずっと笑顔だ。この子は自分が可愛いってこと自覚してる?
弁当を片付けて、小さく息を吐いた俺は、お茶を飲んでいる社に気になってることを聞いてみた。
「社はさ、一人でご飯食べるのと、複数人でご飯食べるのどっちが好き?」
「それは、大勢の方が好きかな」
「だよな」
「なんでそんなこと聞くの?」
「ここに来る前横山とちょっとな」
どうやら俺よりも、横山の方が社のことを理解しているようだ。
一人で食べるより、大勢で食べる方が好き、か。ちゃんと聞いてみないとわからないな。
「やっぱり横山さんと」
「仲良くないぞ」
「……横山さんはいいって言ってたのに」
俺のことは全然理解してないようだな横山よ! これは引き分けだな! だから何が?
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