友人と誘い方
「うっす拓人、今日も眠たそうな目してるな」
「これは生まれつきなんだよな……眠いのは事実だけど。斗季は朝から元気すぎ」
「そりゃそうだろう、今日から新入生の美少女たちが俺のことを学校で待ってくれてるんだぜ?」
「別にお前待ってるわけじゃねぇよ」
あくびを噛み殺しながら昇降口に入ると、ブレザーの中にパーカーを着た茶髪の男子生徒が、爽やかに手を振ってくる。まだ朝だと言うのに、三野谷斗季のテンションは高い。
「やっぱりここ受けて正解だったな。制服は可愛いし、女の子も可愛い」
「そんな理由で受験したのお前だけだぞ」
上靴に履き替えている俺の横で、斗季は顎に手を当てながら、ふむふむと吟味するように、道行く女子生徒たちを眺めていた。こいつは中学の頃から何も変わらんな……。
卒業した先輩たちの代わりに、今日から新入生が登校してくる。
うちの高校は、結構生徒の人数がいるおかげで、同学年でも顔や名前を知らないことが多々ある。
同学年でこの有様なのだから、年が違う後輩や先輩方とは関わることがほとんどない。俺みたいに部活をやっていないやつは余計にだ。
しかし、この三野谷斗季は違う。コミュニケーションおばけの斗季は、同学年はもちろん、先輩方とも交流がある。きっと後輩たちと仲良くなるのも時間の問題だろう。
しかも斗季は、SNSで、他校の人たちとも繋がっているらしい。
俺なんて青倉先生としか繋がってないぞ……。あの人の趣味垢見てると悲しくなるんだよなぁ。
「あーそうだ、この前拓人に断られた合コンの話を聞いてくれよ」
「お、あれか、念願の桜井女子学園との」
「それそれ」
俺たちが通うこの舞鶴高等学校の近くには、桜井女子学園という中高一貫の女子校がある。
この学校で彼女ができない男子生徒は、皆あの学校に期待するのだが、いかんせん学力の差がすごいので、相手にされないことがほとんどだ。
お金持ちのお嬢様も多く在籍しているらしく、この学校とは格式が全然違う。また、他県他国からの推薦にも力を入れているようで、勉学方面はもちろん、部活動でも全国レベルの部活がいくつもあるらしい。
俺がこんなに桜井女子学園に詳しいのは、身内にその学園の卒業生が二人と、在学中の妹がいるからである。
そんな壁の高い桜井女子学園の生徒と合コンをセッティングできた斗季の人脈と欲望は、もはや尊敬の域だ。
俺もその合コンに誘われたが、バイトがあり行くことはできなかった。謝罪の意も込めて話くらいは聞いてあげようかな。
「あの子達みんなすげーんだよ」
「何が」
「カラオケの部屋がさ、日本じゃなくなった。あそこはもう外国、いや異世界だった。何言ってるが全然わからん。ただ、可愛い。エレガントだった。同じ空間にいれただけで幸せ」
「そうか、それはよかったな。お前の言ってることもわからんけど」
「次がある時は拓人もこいよ。お前なら話合わせれると思うし」
「今のを聞いて行きたいと思うやつはいないだろ……。まぁ次あればまた誘ってくれ」
「任せろ!」
なんて話をしていたら教室についてしまった。
斗季とは違うクラスなのでここでお別れだ。と言っても隣のクラスなんだけど。
昼飯を一緒に食う約束をして斗季と別れた俺は、窓際の自分の席に座り、カバンを枕にして突っ伏した。
授業が始まるまで寝よう。眠い、無理、起きたら昼休みになってないかな。
教室内の喧騒を子守唄にして目を閉じる。すると、急にその喧騒が尻窄みに小さくなっていった。おっと、これはゾーンに入っちゃったかな? 寝るのにも集中力が必要とか人間休む暇なさすぎだろ。
なんて余計なことを考えたせいか、ゾーンが切れて近くの音が耳に届く。
キュッと床が鳴った音だ。誰かが俺の席付近を通ったのだろう。
次は咳払いか。小さく控えめなこの感じだと女子かな? 青倉先生ならもっと大きく咳払いするから先生じゃないな!
一度目の咳払いを無視した俺だったが、さすがに二回聞こえてくると、無視するわけにはいかない。
窓の方に向けていた顔を突っ伏したまま右に向けると、社が右手で左肘あたりを抱いてそこに立っていた。
どうやら社は、着痩せするタイプらしい。少し幼い印象の顔とは違い、胸はしっかり育っているようだ。……その格好やめた方がいいかもね。
そこからさらに視線をあげて社と目を合わせると、彼女は短く息を吐いた。
「おはよう香西君……。学校に来て早々寝るなんて、夜更かししてるの?」
「おはようさん。昨日寝たのは二時くらいだったかな」
「遅い……」
社は苦笑いでそう呟いたが、割と普通な気もする。斗季なんて、夜中ずっと芸能人のツイートをいいねしまくってるしな。
しかし睡眠時間が足りてないのは事実だ。リアタイで見たいアニメがあるから仕方ないね。
それで社は、俺に何の用があるのだろう。さっきから、珍しいものを見るような周りの視線が気になるんですけど……。
どうやらそれは社も同じようで、周りをチラチラと気にしている。恥ずかしいならやめればいいのに。
「なんか用?」
「……ここだとあれだから、その……移動しない?」
おい、その言い方だと勘違いされるぞ……。
見事俺の心配は的中し、一番近くにいた女子のグループが、目を見合わせて何やらコソコソ話している。
ただでさえ目立つのに、あの社奏に男の噂が立ったりしたら、収集がつかなくなるのは間違いない。
そもそも社は、異性が苦手なはず。昨日の態度を一年も見ていれば誰だって気づく。
だから、社から異性の俺に話しかけるということ自体が、もう軽い事件なのだ。
「あー、青倉先生からの頼みごとのことか」
俺はわざと大きめの声で言って席を立った。
「どこ」
「あ、えーと、こっち」
社の後ろをついていく形で教室を出る。
その場しのぎの策だったが、何もしないよりはマシだろう。ちょっと油断したな、社奏よ。
それにしても話ってなんだろうか。あの誘い方はグッとくるなぁ。
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